19*生かされたトミビコ

***

 トミビコが目を開けると周囲は暗く、夜ノ国に隠れたとわかる。

 そして生きてたとわかる。ニギハヤヒに殺され、喪屋に置かれ……。

 動けないので、どこにいるかはわからない。どうして助かったかはわからない。

 雨が降ってる。しかし濡れない。雨粒は顔を抜け、地面に落ちる。じぶんはここに居るのか、居ないのか。世界は、トミビコの存在を認めてないようだ。


『トミビコ、剣を教えてくれ』姫は認めてくれた。


『疲れた。戦うのも、生きるのも……』

『気づきましたか』

 オオクニヌシが覗きこむ。オオクニヌシが助けてくれたとわかる。

 天ツ軍もいるので動けないはず。三輪周辺にいるとわかる。

『ツクヨミ様は生きています。スサノヲ様が社を造り、眠ってます』

『ほ、ほんとうでございますか』

 立てた誓を、熊野の山神、三輪の山神は忘れたのだろうか。

『オオクニヌシ殿……』

 大和国を出雲国以上の強い国にしたかった。トミ族をカムド族以上の強い絆で結びたかった。オオクニヌシに負けたくなかった。

『……ワタシは、もう戦えません』


『まだだ、トミビコ。つぎはワタシが勝つ』しかし姫を失いたくない。


『なに言ってるんですか、東の軍将が』

 天ツ軍に負けた。信じてたニギハヤヒに殺された。大和国は奪われた。トミ族は滅んだ。

 オオクニヌシに負けた。

『ワタシは、軍将でありません。……どうか、ワタシの最期の頼みごとを聞いてください。姫を守ってください』涙が出る。

 認めてくれたツクヨミ。失いたくないツクヨミ。

『トミビコは生きてます。生きてるかぎり、トミビコがツクヨミ様を守ってください』

 頭を擡げる。胸の傷は塞がれ、血は止まってる。

 立てた願を、生駒の山神は叶えてくれたのだろうか。

 オオクニヌシが、トミビコの剣を横に置く。

『はい』

『社を造りましたので、しばらく、眠ってください』

『はい』


***

 大阪の夜の街を走る。中学時代に憧れた大阪の夜の街。

 夜は隠世と現世をひとつの世界にまとめる。どちらの世界に居るかわからなくなる。

「タカヒメさんは大丈夫なの?」私のせいだ。

「大丈夫でございます。上之社は、元は禍いや穢れを切る謂れある社です。しばらく眠れば治りましょう。ニギハヤヒを祀る社といえど、上之社はイコマの山神の神域。クマノのヒダル衆の霊威も及ばないでしょう」

 そうか。ニギハヤヒに仕えてた一族にトミ族もいる。石切劔箭神社はトミビコさんも関わる神社。生駒山の反対側は大和国。トミビコさんの本貫地。

「あと、オオクニヌシ殿と待ちあわせがございます」


 新石切駅から南海難波駅までは近鉄けいはんな線、大阪メトロ御堂筋線で30分。

「あの黒い影はいったいなんなの?」

「ヒダル衆は神人の怨霊と精霊が合わさった、神人の成れの果てでございます。欲望を満たすまで死なないというより、死ねないと聞きます」

 トミビコさんの息が荒い。ドアに寄りかかる。

「トミビコさん、だいじょ……」

「き、きもちわるいね、ツーちゃん」

 ワカヒコくんが怖がって抱きつく。頭を撫でる。

 トミビコさんが見あげる。つられて私も見あげる。あ、足が見える。

「ワカヒコを誑かし、楽しいか」

 電車の車体を足が抜け、ワカヒコくんの頭を蹴る。

「ワタシはタカヒメ、亦名はシタテルヒメ。戦傷を負ったが、石切劔箭神社上之社より、ツクヨミの礼を受けるべく参った」

「痛い。タカちゃん、やめてよ」

 タカヒメさんが車内に入ってくる。

「ちょ、ちょっと走る電車に、ど、どうやったら入れるの?」

「なんだ、ツクヨミはこんなこともできないのか。ワカヒコ、オマエは乳があればなんでもいいのか。ならばワカフツ。雌牛を連れてこい」

 タカヒメさんは空いてる席にドカッと座る。私達は申しわけないと思い、立ってるのに。

「ツクヨミ、助けてやったのに、礼を受けてないぞ」

「あ、ありがとうございます」なんなんだ。

「ワカヒコ、癒えてない傷に耐え、街中を走り、電車に乗り、急いで来たのに嬉しくないのか」

「嬉しくなんかない」言っちゃった。

「なんかと言った。ちゃんと直したのに。……ツクヨミが悪いのか」私が悪いのか。

「大殿はいかがされましたか」

「はい、スサノヲ様は戦っています」ワカフツヌシさん、喋るんだ。

「お、置いてきたのでございますか?」私達も置いてきた。

「スサノヲの伯神は天ツ神だから時空を翔べる。ワタシは翔べないから電車に乗る」

「ワカフツヌシ殿も、元は天ツ神でございますよね」

「ワカフツはワタシの従神。ワタシに付き従う。なにかヘンか」


 イメージ。

[殺してやるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ]

[殺すーーーーーーーーーーーーーー]

[ワカフツッ、タカヒメを隠したら、てつだえッ。おい、なにやってんだッ。ワカフツッ]

 かわいそうなスサノヲさん。

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