第十九話 竜を拾った娘

 私は名も無い偏狭の村で育った娘だ。

 自分で言うのもなんだが、ヘルミという平凡な名前の通りに平凡な村娘だ。

 普通なのだから平穏な暮らしをさせて欲しいのに、最近嫌なことが多くてツキがないのは神様の意地悪なのか。

 今もまさに、毒に塗れてはいるものの、自分の庭のように慣れた場所で迷子になった。

 なんとか場所は把握できたが、随分と奥の方まで来てしまっていたようで戻るのが面倒だ。


「ああ……何か楽しいことないかなあ」


ガスマスクの中で溜息をつきながら重い足を動かす。

長閑な村、毎日同じことの繰り返し。

楽しいことなんて起こるはずがないと思っていたが……。


呟いた願いは、すぐに聞き届けられることになった。


「……きれい」 


 その人を見た時、精霊だと思った。


 汚れていても分かる美しい黄金の髪に、輝く夜空を集めたような紫水晶の瞳と凛々しい顔立ち。

 長い手足に無駄の無い体。

 力強さと色気が漂っていて引き寄せられる。


 目を離すことなど出来ない、離したくない、時間が許す限り見つめていたい。

 その衝動に従い見つめていたが……少し様子がおかしいことに気がついた。

 こんなに美しい人なのに挙動不審というか、動きや表情が変だ。

 しばらく眺めていて、どうやら困っていることが分かった。


 そういえばここは毒蜘蛛の森の中だし、どうしたのだろう。

 本当に精霊なのだろうか。

 勇気を振り絞り、声をかけて見た。


「あのぅ」


 どうやら驚いたようで、肩がピクリと跳ねた。

 なんだか可愛らしくて、少し可笑しかった。


「あの、どうされましたぁ?」


 二言目で、こちらを振り向いてくれた。

 心細かったのか、私を見て安心したように微笑んだ。

 その微笑に一瞬で心を奪われた。

 盗み見ていた顔も美しかったが私を見ている、正面から見る彼は本当に美しかった。

 彼の瞳に自分が映っていると思うだけで胸が高鳴った。


 話してみると彼の印象が変わった。

 凛々しい姿からは想像出来ない、柔らかい、女性のような話し方をしていた。

 印象と合わず少し勿体無いと思ったが、親しみやすくて、高鳴る胸を落ち着かせながら話すことが出来て助かった。


 その後事情を聞いて、困っている彼に親切をするふりをして取り入ることが出来た。

 しばらく、彼の近くにいることが出来る!

 私は人生全ての幸運を使い果たしてしまったのではないかと思った。


 彼はとても謙虚な人で、私に礼がしたいと言った。

 そして私に「なんでもする」と。

 その瞬間、頭の中で声が聞こえた。


――彼を独占したい。


 彼のような素敵な人に、私のような平凡な女は釣り合わない。

 だから恋人になるなんてきっと無理。

「恋人になって」なんて言えない。

 けれど……。

 私の悪知恵が働いた。


「ふり」なら?


 本当の恋人でなくてもいい。

 少しの間でも、彼を独占出来るなら……!

 彼は優しそうな人だから、頼めばやってくれるかもしれない。

 幸いと言っていいか分からないが、私には彼の同情を引くちょうどいい理由がある。

 リクハルトのことなんてもうどうでもいいが、理由にして話せばきっと大丈夫。

 私は興奮しながら必死に話した。

 彼の心を掴むように、哀れんで貰えるように。

 あまりに熱心過ぎたのか途中後ずさりされていたが、彼は私の提案を受け入れてくれた。

 あぁ……世界の竜様方、この人と巡り合わせてくれてありがとうございます。


 記憶を失って名前も失った彼に私は、彼と同じ色を持つという月竜様と同じ、『ユリウス』という名前をつけた。


 彼は私の我侭に付き合ってくれた。

 私の好みの話し方をしてくれ、私をお姫様のように扱ってくれ、私の妄想を現実にしてくれた。

 少し調子に乗ってからかってきたが、それも嬉しかった。

 私は生まれてから一番幸せな時を過ごした。

 それを壊したのは少し前に私の幸せを壊した女だった。


 リクハルトのことは、心のどこかで仕方なかったと諦めた。

 私もリクハルトも子供の頃から近すぎた。

 私達は恋人ではなく、家族のような関係だったのかもしれない。

 私も愛していたのかと聞かれたら、はっきりと答えられない。

 だから諦めたが……。


 ユリウスは渡さない……あの女にだけは絶対渡さない!


 恋人だったなんて関係ない。

 思い出さなければいいんだ。

 思い出さなければ、ユリウスは私のユリウスだ。


 けれど、記憶のことでユリウスが悩んでいるのが分かった。

 私がやっていることは、ユリウスを苦しめているのかもしれない。

 この幸せは長く続かないかもしれない、そう思ったが……。


 でも、私は分かっていた。

 きっとユリウスは私を見捨てないと。

 ユリウスの優しさにつけこんで、私はユリウスを縛った。

 そして願った。

 いつかふりではなく、本当にユリウスに愛して貰える日が来ますようにと。


 ユリウスが優しいから忘れてしまっていたのだ。

 自分では釣り合わないと分かっていたはずなのに……。


 そして、身の程知らずな私は過ちを犯してしまった。

 ユリウスを引っ叩いてしまったのだ。

 私にはそんな権利無いのに。


 村長の家に戻った私は閉じこもった。

 リクハルトが心配して様子を見に来ていたが、扉は開けなかった。

 扉の向こうで何か話した後、「すまなかった」と謝って去っていった。

 この謝罪はマリアと結婚するために、私を振ったことへの謝罪なんだろうか。

 マリアに捨てられたことにより、私の痛みが分かったのだろうか?

 マリアに夢中で私のことなんか考えてなかったくせに、今更だ。

 ざまあみろ……馬鹿。


 ユリウスは、今頃どうしているだろうか。

 マリアといちゃいちゃしているのだろうか。

 ……許せない、そんなの嫌だ。

 ユリウスの笑顔を独り占めするなんて許せない。


「取り返さなきゃ」


 まずはユリウスに謝らなければならない。

 叩いてしまった時、彼はとても驚いた顔をしていた。

 そして悲しそうな顔も……。

 きっと傷つけた。

 私はユリウスの話も聞かないで、彼を傷つけてしまったのだ。

 今思えばマリアの裸をみてカッとなってしまったが、私の勘違いかもしれない。

 そもそもあそこで何があったかも聞いていないのだ。

 私は馬鹿だ。


 ユリウスに会いに行こう、私は部屋を出た。

 部屋を出ると、ライラおばさんが駆け寄って来た。

 随分心配を掛けてしまったらしい。


 そしてユリウスが来ていたと聞いた。

 リクハルトから話を聞いていたおばさんが追い返したらしい。

 「村を出て行け」とも言ったらしい。


 私は思わず怒鳴った。

 「なんでそんなこと言ったの!? ユリウスが居なくなったらどうしてくれるの!?」と。


 おばさんは申し訳なさそうに謝った。

 勝手なことをしてごめんね、と。

 ……私は馬鹿だ。

 おばさんの顔を見て分かった。

 私の為に言ってくれたのだということを。

 すぐにカッとなることを反省したばかりなのに、同じことをしてしまった。

 私は謝って、その後本当のことを全て話した。

 ユリウスに対する気持ちも聞いて貰った。


 おばさんは私を許して、そして応援してくれた。

 おばさんも早とちりでユリウスに申し訳ないことをしてしまったから謝りたいと言っていた。

 ユリウスを連れて戻ると約束して、村長の家を出た。


 村でユリウスを探し回っていると、何故か皆に心配された。

 どうやらリクハルトから聞いた話を、村長が皆に話したらしい。


 私はそれは自分の誤解だったと説明した。

 そして皆にも本当のことを話した。

 本当は恋人ではなく、私の我侭に付き合って恋人のふりをしてくれているだけだったのだと。

 彼は本当に謙虚で優しい人だということを。


 村の人達は驚いていた。

 そしてユリウスに申し訳ないことをしたと言っていた。

 村長から私を弄んだ酷い奴だと聞かされていたから、ついつい冷遇してしまったらしい。


 子供達が「だから優しい王子様だって言ったでしょ!」と怒っていた。

 大人達はばつが悪そうに俯いていた。

 子供達にはちゃんとユリウスの人柄が映っていたんだね。


 どこを探しても見つからず、村の出口までいくとあの女が座っていた。

 私の姿を見ると驚いていた。


「貴方! ユリウス様を呼び出しおいてまだこんなところにいるの!?」

「どういうこと?」


 マリアによるとユリウスは私に呼び出されて、毒蜘蛛の森まで行ったらしい。

 もちろん私はそんなこと知らない。


「どういうことなの!?」


 怒りを露にするマリアを放ってルーカスを探し始めた。

 闇雲に探しても見つからないかもしれない。

 ユリウスをどこに呼んだのか詳しい場所を聞かなければ分からないし、そもそもなんでそんなことをしたのか、何をしようとしているのか問い詰めなければいけない。

 レオを見つけたので居場所を聞いた。

 少し離れたところにある小屋にリクハルトと入っていくところを見かけたらしい。

 凄く嫌な予感がする。


 すぐに小屋に向かい、中に飛び入るとリクハルトとルーカスがいた。

 リクハルトは少し具合が悪そうだ。

 二人は私を見て驚いていた。


「あんた達、何をしようとしているの!? ユリウスをどうするつもりなの!?」


 激しい剣幕で捲くし立てる私に二人は黙って俯いた。


「ユリウスを呼び出して、何かしようとしているのは分かっているんだから!」


 二人は一向に答える気配を見せない。

 答える気はないようだ。

 ならばここにいる意味はない。

 時間の無駄だ。

 早くユリウスを探さなければ。


「どこにいくんだ?」


 立ち去ろうとする私にルーカスが問いかけてきた。


「決まってるでしょ。ユリウスを探しに行くのよ。毒蜘蛛の森の何処かなんでしょ?」

「駄目だ! 今は行くな!」

「はあ?」


 ルーカスが必死に私の腕を掴んで止めた。


「あいつのことなんかどうでもいいじゃないか。あいつはヘルミを悲しませるだけだ!」

「どうでもいいわけないでしょ! 私、ユリウスが好きだもの!」

「でもあいつは裏切ったじゃないか!」

「私が誤解したのよ、きっと。ユリウスは悪くない! そもそも私の片想いだもの! 私に怒る権利なんてなかったの!」

「片想い? どういうことだ?」


 私とルーカスのやり取りを聞いていたリクハルトが割り込んできた。


「私が頼んだのよ。恋人のふりして欲しいって」


 リクハルトとルーカスが、顔を見合わせて怪訝な顔をしている。

 自分がやった愚行を説明するのは恥ずかしいが、自業自得だから仕方ない。


「ふりでいいから一緒にいたかったの! 愛されたかったの! 文句ある!?」


 余裕がなくてなんだかやけになってきた。

 もう嫌だ。

 早くユリウスに会いたい。


「文句ならある」


 あると思っていなかった反応をルーカスに返され、思わずきょとんとしてしまった。


「オレじゃだめなのか」

「何が」


 意味不明が続いて頭が止まっている。

 思いっきり眉間に皺を寄せてしまった。

 リクハルトは何故か、忍ぶように小屋を出て行った。

 なんで話している途中に出て行くの?

 そこまで協調性無かったの?


「だから、一緒にいるのが。ヘルミを愛するのがだよ」

「はあ?」


 言っていることの内容は理解出来た。

 けれど、こいつは何の冗談を言っているんだろうと顔を見据えた。


「え……」


 目を見て固まった。

 真剣な眼差しが私を射抜いていた。

 本気で言っているということが分かった。

 そこで本当に意味を理解した。

 私、告白されてる。

 しかも弟のように思っていたルーカスに。

 胸が少し熱くなる。

 でも、何故か頭はすっと冷えた。


「駄目」


 返事は決まっていた。


「ごめん。ユリウスじゃなきゃ駄目」


 言葉にして改めて再確認した。

 ユリウスに会いたい。

 ユリウスじゃなきゃ嫌だ。


「ヘルミはあいつの外見に惑わされているんだよ」

「そうかもね。でもユリウスじゃなきゃ嫌」


 あの人間離れした美しさは惹かれないわけがない。

 確かに私は一目惚れだったと思う。

 でも、僅かな時間だったけれど一緒に過ごして、彼の様々な一面に惹かれた。

 案外律儀だったり、お茶目だったり、意外と気が弱かったり、でも正しくないことには厳しかったり、そして……誰よりも私を幸せにしてくれた。

 私の馬鹿な妄想に呆れたり、笑ったり、困ったりしてくれたユリウスの顔が浮かんで胸がしめつけられた。

 大好きだ。

 優しいユリウスが大好きだ。

 惑わされていたって騙されていたって構わない。


「お願い! ユリウスの場所を教えて、ルーカス!」


 下を向いて返事のしないルーカスの名前を叫ぶと、彼は重々しく頭をあげた。

 言うか言わないか迷っている様子だ。

 苛々する!


「ユリウスに何かあったら、ただじゃおかないからね!」


 涙混じりに怒鳴ると、ルーカスが私から視線を反らした。

 そして、ぽつりと呟いた。


「……分かったよ! 巣だよ……アラクネの」

「は?」

「森の奥の、アラクネの巣があるっていう洞窟だよ! そこに閉じ込められているはずだ」

「閉じ……込め!? そんな、ユリウスが危ないじゃない! そもそもなんであんたがそんな所知っているのよ!?」

「オレは言われた通りにしただけで……リク兄が……」


 リクハルトの名前を聞いた瞬間外に飛び出した。

 全部分かった。

 あの馬鹿がユリウスに嫉妬して、仕返しをしようとしているんだ。

 巣の場所は私が前に話した。

 偶然見つけて、危険だから村長に伝えてとリクハルトに頼み、同時に詳細を書いた地図も渡した。

 多分その情報と地図を頼りに、私のマスクをして森に入ったのだろう。

 でも毒を防ぎきれなくて……だから具合が悪そうだったのだろう。

 馬鹿な奴!

 一回死ねばいいんだ!

 小屋から少し離れたところでリクハルトを見つけた。


 全速力で駆け寄り、思い切りぶん殴ってやった。

 走った勢いもあってか、リクハルトは殴られた勢いで後ろに転び、倒れこんだ。

 周りの村の人達が驚いている。


「ユリウスにっ! なんかあったらっ! 今度こそ! 引き千切ってやるっ!!」


 走った疲れと怒りで息が荒くなったまま怒鳴り、転がったままの馬鹿の急所に蹴りをいれてやった。

 このまま潰してやろうか!

 その時――。


――ゴオオオオオオオオオオオオッ


 地震と共に聞いたことの無い、鼓膜を破りそうな轟音が轟いた。


 音がした方向を見る。

 真っ白な光の柱が雲を貫き、空高く昇っている。

 光の柱は良く見ると光の輪が重なって出来ている。

 輪は互い違いに回転しているようだ。

 あの場所は、毒蜘蛛の森の奥だ。


 もしかして巣のある所……ユリウス!

 ユリウスに何かあった!?


 轟音は続き、地響きも続いている。


 再び一際大きな音と地響きが鳴り響き、森の奥を見ると、光の輪が下の方から一つ一つ広がり始めた。

 広がった輪は、村の上空も通過していった。

 何が起こっているのか分からない。

 ただただ光の輪を見送っていると、辺り一帯に雷が落ち始めた。

 近くでも、遠くでもいたる所で雷が落ち、火の手が上がり始めた。

 いつの間にか空は暗雲で覆われていた。


「なんなの……」


 何か分からないが、大変なことが起こっていることは分かる。

 得体の知れない恐怖に襲われる。

 村の人達もどうしていいか分からず立ち尽くしていたり、泣き崩れていたり、逃げ回ったりしている。

 大混乱だ。


「ヘルミちゃん! 逃げなさい!」


 ライラおばさんが村長をつれて現れた。

 二人は村の人達に、とりあえず皆村長宅に非難するよう呼びかけているようだ。


「貴方達!!!! ユリウス様に何をしたのよ!!!!」


 あの女が髪を振り乱しながら走ってきた。

 私の側で未だ転がっているリクハルト襟倉を掴み、凄い剣幕で怒鳴りつけている。


「あんたが何かしたんでしょう! ユリウス様の怒りをかうようなことを! こんなことになるなんて……馬鹿だと思っていたけどここまで馬鹿だったとは! 冗談じゃないわよ! ユリウス様に何したのよ! この愚か者が!」

「マリアさん、何が……この子がユリウスさんに何かやったのかい? それよりも、今はそれどころじゃ!」

「これの原因はきっとこいつなのよっ!!」


――グオオオオオオオオ!!!


 ライラおばさんがマリアに話を聞こうとしていると、光の輪があったところから、恐ろしい音……何かの鳴き声らしきものが聞こえた。

 恐る恐る振り返るとそこには――。


 六枚の羽を羽ばたかせた、虹色の輝きを放つ美しい黄金竜がいた。

 あれは……。


「ユリウス様……」


 マリアが呟いた。


「ユリウス……? どういう……あれは竜、様?」


 村長とライラおばさんが混乱している。

 リクハルトは、目が飛び出そうな程見開いている。

 私はすぐに分かった。

 あの心を奪われる黄金。


 あれはユリウスだ。


 ユリウスが『月竜ユリウス』なんだ。


「ユリウス様は……月竜ユリウス様なのよ。この現象は『竜の逆鱗』と言われているわ。竜様が命の危険を感じたときや、感情が高ぶったときに起こすもの。一度起こってしまえば、竜様のお心が鎮まるまで治まらない。竜の逆鱗によって、いくつもの街や村が壊滅してきたといわれているから……こんな村、すぐに消えてなくなるでしょう」


 マリアが諦めた表情で吐き捨てた。


「ユリウスさんが……竜様!? リクハルト、あんた……何やったんだ!」

「オ。オレは……! 竜様だなんて知らなかったから!」

「ユリウスさん、いや、月竜様に謝りな!」

「謝ったって遅いわよ! 今のユリウス様にあんたの声なんて届かないわよ!」


 皆が怒鳴り合っている。

 私はそんなことはどうでもよく、ただユリウスを見ていた。

 ユリウスは火を吐いて、森を焼き払っていた。


「……泣いてるみたい」


 苦しそうに見えた。

 あの女はユリウスは命の危険を感じたか、感情が高ぶったからこんなことをしていると言っていた。

 こんなことをしてしまうくらい辛い目にあったのだろうか。


 ごめんね、ユリウス。


 私から呼び出されたと思って行ったんだよね?

 じゃあ、私が馬鹿みたいに拗ねて、ユリウスを引っ叩いて閉じこもっていなければこんなことにはならなかったよね。


 全部……私のせいだよね。


「どうしたらユリウスは許してくれるかなあ」


 いつの間にか、ユリウスは村の上空まで来ていた。

 村の人たちは更に混乱した。

 ライラおばさんはリクハルトを押さえつけて謝らせている。


――グアアアアアアアアアアア!!!


「ユリウス!?」


 何故か私が呼ばれた気がした。


「ユリウス! 私はここだよ!」


 やはりユリウスは苦しそうだ。


「ユリウス! ごめんね! ごめんね!」

「ユリウス様! 私が癒してさしあげますから! どうか、御鎮まりください! ユリウス様!」


 マリアと並び、ユリウスに呼びかける。

 何度も、何度も呼びかける。

 お願い、届いて!


「ユリウス!」「ユリウス様!」


 祈るように叫んだ。

 私もマリアも声が嗄れてきたが、そんなことはどうでもよかった。

 喉が潰れてもいい。

 お願いだからユリウスに届いて……。

 その時、ユリウスと目が合った。

 いつもと同じ、吸い込まれそうな紫水晶の瞳だった。

 そして、ユリウスの動きが止った。


 届いた?

 私達の声が届いたの?


――グオオオ…オオオオ…


「苦しいの!?」

「ユリウス様!」


 とても苦しいような、悲しいような呻き声をあげている。

 助けてあげたいのに、そばにいたいのに届かない。

 もどかしい!

 どうすることも出来ず、見守っているとさっきと同じ光の輪がユリウスの身体を包み始めた。


 互い違いに逆方向に回転し、そのまま広がり消えていった。

 光の輪が消えた後には、黄金竜の姿が消えていた。

 そこにいたのは私が知る、人の姿のユリウスが宙に浮いていた。

 だが、少し変わっていたところがあった。

 角があった。

 両耳の上に、少し曲がった銀色に輝く角だ。


 纏っている服は、黒の上下で上はコートだ。

 紫で縁取りがされていたり、刺繍がされていたりする。

 髪はいつもは纏めて結っていたが、今はほどかれていて空中で金の波をうっていた。

 本当にユリウスは綺麗だ。


「おかえり、ユリウス」

「ユリウス様……」


 ユリウスは無表情だが、どこか悲しげな様子でこちらを見ていた。


「……すまない」


 あ……。

 同じ声なのに、まるで別人のようだった。

 ユリウス、記憶が戻った……?


「ユリウス様……もしかして……記憶が」


 マリアも同じように思ったようだ。

 どうしよう。

 記憶が戻った。

 私のユリウスでは無くなってしまうかもしれない。


「ユリウス……ごめんね。あの……私……」


 どうしたらいいのか分からない。

 聞きたい、聞きたいけど怖い。

 上手く言葉が出ない。

 言い淀んでいる私とマリアの前に、急に光が現れた。

 光の中に何かある。


「それを持っているといい。役に立つ時がくるだろう」


 ユリウスに言われ、光に手を伸ばす。

 光が消えると、そこには虹色の光を放つ大きな鱗があった。


「ユリウスの、鱗?」


 不思議に思い、ユリウスを見上げると……。

 そこにはユリウスの姿は無かった。


「え?」

「ユリウス様……? どちらに……」


 ユリウスが……消えた……?


――いつか必ず、君達の知る『ユリウス』で再び会いにくる。それまで……。


「嘘……待って、何処行くの? いつかって……いつなの!?」

「ユリウス様!! 私も、私も連れて行って……! ユリウス様!!」


 それから、ユリウスが姿を見せることは無かった。


 こうして私の前から月竜ユリウスは姿を消した。

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