コンビニコンビの祭終迷宮《エクスダンジョン》
ながやん
第1話「俺はまだ、始まってすらいねえ!」
薄暗い地下室には、外の
暗い静寂の中で、少年は自分だけの世界に没入していた。それは人生最大の挑戦であり、長年の研究結果を試す時……巨大な魔法陣の前で、彼はナイフを手に深呼吸を一つ。
名は、ヨシュア・クライスター。
かつて『
「よし……始めようか。クククッ、この俺様の時代が、ようやく始まる……フ、フハハッ、アーッハッハッハ! 今こそ世界に
ヨシュアはナイフを
鮮血が飛び散り、焼けるような激痛が彼を襲った。
手の甲を貫く刃から、ポタポタと真っ赤な血が
そして、彼が作った魔法陣は、その血の流れに反応して輝き出した。
「今こそ我に応えよ……異界の神々よ! 古き
出血に遠のく意識の中で、ヨシュアは呼びかける。
かつてこの世界に君臨し、失われた文明を築いて繁栄した高位存在……今の教会が悪魔として記録する、古き神々の
魔法陣から
そして、優雅で優しげな声が響いた。
どこか
「我を呼び出したるは、そなたか。我が名はセーレ、序列七十の座に君臨せし地獄の君主なり。願いを、望みを語るがいい」
男装の麗人にも見えるが、長い長い金髪を揺らして彼女はヨシュアを見下ろしている。
頭部で
間違いない、太古の
セーレと名乗った魔神は、
「そなた……ふむ、我が召喚者よ。なにゆえ我を呼び出した? ここは
セーレの声は耳に心地よく、まるで清水のように
手の痛みに耐えながら、ようやくヨシュアは言葉を絞り出す。
「おっ、俺と共に……戦え! あ、いや、その……戦って、くだ、さい」
「そう恐縮せずともよい。ふむ、
不意にセーレは、砕けた言葉でへらりと笑った。
そして、あっという間に黒き天馬ごと輪郭を
その全身が発光したかと思うと、すぐに彼女は人間の姿になった。
それも、全裸の女になって歩み寄ってくる。
「ふぅ、こんなもんかな? おまたー! ……って、ありゃ? おーい、少年?」
「え、あ、お、おおう……これは」
「や、気取ってても疲れるしさ。そゆとこ、ソロモン王は厳しかったけど、かったるいしー? って、手! 手から血! ちょっとこれ、まずいって!」
「い、いや、この傷は」
急にフランクになったセーレは、ヨシュアの血に濡れた手を
ひんやりと冷たいセーレの手は、白い肌がまるで
長身の彼女が
「そっか、召喚の儀式かあ。んじゃ、契約すんね? なんだっけ、そう……敵を倒せばいいんだよね。だいじょーぶっ! おねーさんに任せなさい! んじゃ」
そっと彼女は、ヨシュアの手からナイフを引き抜く。
激しい痛みにヨシュアは顔をしかめたが、構わず彼女は真っ赤な舌で手の甲を
古文書にある通り、契約の儀式が完了したのだ。
ヨシュアの血を記憶し、セーレは願望が叶えられるまで
召喚された悪魔との契約に失敗すれば、出血多量で術者は死ぬ。これは命をかけた召喚術……その証拠に、セーレが舐めた手からは既に傷が消えていた。
「これでよしっ! ……でも、びっくりしたなあ。なんでまた、私を? ってか、この世界にはちゃんと魔法を残してあげたよね?」
「あ、ああ。俺の名はヨシュア・クライスター、魔導師だ。……落ちこぼれのな」
「クライスター! あーはいはい、あのクライスターね! で、落ちこぼれ?」
「俺には魔法の素養がない……魔力がないんだ。生まれつきな。でも、だからこそ学べたし、知ることができた。セーレ、力を貸してくれ……俺と共に戦ってくれ」
この世界、ソロモニアは魔法文明が繁栄を極めている。
ヨシュアは長男でありながら、全く魔法が使えない。
そのせいで、魔王討伐には妹が向かうことになってしまったのだ。
一族の
「古文書を
「あー、いいよいいよう。あんま気を
「あ、はい。えっと、それで……あんた達は世界を去る時、自分達の力を体系化し、その
魔法とは即ち、人間が悪魔の能力を借りるものなのだ。
その手続として、術式の構築と呪文の詠唱が必要であり、それを通じて悪魔達の残した遺産に接する。この世のどこかに、世界中の魔法を管理する遺跡とかがあるのだろう。
そういう結論にいたったとヨシュアが語ると、セーレは感心したように笑った。
そして、頭をわしわしと
「おー、偉い偉い! よく気付いたねえ。おねーさん、賢い子は好きよん? それに、よく見ればかわいい顔してるし」
「ひっ、ひっつくなって! それより、服を着てくれ!」
「またまたー、照れちゃってからにー、かーわいー!」
緊張感のないセーレが、胸にヨシュアの頭を抱き寄せてくる。
甘やかな匂いに包まれながらも、ヨシュアは本題を切り出した。
「この世界は今、魔王アモンに支配されているんだ。でも、異世界から召喚された勇者が戦っている……あらゆる国が、勇者と共に戦っている! ……俺の、妹も」
「へー、アモンってば今そんなことしてんだ。最近見ないなーって思ったら」
「そういう訳で、セーレ! 俺と魔王を倒す旅に付き合ってくれ!」
「あはっ、付き合ってくれ、かあ……いーよ? こっちの世界も久々だし、それに……かわいい男の子に付き合ってくれだなんて、くーっ! 最高かよっ!」
「セーレ? あの……ま、まあいいや。じゃあ行こう! 冒険の旅の始ま――」
その時だった。
バン! と扉の開く音が響いて、光が差し込んでくる。
この地下室に引きこもっていたヨシュアは、久々に外からの空気を吸った。
そして、光を背に小さな女の子が
「ちょっと、お兄ちゃん! もう半年も引きこもって……なにやってんのよ!」
声の主は、妹のディアナだ。
彼女は、色だけはヨシュアと同じ銀髪を左右に結って、それを交互に揺らしながら歩み寄ってくる。強い歩調は、怒りと
ディアナはヨシュアの五歳年下で、十二歳になる。
本来ヨシュアが務めるべき、クライスター家を背負って立つ大魔導師だ。
大魔導師をやらされてるのだ。
そのディアナは、裸のセーレを見て目を丸くした。
「ちょっと、お兄ちゃん! アタシのいない間になにやってんのよ! なっ、なな、なにを……やったの、よ? と、とにかくっ、不潔よ! 不潔!」
「ちょ、ちが……落ち着けディアナ! これは――」
「なによ、お兄ちゃんから離れてよっ! うう、やっぱスラリと長身でボインなのがいいんだ……アタシだって、アタシだってあと十年もすれば!」
怒り心頭のディアナを見て、セーレはにんまり笑った。
そして、ことさら強くヨシュアを抱き寄せ、ぴたりと密着してくる。
「ディアナ、こいつは俺の下僕だ!」
「そうよーん? 愛の奴隷なの」
「違うっ! 悪魔なんだよ、名前はセーレ!」
「よろしくー? うふふ、真っ赤になっちゃって……かーわいー」
「俺はこれから、クライスター家の男としての使命を果たす! セーレの力を借りて、魔王アモンを倒すんだ! ……今まで、さ。お前に苦労ばかり……ディアナ? なあ」
ぷるぷると震えていたディアナは、涙目で
昔から妹のこの表情に、ヨシュアは死ぬほど弱い。
そして、彼女は衝撃の事実を突きつけてきた。
「お兄ちゃんっ! 魔王アモンなら、アタシが勇者様と倒してきたわ! それが先週の話! ……もぉ、魔法が使えなくても仕事くらい沢山あるのに……ずっと引きこもって」
「……へ? え、ちょっと待てディアナ」
「お兄ちゃんのバカッ! ようやく帰ってきたら、なんで裸の女の人とイチャコラしてんのよ! アタシ以外と、なんで! ……せっかく、お兄ちゃんでもできるお仕事を色々考えたのに……お兄ちゃんのっ、ブァカアアアアアアッ!」
すんでのところで魔法ではなく、握った拳を叩きつけてくる。
セーレの胸の谷間に、思いっきりヨシュアは埋まってしまった。肩で息するディアナは、最後に舌を出すと去ってゆく。顔面に鉄拳制裁を食らったヨシュアは、そのまま床にずるずると崩れ落ちた。
「くっそぉ、なんだよ……マジかよ、魔王はもう倒されたのかよ。ん? これは……」
ディアナがヨシュアをブン殴った時、彼女の持っていた紙片が無数に散らかったようだ。それはどれも、魔力がなくてもできる仕事を募集するものである。
その中にヨシュアは、見慣れぬ業種を見つけて首を捻った。
誰でもできる簡単なお仕事、アットホームな職場です……?
それが、ヨシュアとコンビニエンスストアの出会いだった。
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