第5話 VSサキュバス
毎度おなじみ侵入者さんにモニターを合わせてみましょう。
今回の侵入者はサキュバス。真っ白い肌に、黒の髪とコウモリの翼が印象的な女性です。正確には女性型の魔族です。男性型はインキュバスといいます。
「もう、本当にここで合ってるのよねー?」
森の木に半分だけ体を隠しながら、サキュバスはこちらをうかがってきていました。きょろきょろとあたりをうかがっていますが、この近辺にあるのは勇者の家である『私』しか存在していません。いやはや殺風景ですね。もうちょっと表側もそのうち整備しましょうか。
「いやいや、いっそこれぐらいでなきゃ本物じゃないわ。頑張って私、頑張りましょう私」
首を横にぶんぶんと振って、彼女はこちらにむかって歩みを進め始めました。
それにしても独り言が多いサキュバスですね。でも前に来たサキュバスもこんな感じでしたし、もしかしたら種族自体が独り言が多い部類なのかもしれません。
それとも怯えると人も魔族も独り言が多くなると言いますから、彼女は怯えきって威勢を張っているのかも。もしそうだとしたら申し訳ないことをしているなあと思います。嘘です。全然思っていません。
サキュバスは最初、正面玄関から侵入しようとしましたが、ふと手を止めると、きょろきょろと周囲を見回し始めました。
そして彼女が見つけたのは、ドアから少し離れた窓でした。侵入者なのだから正面玄関から入るのはどうなのか、とでも思ったのでしょう。彼女が少し力を込めて持ち上げると、窓はいとも簡単に開きました。
「え、カギかけてないの? 防犯意識どうなってるわけ!?」
防犯設備は完備していますよ。今からあなたはそれを体験するわけです。アーロン様はキーボードをたたきました。
「うーん、初犯さんだし、まずはお試しコースでいこうかな」
ああ、なんてお優しいアーロン様!
窓から侵入したサキュバスが入ったのは7番の部屋。アーロン様がもっと幼いころに作られた彼女からすればおもちゃのような部屋です。
サキュバスが数歩進むと、目の前に一本の縄が垂れてきました。あからさまな罠です。こんなものに引っかかるやつの気が知れません。
「何かしらこれ……」
しかし彼女は興味深そうにその縄を観察し始めました。縄は天井の隙間からぶら下がっているようで、その先は全く見ることができません。サキュバスは縄をつかむと、思い切り引きました。
「えい」
屋根裏に隠してあったタールがサキュバスの上に降り注ぎます。ああ、可哀想なサキュバス。引くなと言われると引いてみたくなる気持ちでやってしまったのでしょう。まあ、知らないですが。
「きゃあああああ!」
一拍遅れて事態を把握したサキュバスは悲鳴をあげながらあわてて部屋の奥にあるライオンの噴水へと駆け寄りました。タールを洗い流そうとしたのでしょう。
しかしそこで素直に洗い流させないのがアーロン様です。
彼女がライオンに近づくと、ライオンはその口からとんでもない勢いで水を発射しました。そう、ちょうどサキュバスが向かいの壁に激突するぐらいの勢いで。
「ぎゃん!」
変な声をあげて、サキュバスは壁に頭を打ってふらふらになりました。ですがなんとこのサキュバス、ここであきらめなかったのです。
「うう……帰りたい……」
ぶつぶつとぼやきながらも、ずぶぬれになったサキュバスは次の部屋への扉に手をかけました。
「でもあれを持って帰らないと……負けてたまるか……!」
「ふふん、その意気やよし」
アーロン様は嬉しそうに次の部屋のボタンを押しました。ガコンと音を立てて部屋が組み替えられます。
「な、何よこれ……」
次に部屋に入った途端、サキュバスはドン引きした声をあげました。それもそのはず。彼女が目の前にしているのは、動物の内臓の中のようなグロテスクな部屋だったのです。
ああ、アーロン様ったら、本気で対応しようとされているのですね! 光栄に思ってくださいねサキュバスさん。アーロン様の娯楽になることができるだなんて羨ましい限りです。
サキュバスが進むごとに、彼女の足はぐじゅっと音を立てて肉の床に沈んでいきます。それがかなり気持ち悪かったのでしょう。彼女は小走りでその部屋を抜けようとしました。
しかしそれが悪かったのです。彼女は足を踏み外して、酸の沼に落ちてしまったのでした。彼女は悲鳴をあげます。当然です。なんてえげつない攻撃なのでしょう。
サキュバスは慌てて翼を広げると、次の部屋へと飛び去っていきました。
最初から飛んでいればこんなことにはならなかったのに。しかしその油断をつくのが私たちの仕事ですから、思い通りといえば思い通りですね。
さらに次の部屋。三部屋目です。ここまでたどり着く者はなかなかいません。それに敬意を表したのでしょう。次の部屋の真ん中には、宝箱が用意されていました。そして壁には大きな鏡も設置されています。
「も、もしかして、あの中にあれが……!!」
彼女はふわふわと浮かんだまま、宝箱へと近づきました。そして、何のためらいもなく、それを開いてしまったのです。
その途端に噴出したのは、毒ガスでした。毒ガスは彼女の顔に直撃し、彼女は何度もせき込みました。
「な、なんなのよもー!」
サキュバスは怒りながら周りを見回しました。そして、隣の鏡に映る自分の姿を見てしまったのです。
「きゃあああああああああ!!」
これまでで一番の大音量で、サキュバスは悲鳴をあげました。それもそのはず。彼女の顔は毒ガスと酸によって醜くただれていたのですから。
見た目を気にするサキュバスには堪える仕打ちでしょう。現に彼女は顔を隠しながら元来た道を駆け戻っていきました。
「おととい来やがれー!」
その背中にそんな言葉をかけてはみましたが、実際のところちょっと私は同情していました。もしアーロン様があんな仕打ちを受けたのなら、私は怒り狂うに決まっていますから。
でも大丈夫ですよ、サキュバスさん。この家から出たら、この家で受けた傷は、すべて治ることになっていますから。
逃げ去っていくサキュバスを見送り、私は開きっぱなしだった窓をぱたんと閉めたのでした。
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