捨てた物と得た物

「ふん、ふん、ふふーん、ふふふーん。」


エンジン音と共に陽気な鼻歌が道路に響く。


「嬉しそうですね。」


「そりゃ乗り物が手に入ったんだもん。嬉しいに決まってるじゃん!」


長い間手入れがされていない事でボロボロになってしまっている道路を軽快なエンジン音を響かせながら走るモトコンポ。

それに乗っているのは黒いズボンに黒いTシャツ、その上から灰色の薄手のパーカーを着込んだ少年だ。


「いやー、まさかこんな新品同様のバイクが家の中に飾ってあるなんて思わなかったよ。しかも何か見た事ない形してるし。いやー儲け儲け!」


「楽しそうで何よりですよええ……。」


嬉しそうにはしゃぐ少年とは真逆にあからさまに不機嫌そうに返答をしたのは人ではなくドローンだ。

電子レンジくらいのサイズの黒い箱にプロペラのようなパーツが4つ取り付けられたデザインのドローンだ。

今は少年の背に紐で縛り付けられている。


「怒らないでよー。仕方ないじゃんこうでもしないと2人で乗れないんだもん。」


「…………。」


「拗ねた……ドゥヘ!」


機嫌を伺うように少年が問いかけるとドローンはロボットアームで少年の項あたりを殴った。


「ちょ!危ないから!事故っちゃうからー!」


鈍い衝撃を受けた事で走行中の乗り物が左右にぐらつく。

しかしドローンはお構い無しに少年を叩くのだった。


「このバイクはモトコンポと呼ばれる物だそうですよ。」


何度も叩いた事で気が済んだのかドローンがそんな事を言ってきた。


「モトコンポかー……、じゃあこいつにはモコちゃんと名付けよう!」


「何ですかそれ?」


相変わらずはしゃぐ少年にやはり変わらずローテンションのドローンが返答をする。


「名前だよ名前、良いでしょ?」


ドヤ顔で言い放つ少年をドローンがもう一度叩いてやろうとロボットアームを出すがそこでドローンは動きを止めた。


「そう言えば貴方様はなんと言う名前なんですか?」


特に深い意味も無く、いつものように気になった事を聞くのと同じ感覚で質問をするドローン。

しかし少年の反応はいつもと違った。


「あー……うーん、なんだろうねー……。」


まるで苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「覚えてないや、うん。」


「それは嘘ですね。」


はぐらかそうとする少年に食い気味にドローンは反応をする。

それで少年は更にバツが悪そうにしてしまう。


「教えなきゃだめ?」


「教えたくないのですか?」


「うーん、出来ることなら……。」


少年はあからさまに嫌そうだった。


「理由を聞いても良いですか?」


そう聞くドローンに少年は苦笑いをする。


「名前を呼ばれると昔の自分に戻っちゃう気がするんだよね…。」


「昔の自分が嫌いなのですか?」


「もうだいっっっっきらい。」


「何故ですか?」


「視野が狭いぼっち野郎だったから……かな。」


あはははと力無く笑う少年。


「今もぼっちですけどね。」


「あ、あれー?俺達友達じゃないの?」


「そろそろ暗くなって来ましたね。」


「え?無視?あれー……もしかして俺の片思いだったの?」


「明日は晴れると良いですね。モコちゃん。」


「ねえ、泣いていい?」


言葉とは裏腹に少年は笑顔だった。

嫌な思い出を思い出してしまった事を察してドローンがわざと話題を変えてくれた事が嬉しかったから。

だから少年は楽しそうに笑った。

空は日が傾き星が見え始めていたが一人と一機が走行を止められるのはもう少し後の事だった。




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