からかい

「シューニャ。おかえりなさい。遅かったわね」

 デイヴィさんが両手を広げた格好で立ちながら俺を振り返る。

「アーロンは?」

「え? あなたが追いかけて行ったんじゃない。何言ってるの。寝ぼけてんの?」


「いや、アーロンをとある城館に追い詰めたと思ったら、そこにはアーロンの姉というのが居て、それを何とか倒したんだけど、アーロンがこっちに来てるはずだと言ってたから……」

 俺が説明をするのを聞いていると、ディヴィさんは、ああ、分かったという顔をする。そして、ニンマリと笑った。


「ねえ。シューニャ。今の話で省略したところがあるでしょう?」

「そりゃ、要約して言ったけど、大事なところは漏らしてないんじゃないかな」

「そう? 例えば、そのアーロンの姉というのは美人だったでしょ?」

「いや、まあ、そこそこではあったかな……」


「ふううん。で、何も着てなかったでしょ。その裸を穴のあくほど見つめたんでしょ!」

「え?」

「それで、見てるだけじゃなくて、色々してたんでしょ。だからこんなに時間がかかったのね!」


「ちょっと待ってよ。ディヴィさん。確かに服は着てなかったけど……」

 動揺してさん付けで呼んでしまう。

「ディヴィさん? 何を慌ててるの。そうかあ、やっぱりシューニャってば、アタシたちが心細い思いをしてる時にそんなことを」


「へえ。シューニャってそんな男の人だったんだ?」

 プウラムもそんなことを言い出す。ノアゼット様は明後日の方角を見て、ツンとしていた。額から脂汗が一筋流れ落ちる。あ、これは死んだかも。すると、ノアゼット様が肩を細かく震わせ始め、やがて我慢しきれなくなったように笑い出す。


 そして、プウラムもディヴィさんも笑い出した。

「ごめん。シューニャ。ちょっとからかっただけよ」

 そう言って、ケラケラ笑うディヴィさんを見ているとだんだんと怒りが湧いてきた。


「ちょっと酷くないですかね。一応、俺は一働きしてきたんですけど」

 ムスっとした俺を見て、ディヴィさんは笑うのを止めて謝る。

「ごめん。ちょっとやりすぎたわね。でも、見たのは見たでしょ?」

 むう。今日はしつこいな。


「はいはい。見ましたよ。だって、しょうがないじゃないですか。俺が脱がしたわけじゃないし。だいたい、ディヴィだってアーロン見てたじゃないですか」

「あら、そうだったかしら。レディにそんな質問はしないものよ」

「俺をからかうのに満足したなら、準備してください。また、あの露出狂が来ると面倒だから」


「その必要はないわ」

「どういうことです?」

「だって、さっきシューニャが自分で倒したって言ったじゃない。本当にボケちゃった?」

 頭に?がいくつも浮かぶ。うーん、良く分からないな。


「美人で女性の姿をしたのを倒したんでしょう?」

 一部分やけに強調して発音しなくても結構です。

「ああ、なんか山羊みたいな姿になって消えたぜ」

「それがアーロンよ」


 ドミニカはアーロンってことか?

「アイツら夢魔は雌雄同体なの。相手の性別合わせて姿を変えるだけ。基本的に単独行動だし、複数体いるとは思えないわ」

 やっと、俺の頭に理解が広がる。なんだ、そうだったのか。


「俺が入ってきたとき、アーロンのセリフが聞こえたような気がしたけど」

「ああ。あれは、あまりにアイツの態度がおかしかったから、私が真似して遊んでただけ。まあ、こんなになっちゃってるんだから、笑い事じゃないけど」

 ディヴィさんは部屋の様子を指し示す。

「じゃあ、ここの元の住人も?」


「そういうことになるわね」

「でもさ。俺一人に追いかけさせておいて、心配になったりしないんです?」

「ぜーんぜん。夢魔ってそんなに強くないもの」

「でも、やっかいな魅了の魔法を使うわけじゃないですか」


「んー。簡単な護符でも弾かれちゃうし、特定のパートナーとの結びつきが強ければ抵抗するのは難しくないしねえ。アタシ達3人にはまったく効かなかったでしょう? いくらスケベなシューニャだって、その腕輪があれば問題ないわよ」

「スケベは余計です」


「そーお? シューニャったら、アーロンが来た時にやけに落ち着いていて、起き抜けって感じじゃなかったんでしょ。どーせ、ノアゼットちゃんの寝顔をまじまじと見つめていてたりしたんじゃない?」

「そ、そんなことはないですよ」

 完全に見抜かれとる。ハハハ。


「それじゃ、朝まで漫才やっててもしかたないから、また寝ましょ」

「おやすみなさーい」

 ディヴィさんとプウラムは隣の部屋に戻って行った。俺は念のため、髪の毛を使った警戒装置を窓と扉にセットする。


 セットし終わると、ノアゼット様と二人きりだということを強烈に意識してしまう。気まずい。

「私の寝顔を見ていたというのは本当ですか?」

 不意の質問に答えることができない。あーうー。


 じっと俺を見据えるノアゼット様の視線に耐えられなくなり、俺は正直に白状する。

「寝れなくて、見てました。マダム、申し訳ありません」


 ノアゼット様は、ふうとため息をつくと、

「見るなとも言えませんですしね。ただ、寝ておかないと明日こたえますよ。おやすみなさい」

 ものすっごい軽蔑の眼差しとか、お小言とか、アレとかを覚悟していたが、意外なことにあっさりとノアゼット様は寝てしまう。


 スースーという穏やかな寝息を聞きながら、結局俺は一睡もできずに夜が明けた。



 



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