惨劇

 トーシの住んでいたのは、ここから北の方角にあるウーズの村だった。人口300ほどの極普通の村。それが一変したのは、5日ほど前のことだった。その日を境に村人が次々と何か分からないモノに入れ替わっていった。トーシは自分の父親が殺されて倒れたのに、別の何かが父親とそっくりの姿で立ち上がるのを見たそうだ。


 トーシの父親は元巡視隊の兵士で怪我を機に引退して家庭を持ったのだが、妻、つまりトーシの母親が病で亡くなってからは酒場入りびたりの生活になった。その日も嫌々ながら酒場で管を巻く父親を迎えに行くと、父親は見知らぬ男と酒場を出て歩いて行くところだった。


 村の外れまでついていくと、父親は見知らぬ男と口論を始め、腰に下げた剣を抜く。父親は酔うと酒癖が悪く、トーシもしょっちゅう殴られたし、村の住人と喧嘩をするのも日常茶飯事だった。剣を抜くのはやりすぎだと声をかけようとした途端、異様なことが起こる。


 見知らぬ男がトーシの父親に抱きつき自由を奪うと暗闇から何かが飛び出してきて、父親の首の辺りと交差する。首から流れ出る血を左手で押さえながら、右手の剣で見知らぬ男を切り裂いた、かのように見えたが、その部分がぐにゃりと曲がるだけで何事もなかったかのように父親につかみかかる。


 トーシが身動きも何もできずにいると、やがて父親が倒れ身動きしなくなり、地面に倒れる。その頭部を何か黒い塊が覆いしばらくうごめいていた。その塊が離れると父親の体には頭部が無い。震えながら声も無くただその様子を見ているトーシの目の前で黒い塊が形を変えると父親そっくりの姿になった。


 父親の姿をした何かと見知らぬ男は、頭部のない父親の遺体を2人でどこかに引きずっていく。その地面のすれる音で我に返ったトーシは一目散に酒場に駆け戻った。酒場で今見てきたことを話すが酔っ払いたちはゲラゲラ笑うばかりで真面目に相手をしない。宵闇節の怪奇話にしちゃ荒唐無稽すぎるぞと笑われる始末。


 なおも言いつのろうとするトーシに酒場の外を覗いた男が言う。

「なんでえ、お前の父ちゃんが来るぞ。いつも通り足を引きずってな」

 それを聞いたトーシは裏口から家に飛んで帰る。しかし、家に入っても父親が帰ってくるかもしれないと納屋の屋根裏に潜んだ。酔っ払った父親から殴られそうになったときに隠れる場所だ。


 しばらくすると父親が帰って来て、トーシの名を呼ぶ。家の中に入ってトーシの名を呼ぶ声がずっと聞こえたがやがて出てくると隣家に向かう。隣は2つ違いのルナの家だ。トーシの父親のようなモノはルナの父親を呼び出すと何か声をかける。2人は連れだって家の裏手の方へ歩いて行き、その方角から何かがドタリと倒れる音がする。その気配を聞き取るとトーシは納屋の天井裏から滑り降り、ルナの家に向かう。


 いつも遊びに誘うルナの家の扉をそっと叩き、小声でルナと呼びかける。今にもあの2人が戻ってくるのじゃないかと気が気でなかった。やがて、トーシ? というルナの返事が聞こえ扉が開く。


「どうしたの?」

 そう聞くルナを押しのけ家に入るとドアの閂をかける。驚くルナにたどたどしく説明する。

「なにか恐ろしいものが村にいるんだ。父ちゃんもそいつに殺された。そいつは人に化けるんだ。ルナの父ちゃんもきっと殺される。早く逃げないと」


 驚きポカンとするルナを急き立て身の回りの物を集めさせる。すると、家のドアをガタガタさせる音がして、ルナの名を呼ぶ声がした。トーシは返事をしそうになるルナの口をふさぐ。今度はルナちゃんというトーシの父親の声がする。そして、ドアをまたガタガタゆすった。そして、ドアの下の隙間から何か黒く細長いものが侵入してくる。ドアの表面をなでるが閂には届かない。


 悲鳴をあげそうになるルナの口をふさいだまま、トーシは抱きかかえるように裏口に突進する。裏口を押し開けると外に飛び出して2人で走った。途中で人影を見かけると向きを変えながら、駆け続ける。村の出口のところに近づくと数人の人が立っていた。そこへ村の雑貨屋さんがやってくる。


 何事か尋ねようとする雑貨屋さんを数人掛かりで引き倒し、のしかかるのが見えた。雑貨屋さんが倒れると周りの数人は形を変えてぶよぶよした塊になり雑貨屋さんに群がる。正視できなくなり、ルナを連れて村を囲う柵に向かい、そこをくぐって外に出る。


 道には人の姿があったので、山に入って迷いながら、ひたすら南を目指して歩く。小川の水を飲み、木の実で飢えをしのいで、2人で山を越え、荒れ地を彷徨っているところで俺達を見つけた。ただ、俺達が人間か分からず隠れていたところを自分たちの方に向かってきて包囲されたので、トーシが引き付けるために飛び出したということだった。


 ここまで聞き終えると俺達は声もなく佇む。あまりに辛いことを追体験させてしまった後ろめたさやあまりの話の衝撃に声がでない。さあ、もう寝ましょうと声をかけて離れたところにディヴィさんがトーシを連れて行こうとする。その姿を見て俺や巡視隊の連中は慌てて立ち上がった。 

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