第20話 現代人と古代人
現在、馬車の中である。
乗っているのは俺とクロ、そして女将軍ファーナの三人。
向かい合わせで乗れるタイプの馬車なので、俺とクロが並び、女将軍と向き合うかたちだ。
国王のスケジュールを確認したところ、今日はドメリア砦の様子を視察し、そのまま砦に泊まるらしい。
そして明日午前中に遺跡のほうに移動、とのことだった。
俺たちが城に戻った時間は夕方であったため、城に頼んで運転手ごと馬車を借り、すぐに遺跡に向かうことになった。
おそらく、馬を休ませながらでも、明日朝までには遺跡に到着するだろう。
国王よりも先回りできる見込みである。
「あの」
「どうした? リク」
「将軍は俺に付いてきちゃって大丈夫だったんですか? 将軍としての公務もあると思うんですけど」
「ああ、大丈夫だ。そもそも将軍位の私に、陛下のことよりも大事な仕事などないぞ?」
「はあ。そうですか」
俺、あとで爺あたりに怒られそうだ。
一民間人が将軍を占領しているわけなので、本来は許されないことだろう。
「しかし……陛下はお前のことをたいそうお気に入りだが、こうやって心配して飛んで行くということは、お前も陛下が好きなのだな。相思相愛でよいことだ」
国王のことを話すとき、この人はずいぶんと優しい表情になる。
もちろん、部下の立場として慕っているというのもあるのだろうが、母親が子供に対して見せるような類の成分も混じっている気がする。
「確かに好きではありますけど。どちらかと言うと、尊敬という言葉のほうが近いような気はします」
「国民が陛下を尊敬するのは当然だと思うのだが。その尊敬とは意味がまた違うのか?」
「あー、少し違うかな? 昔の自分との比較で、あまりにも陛下が上を行っているので。すごいなと」
「……? どういうことだ?」
「陛下は今十二歳ですよね。十二歳の頃の俺って、もうどうしようもなくて、思い出すだけでも恥ずかしくなるくらい子供で、本当に酷かったので。
それに対して陛下はずっと大人で、何でもできるし、すごいなって。羨ましいに近い意味の尊敬です」
一般人の自分と比較。もしかしたら不敬な発言だったのかもしれない。でも、この人はたぶん怒らないだろう。
言った内容は完全に本音だ。自分が子供だった頃と比較すると、あまりにも違いすぎて泣けてくる。
まあ、今回の早々の遺跡入りについて言えば、一国の国王としては少し軽率だとは思うが。
「なるほどな。そのような意味か」
女将軍は、納得したようにうなずいた。そして少し前に落ちた髪をかきあげ、
「私もお前のことを十分に知っているわけではないが――」
と前置きをして続けた。
「確かに、私の見る限りでは、この国の出身ではないということを考慮しても、お前は二十二歳とは思えないほど知識が不十分で、道理に暗い。常識にも欠けている。
最初の謁見のときも、やり方を調べようともせずそのまま来て追い返されていたな。そしてこの前も、ハンスに仕事の進め方が悪いと説教されていたようであるし……。
今がこの状態だと、十年前はさぞ酷かったのだろうと想像する」
ボロクソである。
ちなみに、ハンスというのは爺の名前だ。
俺の頭の中ではもう「爺」で定着してしまっているが。
「将軍はハッキリ言いますね……。ちょっと傷つきました」
俺がガクッときているのを見て、女将軍は優しく笑った。
「ふふふ。悪かった。だが、私はお前のその白紙っぷりが嫌いではない。それに――」
「それに?」
「そう自分で思えるのは、進歩している証なのではないか?」
「……?」
「私も、過去の自分を思い出して恥ずかしくなることはあるぞ? 逆に、過去の自分を見て、まったく恥ずかしい点がないというのはどうなのだろうな。それはつまり、今の自分が当時より進歩していないということを意味するのかもしれない」
そのような考え方もあるのか、と思った。
進歩している――もしそれが本当なら嬉しい。
どんな大河でも、対岸は必ずある。
前にさえ進んでいれば、いつかは向こう岸にたどり着けるはずだ。
「あとは、そうだな……。陛下は確かに大人びてらっしゃるが、歳相応の子供らしい部分も結構見受けられるぞ? 叔母の私が言うのだから間違いない」
そう言われれば確かに。
肩車せがまれたしな…………って、何だって? 叔母?
「あの、今、聞き間違えでなければ『叔母』という単語が聞こえましたが」
「それが何か? 私は陛下の叔母にあたるが」
「え! そうだったんですか。知らなかった……」
女将軍は少しあきれ気味のようだ。
「本当に何も知らないのだな。ひょっとして、お前は自分の国の王室のことも知らないのではないか……? お前は西の国の出身だったか?」
この国の出身ではないとしたら、一体どこの国の出身なのか――。
首都でそのような質問をされたら、適当にはぐらかそうとあらかじめ決めていた。
しかし、なぜかそれは今まで聞かれることはなかった。
不思議に思ったのだが、どうもこの国で異国の出身というのは、西の国もしくは北の国の出身を指すらしい。
西の国というのは、俺のいた世界でいう東アジアの国々のことだ。
造船技術の関係で、そのあたりの国以外から人が来ることがないのだろう。
よって俺も、勝手に西の国か北の国の出身と思われていたようだ。
俺は少し迷ったが、正直に答えることにした。
「俺、西の国の出身でも北の国出身でもありませんよ」
「ほう、ではどこなのだ」
「わかりません」
「わからない?」
「はい。俺、目が覚めたらこの国にいたので。たぶんワープ……転移をしたのだと思っていますが。元の国に戻れる方法があるのかを解明したくて。そのための調査の旅をしているんです」
「……!」
女将軍は驚いたのか、目を見開いている。
「すみません。いきなりこんなことを言っても信じられませんよね」
「そうだな……。転移と言われてもにわかには信じがたい話だ。しかし嘘を言っているようには見えぬな」
「ええ。嘘ではないですよ」
女将軍は少し俯いたような姿勢になった。
いきなりとんでもない情報が入ったので、頭を整理しているのかもしれない。
「そうか……。お前は私たちが知る国々より、もっともっと遠くの国の人間だったというわけか…………」
もっともっと遠くなのか。それとも異世界なのか。
それについては、まだ確定した事実というものはない。
ただし、俺の知る地球に未踏の地がほぼない以上、後者の確率がかなり高いとは思っている。
「陛下はそれを御存じなのか?」
「異国出身ということしか知らないと思います。俺がしている調査の内容については知っていると思いますが、単なる学術的なものだと思っている可能性が高いです」
町長から国王宛に届いていた手紙を、俺は直接見たわけではない。
だが国王の話を聞くに、俺の出自についてそんなに詳しくは書かれていなかったはずだ。
「ふむ。それなら、どこかのタイミングでしっかりと申し上げておくべきだな。知らないうちにお前が転移で元の国に帰国して、二度と戻りませんとなると、陛下が気の毒だ」
「あ、はい。そうですね。必ずお伝えしておきます」
女将軍の言うとおりだと思う。黙ったままではかなりの不義理となりそうだ。
少なくとも、首都を離れる前には言おう。
「……しかし。このような白紙状態の大人を生み出す国とは、一体どんな国なのだろうな」
女将軍は町長と同じようなことを言っている。凹むのでやめてほしい。
***
俺とクロとファーナ将軍は、遺跡に着いた。
まずは小さな詰所に挨拶をする。国王はまだ到着していないようだ。無事に先回りできたらしい。
少し安心し、歩いて遺跡のほうへ向かう。
「クロ、ちょっと面倒なお願いがあるんだけど、頼んでもいいかな」
「何だ」
「いやー、いつも対価なき労働で悪いと思っているんだけどさ。出張手当も危険手当も払ってないし、うん。今回もちょっとそんな感じで。でもクロが嫌でなければ、是非お願いしたいなーと」
「意味がわからない。普通に命令しろ」
「あ、はい」
女将軍が訝しげにこちらを見ている。
彼女はクロの言っていることが聞き取れないはずなので、俺が一人コントをしているように見えたのだろう。
「えっと。ここは遺跡だ。この国の人たちが調査をしている。で、お前は基本的に俺に付いていてほしいんだが、周囲に明らかに怪しい人間がいたり、危険そうな物があったら、わかった時点で教えてほしい」
「わかった」
犬は感覚が鋭い。
人間ではわからないことも、わかるかもしれない。
俺は遺跡を見渡した。
まだ朝早い時間のはずだが、すでに学者や作業員らによる作業が開始されている。
九年前に発掘調査がどこまで進んでいたのかはわからないが、今見る限りでは、すでに外観がある程度わかるくらいになっていた。
内部については未だ手つかずのままと聞いているが、これから本格的におこなわれていくことになるのだろう。
しかし……。
何だ?
何だろう。この不思議な感覚は。
古代遺跡なのに、古代という感じがしないからだろうか。
俺の中では古代遺跡というと、四大文明や、古代ギリシャや古代ローマのような、ボロボロの石造りといった感じの遺跡を連想する。
しかし、この遺跡はかなり印象が違う。石と思われる部分もあるが、朽ちた鉄と思われる赤茶色の部分も多くある。
古代の建築物というイメージとは程遠い。
全体の形は、大きな円形、もしくは楕円形だろうか?
……うーん。少し大きすぎて全体像がつかみづらい。
ドローンを飛ばして、上空から見てみたいところだ。
そんなことを考えて首をひねっていると、女将軍が突っ込んできた。
「リク、何か思うところでもあるのか」
「あ、いえ。この遺跡の全体像はどうなのかなと。大きすぎていまいちイメージできないので」
「学者に聞いてみてはどうだ?」
そうか。学者さんに聞けばいいのだ。
これだけ外観がわかる状態になっているのであれば、イメージ図くらいは作っているだろう。
俺は、作業を仕切っているであろう学者に近づいた。
「すみません。この遺跡の復元イメージのような絵とかってありますか?」
「あ、はい。ちょっとお待ちください」
隣に女将軍とクロがいたからだろうか。頼んだらすぐに出してくれた。
「こちらです。客席と、変わった形の屋根がついた、大きな闘技場のような施設だったようです」
どれどれ……。
……。
……え?
…………?
「これは……。いや、何でだ……?」
「リク、どうしたのだ?」
「そんなはずは……。でもこの屋根の形は……」
そこには、楕円形の構造物で、傾斜のある扇状の大屋根。
俺が格闘技イベント観戦のために何度か行ったことのある施設、さいたまスーパーアリーナそっくりの絵が描かれていた。
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