第13話 国王
突然の耐え難い頭痛。
くも膜下出血?
いや、あれはハンマーで後頭部を殴られたような痛みのはずだ。そんな感じではなかった。
電気が頭から足元にかけぬけたような衝撃。そして頭に何かを入れられ、内側から膨張させたような痛み。
何だったんだ、あれは…………。
「目が覚めたようじゃな」
「……!」
「おっと、急に起き上がらないようにな。見た感じは大したことはないと思うが、念のため今日はここに入院していきなされ」
目を開けると、そこにいたのは白衣を着た初老の男性だった。
俺はベッドに寝ているようだ。
「えっと……。ここは、首都の診療所ですか?」
「そうじゃ。その様子だと記憶もしっかりしているな。両手と両足は動くかい? あとは顔の感覚はどうだ?」
手足を動かす。しっかり動くようだ。
顔の感覚も問題ないと思う。
「大丈夫みたいです」
「そうか。なら問題ないな。おそらく脳は大丈夫じゃ」
初老の医者は、俺の名前や年齢を確認し、簡単な問診をおこなって退室した。
また入院だ。
しかし……大したことはない?
あんな症状は初めてだったが。大丈夫だということなのか。不思議だ。
「リク……」
「お、クロか。俺はまた運ばれたんだな?」
「そうだ。人間が四人がかりでな」
担架なら普通二人だ。四人ということは、輿のようなものだろうか? おそらくクロがいたから、従者だと勘違いされていた俺への扱いも丁重だったのだろう。
四人とはいえ、七十キロ近い男を丘の下まで運ぶのは大変だったと思う。
誰だか知らないけど、感謝。
「私がお前に神社に行くよう言わなければ……」
「いや、神社が関係あるかどうかまだわからないし。普通あんなことは起きないんだから。そんなことまで気にしていたら白髪が増えるぞ」
「すまない」
「いやいや、そこは『元々白髪だ。何言ってまんねん』だろう」
「……」
「……やっぱり何でもないです。ごめんなさい」
クロは俺を見つめたままだ。
気のせいか、いつもより不安そうな顔に見える。
先輩をすべらせるなんて芸人失格だぞ……クロ。
***
次の日の朝。
初老の医師が病室に入ってきて、声をかけてきた。
「オオモリ・リクくん。調子はどうかね」
「あ、はい。調子はいいですよ。すみません、いろいろお世話になってしまって」
「ほっほっほ。よいのじゃよ。それよりだ」
「それより?」
「君に呼び出し命令じゃ」
「へ? 呼び出し? 誰からです?」
「国王陛下じゃ」
医師は書面を見せてきた。
大きく「緊急」と書いてある。公的な施設に対し、城から急遽配られたものらしい。
……!?
紙面には「オオモリ・リクに参上を命ずる」と書かれていた。
おかしい。
俺はこの国が王政であること自体、最近知ったばかりだ。
よって国王とは面識などない。当然向こうは俺の名前を知らないはずだ。
いくら何でも知らないものは呼べるわけない。
どういうことだ?
俺は何かヤバいことをしてしまったか?
王室に対して何か不敬をはたらいて、名前もバレて、そして「オラッ、さっさと釈明しに来いや」とか、そういうパターンだろうか……?
しかし心当たりなどはまったくない。
意味がわからない展開だ。
これからじっくり首都で調査を開始だと思っていたのに、いきなり予定が狂った。
「あの、これって無視したらやっぱりマズいですよね?」
「そりゃあもちろん、まずいじゃろうなあ。そうなったら不敬罪は免れないじゃろう。このわしも、今この場で君から相談を受けてしまった以上は、幇助罪になって診療所ごと潰されそうじゃな。ハッハッハ」
***
初老の医師に入院のお礼をしたのち、仕方なく城に向かった。
きれいに澄んだ堀も、剛健な石垣も、安らかな緑の芝生も、すべてが鬱色に染まって見える。
……何なんだいったい。
わけもわからず職員室に呼び出される生徒のようだ。
門には守衛がいた。
鎧を着ている。フルフェイスではないが兜も着けており、なかなかの迫力。
「あの。オオモリ・リクです……」
「お前がオオモリ・リクか。謁見の間には武器は一切持ち込めぬ。こちらで身体検査をさせてもらうが構わぬな?」
――どうせ拒否権はないんだろ。好きにしてくれ。
まず腰に付けていた剣――町長にもらったものだ――を外し、守衛に預けた。
守衛の目の光が一瞬変わったようにも見えたが、そのまま金庫のようなところに仕舞っていた。
そして俺の全身をペタペタと触り、武器を隠し持っていないことを確かめると、そばに控えていた兵士に、謁見の間に俺を連れて行くよう指示を出した。
クロもひとまずは守衛のところで待機らしい。
「陛下、オオモリ・リクをお連れいたしました」
「入れ」
中から返事が聞こえた。
ずいぶん高い声だ。確か男であり、女王ではないはずなのだが。
謁見の間は広かった。
入った瞬間に突然視界が広がったため、めまいにも似た浮遊感が生じた。
壁には数えきれないくらいの絵画があり、一部では紋章のようなものも飾られている。
天井は高く、遥か上までぶち抜きの構造になっていた。
一番上まできらびやかに装飾されており、まるで宝石の雨を浴びるような感覚に襲われる。
城の外見はシンプルだったのに。まるで正反対だ。
玉座までの道の両脇には兵士が整列している。
よくある中世のお城の謁見の間に近い風景だと思う。
そして玉座には……。
……。
あれ?
子供?
立派な法衣を着た、少し茶色がかった髪の子供が座っている。
あの町の孤児院の子供たちと同じくらいの歳に見える。
あそこに座っているということは、あれが国王なんだよな?
えーっと。
これ、このまま進んでいいんだよな。
てくてくと進む。
国王のすぐ前まで進んだ。
「……おい」
「あ、はい」
話しかけられた。
「そなたはこの国の謁見の作法も知らぬのか」
「え? あ、はい。すみませんよく知りません」
むしろまったく知らないというのが正確なところだ。
この国は中世やら近世やら近代やら、和やら洋やら、色んなものが入り乱れており、何が何だかさっぱりわからない。
各作法がどうなっているのかは想像もつかない。
「余は礼儀を知らぬ者には会わぬ」
「はい、すみません……」
「だが余は寛大な男だ。もう一度チャンスをやろう」
どこかで聞いたセリフだ。
余は寛大な男だ……ダイエット失敗も三度までは許そう、という夫婦喧嘩の話だったっけ?
ん? 少し違ったか。よく覚えていない。
「そなた。オオモリ・リクと言ったな」
「はい。そうです」
「今日の宿はもう取っているのか」
「いえ、まだですが」
「謁見のやり直しは明日だ。今日はこの城に部屋を用意してやる。そこに泊まれ」
「はい」
「おい、爺!」
「はい。ここにおります」
入口に、髪も髭も白いものが混じっている初老の男性があらわれた。
「頼むぞ」
「かしこまりました」
俺は退室、いや追い出されたのだろう。
明日仕切り直すこととなった。
まるで、挨拶を忘れて職員室に入り、入るところからやり直しを命じられた生徒のようだった。
爺と呼ばれていた人物に連れられ、客人用と思われる部屋に入る。
今の心情はというと……。
――理不尽だ。あのクソガキ国王め。
何なんだよ。呼んだのはそっちだぞ?
それに従って行ったら「礼儀を知らぬ者には会わぬ」って、何だそりゃ。
こっちは別に会いたくねーよ。
といった具合だ。
「ふふふ。いきなり追い払われてしまったな」
「いやー。もう訳がわかりません」
「はっはっは。おぬし、顔はいいのに作法は全然なっていなかったからな」
「顔は関係ないような気がしますが」
「おお、そうだな。はっはっは」
何がそんなに楽しいのかわからないが、ずいぶん笑っている。
「おぬし、この国の人間ではないな?」
「……? 確かにこの国の人間ではありませんが。何で知っているんですか」
今日着ている服はこの国で調達したものだ。見かけは外国人ではないはずだが。
「私の目には根っからの無礼者には見えぬ。単に知らなかったというだけだろう。ならばこの国の人間ではないと考えるのが自然だ」
「はあ、そうですか」
「今から私が一から教えるから、しっかり覚えなさい」
***
俺の飲み込みがあまりよくなかったようで、少し時間がかかったが。
何とか謁見時の作法は一通り覚えることができた。
もう時間は夜だ。
やたら大きなベッドに寝ながら考える。
……。
よく考えたら、作法くらい謁見の間に入る前に確認しておくべきだったかな?
兵士にお願いすれば教えてもらえたかもしれない。
いきなりの呼び出しで困惑していたので、判断が冷静ではなかった。失敗した。
「リク……。誰か来たぞ」
入口横で座っていたクロが反応した。
クロは守衛のところから俺のところに戻されており、今は同じ部屋にいる。
――コンコン。
ノックの音がする。一体誰なのだろう。
「どうぞ」
「夜に悪いな。入るぞ」
「げっ!」
現れたのは、国王だった。
俺は慌ててベッドから降りようとして、転がり落ちてしまった。
「痛っ……う……」
「おい! 大丈夫か!」
「……はい、すみません……大丈夫ですので」
俺は体勢を立て直し、片膝立ちになった。
「ああ……そんなきちんとしなくていいぞ。そのベッドで一緒に座ったまま話そう」
国王はベッドに座り、右手で俺の腕を引き寄せて右隣に座らせた。
そしてそのまま俺の左手と腕を組む。
ずいぶん昼間と様子が違う。
「昼間は悪かった。恥をかかせてしまって」
「え? あ、いえ。俺がきちんと調べていなかったので」
「礼がなっていない者に対しては必ずああいう対応をする。そうしないとどんどん崩れていってしまうから」
……。
なるほど、そういうことだったか。
国王は入口横にいたクロを、空いているほうの左手で手招きした。
俺も目で合図を出す。
クロはそれに応えて、国王の前に来た。
国王はゆっくりとクロの頭を撫でる。
「これがイチジョウの言っていた霊獣様そっくりの犬か……神々しい」
「町長のことをご存じなのですか」
「ああ、イチジョウは余の剣の師匠だ。やつは少し前までここの騎士団に剣を教えていたからな」
驚いてしまって、勢いよく首を国王のほうに回してしまった。首の骨が鳴る。
そんなことは、本人の口からはまったく聞いていなかった。
「今回、イチジョウから手紙をもらったのだ。オオモリ・リクという、霊獣に似た白い犬を連れた男が首都に向かうとな。
そしてその人物は調査の旅をしており、王立図書館や著名研究家のところに入り浸ることになるかもしれないが、北の国のスパイなどではないので怪しまないでほしい、と書かれていた」
「町長がそんな手紙を……」
「しかしこんな手紙をもらうと、どんなやつなのか会ってみたくなるよな? だから呼び出してみたってわけだ」
国王はそう言うと、正面を向いたまま、ニヤッと笑った。
その横顔は少しイタズラっぽく、少年そのものだった。
「はあ。そうだったんですか」
「まあ、そういうことだから。怒るなよ」
「いや、別に怒ってなかったですけど」
嘘だけど。
「そうか、よかった」
国王は俺と組んでいた右腕を一度外し、今度は両手で俺の左腕をつかんだ。
そして顔を俺のほうに向けた。
俺もそれにあわせて、顔を国王のほうに向けた。
国王は、一転して真剣な眼差しで、俺を見つめる。
「……余からそなたに頼みがある。聞いてくれるか」
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