第7話 新生活

「ハイ、これホーキ! 私むこうから掃くからリクは反対側からね。よろしく!」

「イテッ……うん。ありがとう」


 しっかりした指示のあと、力強くパンッと叩かれた……尻を。

 痛い。


 叩いてきた少女、名前はエイミーと言うらしい。

 身長は俺から見れば低い。一メートル半くらいではないだろうか。髪はきれいな赤毛で、長さはショートだ。

 年齢は十二歳だが、孤児院の子供たちの中では一番の年長者だと聞いた。


 まだ二日目。実質初日なので多くを見たわけではないが、立ち振る舞いはしっかりしているし、目にも力があり、意志の強さも感じる。

 みんなのお姉さんというイメージだ。




 竹ボウキを受け取った俺は、町役場の外周を掃いてきれいにしていく。


 孤児院の院長の説明で聞いたときは「何だろう?」と思っていた、早朝のボランティア。

 その内容は、町が運営している施設周辺の掃除だった。


 孤児院は町のお金で運営されているので、感謝の気持ちを込めて朝の掃除をおこなうということらしい。

 そして、通りかかった人たちには元気に挨拶をしてくださいとのこと。

 いつもは各施設に一人ずつ行って掃除をしているらしいが、俺はまだ勝手がさっぱりわかっていない。

 なので、慣れるまでは誰かと一緒に行動することになっていた。その誰かというのが、今日はエイミーというわけである。


 ボランティアというものはもちろん嫌いではない。

 しかし、だ。

 朝五時くらいから始めるため、起きるのは当然それよりも早いわけで……。

 寝坊がデフォルトの大学生には非常にきつい。

 とても眠い。


 結局、フラフラの俺は全体の四分の一程度しか掃除ができず、あとはエイミーが終わらせてしまった。


「ちょっと! 体は大きいのに全然ダメね! クロがやったほうが能率よさそうだわ!」


 パンッ。また尻を叩かれた。

 よく叩いてくるなこいつ。


「エイミー、何でキミは尻を叩くんだ……」

「弾力があるから!」


 なんだ、そういうことか…………ってヤバいだろ。

 変態と言われてもおかしくない発言だ。

 確かに、俺は部活で走り込みやスクワットをやっていたので、尻に結構筋肉が付いていたりするわけだが……。

 とりあえずこの発言はアウトだ。逆セクハラで訴える準備を整えておこう。


 ちなみにクロはここに連れてきているが、俺が叩かれているのを見ても無反応である。




 さてと、後片付けだな。

 そう思ったところに、後ろから突然声をかけられた。


「おお。おはよう、リクくんにクロくん。早速やっているようだな」


 振り返ると、町長だった。

 こんなに早く出勤するのかと驚いた。


「おはようございます。いつもこんなに早いんですか」

「そうだね。いつもこれくらいかな」

「凄いですね。町長なのに」


 凄いですね、というのは町長に対しては微妙に失礼な気もしたが、本当にそう思ったのでボロっと出てしまった。


「ははは。凄くはないな。町長だからだよ」

「え?」


「私の給料は町のお金から出ているからね。町の人たちのお金で生きている。だから、自分一人だけで進められる仕事は早朝に片づけるようにしているんだよ。

 そうすれば、日中の私の時間を町の人や他の職員のために空けておけるからね。より多くの人と面会できるし、他の職員の仕事がはかどるように段取りもしやすい」

「……」


 何と言うか、うん。とりあえず俺と次元が違うところにいるというのはわかった。


「何ポカーンとしてるのよ!」


 パンッ。

 また尻を叩かれた。


「お、エイミーちゃんか。いつもありがとうね」

「いえ! 町長さんにはいつもお世話になってますから」


 ついでに町長さん、こいつが尻を叩いてくるの注意してもらえないかな。




 ボランティアが終わると、戻って朝食となる。

 朝食は基本的に職員が準備をするのだが、必ず毎日一人院生が手伝いに入ることになっているらしい。

 カイルの奴が料理を覚えていたのはそのおかげだろう。

 俺は「今日の手伝いは免除」とのことなので、食堂で座って待つ。


 横に長い、大きな長方形のテーブルがある。

 つい先ほど、俺の隣に誰が座るかを巡り、ジャンケンがおこなわれていた。勝った人が俺の隣になるらしい。

 負けた人が隣になるというルールだったら心が折れていたと思うが、そんなことはなかった。よかった。


 ジャンケンの決勝にエイミーが残っていたが、そこで負けたようだ。

 良かった。叩かれなくて済む……と思っていたが、よく考えたら隣の席は左右二つある。結局エイミーも隣に座ることになった。決勝戦の意味がない。


 みんな揃って「いただきます」をした。

 家族以外とそんなことをするのは何年ぶりだろう。懐かしいと思う。


 エイミーではないほうの隣は、ぽっちゃり体型でおぼっちゃまカットの男の子だ。

 名前はエド。十歳らしい。

 エドはその少し太めの指でスプーンを握り、スープに潜らせ、そして自身の口元に……運ばなかった。


「はい、あーん」

「ふぇえ?」

「あーん」

「あ、いや、自分で飲めるから……」

「ちょっと! エドがせっかくあーんって言ってくれてるでしょ!」

「ぐふぇっ」


 胸を叩かれた。そうか。座っていると尻は叩けないのか。

 いや、それは置いといてだ。おかしいだろ。


「いや、これってどうなんだ。普通こういうことするのか」

「いいからとっととやってもらいなさい!」

「ぐはっ、イテテ……よろしくおねがいします……」

「わーい、一度やってみたかったんだ」


 何やねん。




 朝食終了後、午前中は子供たちがそれぞれ学校か修行先に行く。

 俺はそれがないので、院長からは自由に過ごしてよいと言われている。


 この孤児院にいる間に発生する、自由な時間。

 俺の場合、それは平日の午前中と、そして土曜日と日曜日だ。その時間をどう過ごすかは非常に重要になる。


 考えた末、平日の午前中は図書館に行って資料探しをすることにした。

 どんなものでもいいので、手がかりになりそうな資料を見つけたい。


 そして、土曜日と日曜日については、仕事を探してみようと思っている。

 理由はお金だ。

 この先、この町にいるだけでは帰る手段がわからないと判断した場合、首都まで行くことも考えなければならない。

 そうなると旅行をすることなるため、お金が必要となる。あればあるほどいい。


 この孤児院にも、求人の掲示板はいちおうある。

 しかしそれは、「卒業したらうちに来なさい」というような新卒採用の求人票がまれに貼られる程度で、アルバイトのような求人票が貼られることはまずないらしい。

 よって、町の広場にある掲示板や町役場にある掲示板まで、定期的にチェックしに行くことにした。

 もし自分にもできそうな仕事があれば、応募してみようと思う。




 今日の午前中から、さっそく町の図書館に行った。

 最初に職員へ挨拶をし、事情を説明した。

 そしてもし、何か参考になりそうなものが偶然ひょっこり出てくるようであれば教えてください、とお願いした。

 職員の人は快くわかりましたと言ってくれた。助かる。


 その後も自力で調べものをしたが、特に戦果はなく引き上げた。

 まあ、最初から何か資料が見つかるとは思っていない。




 ***




 うーん……。

 俺は子供に好かれるのだろうか。


 お昼のおやつでも、昼寝でも、夕食でも俺の隣争奪戦は勃発した。

 俺は別に、子供が好きでも何でもないのだが。

 まあ、嫌われるよりはいいが。


 なお、クロもかなり子供たちに好かれているようだ。

 日中は庭にいたり、中をうろついたりしているが、休み時間は誰かしらがクロをなでなでしている。

 クロはおとなしくなでられているので、決して嫌ではなさそうである。




 実質一日目が終了。あとは寝るだけになった。

 院長から指示があり、なぜか昨日の夜に泊まった部屋とは違う部屋になった。


 昨日は三畳程度とおぼしき部屋だったが、この部屋は四畳半くらいで正方形だ。

 ベッドは……二つ置いてある。

 そのとき既に、嫌な予感しかしなかったわけだが。


「で、カイル。これはどういうことだ?」

「へへへ。今日から一緒だね」

「お前、絶対仕組んだだろ……」

「さー何のことかなぁー?」

「何で院生と職員が同じ部屋なんだ」

「さー何ででしょう?」


 今は俺を除くと五人しか院生がいないため、一人一部屋というのは十分可能だろう。

 彼が仕組んだのは明らかだ。


「あ、お兄さん今日からこの部屋なんだ?」


 一人入ってきた。

 黒髪のロングヘア。カナだ。名前が日本人っぽいので印象に残っているが、顔も和風な気がする。

 エイミーとはまた種類が違うが、明るく元気な女の子だ。


「うん。今日からオレと同じ部屋になった」


 いや、お前が仕組んだんだろうが……。


「へーそうなの……あれ? これは何かしら?」


 カナは、カイルの荷物が置いてある棚に近づいていった。

 そしてそこにあった黒いものを手に取る。


「あ、それはオレが兄ちゃんからもらったボクサーパンツ」

「ぼくさーぱんつ? 不思議な布……触り心地がいい!」

「でしょー?」


 だからそれは下着だっつーの。


「わたしもコレ欲しいわ!」

「残念! それ確か一つしかなかったと思うよ」

「そうなの? 残念だわ!」

「あ、でも他にも似たような生地なのはあったかも」


 カイルが俺の荷物を勝手に探りだす。


「おいコラ」

「あった! これはどう?」


 ああ、それは俺のインナーシャツ……。


「あら、これはいいわね。手触りもそっくり。わたしはこれをもらうわ」

「ダメに決まってるだろ!」


 カイルがカナに耳打ちしている。

 しっかり「ああ言ってるけどさ、ちゃんとくれるよ」と聞こえてくる。

 余計なこと言うなっつーの。


「それも俺が直接着けていたやつだぞ。汚いだろ」

「え? でも洗ってるのよね?」

「そういう問題か……」


 結局インナーシャツは奪われた。

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