第13話

 エルフの里は不穏な空気に包まれていた。度々の轟音と揺れが地上まで届いていた。


原因は里内にあるダンジョン。先程捕えらた人間が、脱出しダンジョンに侵入したのではないかという噂が里中に広まり、ダンジョンの入口周りには弓兵が囲んで、もしもの緊急事態に備えている。


 そして弓兵の少し後ろにエルフの取り巻きが心配そうにダンジョンを見守っていた。


その中にはアリシアの姿もあった。




「タカシさん……」




 アリシアはあのあとタカシと別れ、すぐ長老の元へと向かった。そこで長老からタカシが侵入者としての疑いを晴らし、里から出るため依頼をこなす事を条件にダンジョンへ向かった事を聞かされた。


見ず知らずの戦闘経験もない人間をいきなりダンジョンに潜らせる事については懐疑的ではあったが、依頼自体はそう難しいものではないと知り、一時は安堵したのだが、それを聞かされたすぐ後に里中に騒音が響き渡り、それと共に揺れが伴った。


原因は言うまでもなくダンジョン。故にタカシの身に何かあったと考えるのが妥当である。


 里の住民達もただ事ではないとダンジョン周辺に集っている。ダンジョンのモンスターが里に出没することはたまにあったが、そのたびに駆除してきた。ただ出現するのは小さなスライムやゴブリン程度のもので、大型のモンスターが里に現れたことは今までなかった。


 しかし今回は今までとは大きく様相が異なる。地響きで里が揺れるとはただ事ではない。


大型モンスターの出現の可能性を危惧するのは当然である。


アリシアは両手を組みタカシの無事を願う。自身が幽閉された際、戦闘経験もないのに助けに来てくれた事、不器用なりにも困難を乗り越えようとする姿勢にアリシアはいつの間にか心を動かされていた。だからこそまた彼と話をしてみたい。そして……。




(しっかりお礼を言いたい……)




 そんな願いとは裏腹に、地響きがダンジョンから響き渡る。


辺りが騒然とする。




ドシンッ……ドシンッ……。




重低音が暗闇から地を鳴らし、地上へ迫ってくる。




「臨戦態勢ッ!臨戦態勢ィッ!」




 弓兵達が弓を構える。それと同時に取り巻きの住民達も恐怖にその場から散る者、ダンジョンから現れる未知の脅威を見るべく、好奇心からその場にとどまる者、多種多様だ。


それはゆっくりと地上へ姿を現す。雄々しき岩を粗削りにした頭部の三分の一を占める大きな一角。少し下にある隻眼の煌々と光る黄金色の目は周囲を睥睨している。そして体長十メートルをはるかに超える岩のようなゴツゴツした巨体。四つの巨大な足は地を進めるだけで、地響きをまき散らす。


 そして光の元に姿を現し、足を止めた。そして大きくその場で息を目一杯吸ったかと思うと、頭を上げ大きく宙目掛けて咆哮した。




「ガァァァァァァァァァァアァァァッァァァアアッ!!」




その瞬間弓兵達が弓を一斉に怪物目掛けて、放つ。




キンキンキンッ!




 しかし矢は当たった瞬間すべてを弾き、ひしゃげた矢だけが力なく地面に落ちる。


辺りは騒然としている。矢が全く効かないのだ。


しかしここで引くわけにはいかない。次の第二陣が矢を構える。




「第二陣はなてぇぇぇえッ!!」




一斉に矢が雨の様に飛ぶ。しかし結果は第一陣と変わらない。矢は皮膚を貫くことなく、当たった瞬間曲がり弾け飛ぶ。




「そ、そんなッ……」


「どうなってやがるッ!?」


「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」




 諦めの声が辺りに聞こえ始める。兵達は成すすべなく、目の前の怪物に剣を構える。しかし圧倒的大きさと、その硬い皮膚に剣すら阻まれることをわかってるため誰も身動きを取ることなく、兵達は悔しさに唇をかみしめつつ少しづつ後ずさる。


 しかし不思議なことに怪物は反撃を全くしてこない事であった。元々は大人しいモンスターなのかもしれない。しかしその煌々と光る隻眼は、確かにエルフ達を捕え離さない。




「イテテテッ……体が……いてぇ」




緊張を破ったのは、男の声であった。その声にアリシアは聞き覚えがあった。




「この声ッ!?まさか……」




 その声は怪物の背中から響いていた。ゆっくりと声の主が体を上げた。そこにはタカシの姿があった。




「タカシさんッ!」




「あ、アリシアさんッ!おーいッ!!」




と怪物の背にまたがり、タカシが手をぶんぶん振る。先程までの殺伐とした雰囲気が嘘のようである。弓兵達はポカンとしている。


 怪物は頭を下げる。そして背を滑るように怪物の頭まで滑って、地面によたよたとよろけつつも着地する。アリシアは弓兵を押しのけ、タカシの元に歩み寄る。


タカシの姿はボロボロであった。アリシアからもらった服はもはや面影がない程ボロボロになっており、血がべっとりと付着している。顔はすすだと血でかなり汚れていた。


 このダンジョンの探索がどれだけ過酷な探索だったかを物語っている。


そして一番の違いは左腕である。片手は肘から先が水色のゲル状の腕になっていた。五本指をしっかりと形成していて、腕としての機能は果たしている様である。




「タカシさん……あの怪物はッ?その腕は一体ッ!?」




「うん……まぁ色々あったんだよね。ゆっくり後で話すよ。長老は?」




「ここじゃよ……ご帰還なされたか、タカシ・ボルフシュテンよ」


と民衆をかき分け長老がタカシ達の前に現れた。




「ホッホッホッ。おぬし〝ベヒモス〟を使役したのか。まさかベヒモスがこのダンジョンにいるとはのぉ……」




と顎鬚を摩りながら〝ベヒモス〟を見上げた。




「いや長老、もう突っ込みませんよそのキャラには。とりあえずスライムは五体倒しました。ただこいつとの遭遇でフレイムスライムとやらは一体も倒せませんでした」




「ほう……まぁいいじゃろ。ベヒモスを使役した事はフレイムスライム五体よりも価値があるでの。で、スキルを何個か覚えた様じゃの。どれ見せてみぃ」


と長老が言うので、タカシは首から下げたペンダントを長老に見せる。ペンダントに光があふれ文字が綴られる。そこに長老は手をかざした。




「ふむふむ……フフフッ……これマジか、フフッ」




「おい。笑うな。キャラブレてんぞ」




「だってさぁ……豚汁って……これそもそも能力かよ、フフッ」




「おい、キャラぶれすぎて周りのエルフ達ちょっと引いてるから。尊厳もくそもないから。んでなんかわかりました?」




「ふむ。タカシよ。貴様特殊な技能テュゥゥゥ汁を持ってるようじゃ。豚汁を生成する能力じゃな。しかしこれだけだとただの定食屋のおばちゃんとかわらん。しかしおぬしの生成する豚汁、飲ませればモンスターを使役することが出来るようじゃの。ただこれは相手モンスターによる。必ずしも体積に見合った量注入すれば使役できるものではない。モンスターにも好き嫌いはあるからの。大型のモンスターでも今回の様に小量で使役できるものもいれば、スライムの様に小さなモンスターでも大型モンスター並みに量を必要とするモンスターもいる。つまり個体によって異なるという事じゃの。気をつけい」




「なるほど。気をつけます。モンスターを使役できるとはわかったけど、まさか個体によって異なるとは……重要な事を聞けた。ありがてぇ」




 自身の能力を理解した上で、確かめるようにフレアスライムの義手になった左腕に目を落とす。やはり能力が特殊過ぎるが故、使い勝手はあまりいいとは言えないようである。


モンスターによっての体質の見極めが必要なことを改めて肝に銘ずる。次から慎重に戦かわなくては次は腕だけではすまないだろう。




「それではエルフの里の外に案内していただいてもよろしいでしょうか?」




「うむ。ワシが案内しよう」




「長老しかし……」




長老の横についていた女性エルフが止めようとするが、長老は手を挙げて言葉を遮る。




「あ、あの……」




アリシアが間に割って入った。先程から長老とタカシが話していて会話に入れなかったようだ。




「わかっておる。杖を持て。そして旅路の支度をするといい」




「はい」


アリシアは荷作りをすべく、一旦家に戻った様である。タカシは長老の耳元に手を添えて小声で声をかけた。




「ちょっと……長老?」




「うむ。いかがなされた、隻腕の豚汁使い」




「やめろ。くそはずい二つ名つけるな。マジでアリシアちゃん連れてっていいんですか?あんたの孫でしょ?」




「いや実際は違うから。いいんじゃね?まぁ彼女もいい大人じゃ。いざとなったら自分で決める。それにヒロインいない小説とか絶対人気でないし」




「メタいのやめろ。んー……でも嫌がったりしないかな」




「フォッフォッフォッ。大丈夫じゃ。タカちゃんの事結構気に入ってるぽいし、君童貞拗らせてるから絶対手出せないだろうしさ」




「あのさぁ……情けなくなるからやめて」




「フォッ、フォッ、フォッ、ではいくかのぉ」




「大丈夫かなこれ」




こうしてタカシ、長老はエルフの里を抜けるべく、エルフの森に向かうのであった。

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