第6話
困った笑みを浮かべたアリシアと見つめ合うタカシ。しばしの沈黙の後、それを断ち切ったのはアリシアでも、タカシでもなくもう一人の第三者であった。
「貴様ぁッ!よくもぬけぬけとッ!」
と女性エルフが身構えた。その手には短槍を握っている。鋭い切っ先がキランッと光り自己主張してくる。
タカシも負けじと先程長老から受け取った片手剣を構える。
両者一歩も動かない。じりじりとした緊張感が漂っている。両者の間で戸惑うアリシア。
数秒の沈黙の後先に動いたのは女性エルフであった。
「はぁッ!!」
と短槍をタカシの顔面目掛けて、突く。タカシは寸前まで反応すらできなく、紙一重で横に転がりどうにか避ける。温い感触が頬を伝う。完全にはよけきれなかったらしく頬を槍が掠めたようだ。
「あっぶね……」
タカシのその様子を見て女性エルフは不敵に笑う。
「フッ……貴様、剣を握るのは初めてだな。その程度で私に挑もうとは笑止千万ッ!次は外さぬぞ、人間」
「ふぅ……怖い怖い。せっかくのベッピンが台無し、だじぇ?噛んだ」
「……キモッ」
タカシの口説き文句のようなイケメンにしか許されないセリフ回しに、女性エルフが思わず身震いする。
(今だッ!)
その隙を狙っていたというよりは、偶然出来た隙を狙って、女性エルフ目掛けて飛び込む。
女性エルフも咄嗟をつかれ反応出来ていない。それでも少し遅れてタカシ目掛けて突かれた槍は確かにタカシを捕え、凄い速さで放たれる。
しかしタカシの狙いは女性エルフではない。寸でで女性エルフの脇を目掛けてスライディングし、滑り込み、間一髪で短槍の突きを避ける。
そして女性エルフの背後、にいるアリシアを羽交い絞めにし、首元に短剣を突きつける。
「キッ!貴様ッ!何処まで外道かッ!」
女性エルフの顔が怒りに歪む。
「タカシ……さん?」
「当たり前だろ。手段なんて選んでらんない。武器を降ろしてそこをどきな。この子にはエルフの森を案内してもらわないといけないんでな」
女性エルフは悔しそうに悲愴に顔を歪ませながら、渋々短槍を地面に落とし、道をあける。
「それでいい。ほ、ほら行くぞ」
「タカシさん、どうして、どうしてこんなこと」
(俺だってこんな事したくねぇよ。たく、ダンジョンから戻るまで誤解解いとけよあのジジィ。てかこんな女の子と近づいたの初めてかも。いい匂いが……いかん、いかんぞタカシッ!下半身直結脳のせいでお前は死んだんだ。いい加減学習しろ。絶食系男子を目指すんだタカシッ!同じ過ちを繰り返すなタカシッ!)
と自問自答しているタカシにできた隙を女性エルフも見逃さなかった。
「アリシアッ!しゃがめッ!」
と手首に仕込んだナイフを握り、タカシ目掛けて突っ込んでくる。
「タカシさんッ!避けて!」
とアリシアがタカシの足を掴んだ。そのまま後ろにのけぞるようにタカシも倒れる。
「エッ……ちょッ!おまッ!?」
女性エルフはそのままの勢いで、ドアから飛び出しツリーハウスのテラスからそのまま真っ逆さまに落ちていった。
「なんでッ!俺を……?」
「あ、いや私も咄嗟で……つい」
「てかあの人大丈夫なの?死んだりとか……してないですよね」
「あ、大丈夫ですよ。ここから落ちて亡くなるエルフならこんな大きな木の上に家を建てたりしていません。ほら、あれ」
とアリシアの指さす方を見ると下に設置されていたネットのひとつににひっかかって目を回す女性エルフの姿が遠めにも見てとれた。この高さから万が一落下してもいいように木の所々にネットがひっかけられている事からも落下対策はばっちりのようである。
「あぁ……よかった」
「タカシさんは私を助けに?ここまで?」
「一応そうですね。まぁ最も逆に助けられてしまいましたがね」
「いいえ、そんな事……そういえば鍵をお持ちということはおじい様と話がついたということですかね?」
「あ、そうですね。ただとりあえず森を案内する代わりにダンジョンのモンスター狩りを頼まれてしまいました。なんでそれをやってからこの里を出たいと思います」
「……そうですか。で、ではッ!私もダンジョンにッ!助けていただいたお礼もありますッ!どうか」
(あのさぁ……すこだぁ。なんなん?ほんまなんなん?いい子すぎひん?助けられたのなんなら俺なんだけど。もうすこになりそうだからやめてほしいわ。童貞の俺、楽勝に陥落させられちゃうわぁ……いかん、いかんぞ。タカシ。かえってこいタカシッ!)
流石に最初の困難を一人で攻略できないようではここから先でやっていくことは出来ないだろう。ならばここでアリシアの力を借りてしまうのは違う。
「いえ、今回は俺だけで十分です。この程度の困難乗り切れないようでは、冒険者は務まりませんでしょうから」
「しかしッ!?」
「アリシアさんは見ず知らずの俺を助けてくれました。それだけで十分助けられています。なら今度は俺が恩を返す番です。少しは信じてください、俺の事」
先程まで目の前のアリシアの首元に剣を突きつけて人質にしていた男のいうセリフではないというのはタカシ自身が一番わかっているのだが、こういうしか無い。
それにしても首元に剣を突きつけた事に関しても怒っていない辺り、肝が太いのかはたまた鈍感なのか、天然なのか。タカシには到底アリシアを図ることは出来なかった。
「わかり、ました。お気をつけて」
「えぇ……あと長老にエルフ達の誤解を解くようにいっといてくださると助かります。いつまでも侵入者扱いだとダンジョンから戻ってきたあと刺殺とかされそうで怖いんで」
「任せてください。きっと説得して見せますッ!」
「すこだ」
「はい?」
「あ、いえ、なんでも、それでは行ってきます」
「あの、行って、らっしゃい」
とフルフルと手を振るアリシアを背に格好つけて手をひらひらと振り、エルフの里を後にしたタカシだったのであった。
「てかもう朝かよ……」
もはや外は薄っすらと朝日が覗いていた。この世界についた時はまだ昼間だったのに、気絶したり、拘束されたりしていて気がついたら夜になっていた。そして今は夜が明けようとしていた。この世界に来てからの意識的空白が重なり、時間間隔が狂ってしまったタカシであった。
そして向かうはエルフの里のダンジョン。いよいよ初心者冒険者の門出である。
「門出にはいい朝日だッ!パパッと終わらせてパパッと外の世界へ行こうッ!」
だがこの最初のダンジョンがそう容易でない事を、この時のたかしはしるよしもなかった。
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