15話ー⑧『解を求めて』

 兄弟には、言っている意味が理解出来ませんでした。少女の言った言葉を、もう一度頭の中で唱えます。

 ――――――喋ったから、友達。



 ――――――やっぱり、よく分からない。



「ともだち……でしょ?」

「……………」

「え……? ち、ちがうの……?」



 少し残念そうに呟く少女。弟はおそるおそる、少女に問いかけました。



「友達になろうって………言ってないよね?」

「え? いわなきゃいけないの?」

「……………」



 弟は何も言えませんでした。そもそも彼には、友達と呼べる知り合いがいなかったからです。忌み嫌われていた彼は、ずっと一人ぼっちだったからです。

 だからなのでしょう。



「えっ⁈ な、なんでなくの⁈」



 弟は、泣き出してしまいました。



「さて、どうしようか……」



 ソファーに座って足を組む健治。栗色の視線は、四人の人物に注がれた。隣同士ソファーに座る白夜と拓夜、そして雷と紫苑である。

 まず白夜達がここにやって来たのは、直人が家を出てからおよそ数十分後のことであった。彼らが到着した時にはもちろんメルもいた。しかし二人から話を聞くと、彼女は慌てて家を飛び出していった。遊園地へ、蘭李を助けにである。

 そして雷達が来たのは、メルが家を飛び出した直後であった。雷の持つ、赤いポスト型の瞬間移動魔法道具を使ってである。その時は二人とも腹部に大怪我をしており、すぐに応急措置が施された。命に別状はなかったものの、彼らはとても救われた気にはなれなかった。



「蘭李が死んじゃう……」

「メルが行ったし、影縫直人も行ってくれたらしいよ。だから大丈夫」

「でも………」

「直人も心配だなあ。あいつがやられるとは思わないけど……」



 拓夜が、窓の外を見ながら呟く。白夜は少し考え、おそるおそる声を絞り出した。



「やっぱり、助けに行った方が……」

「大丈夫だよ。それに無闇に行くより、倒せる作戦を練った方がいい」



 健治にそう言われるも、彼女の中の不安は、依然残ったままだった。リビングに静寂が流れる。



「………なあ、少し思ったんだけど……」



 紫苑の言葉に、全員が視線を向ける。彼は怯えた瞳を向けながら口を開いた。



「なんで、俺と雷は無事だったんだろう……」

「……上手く逃げたからじゃないの?」

「いや、蒼祁に刺された時、二人とも倒れたんだよ。てっきりトドメを刺されるって覚悟してたのに、どっか行っちゃったし……」

「うちもそう思った。他の人達はみんな殺されてたのに……」

「たしかに………ちょっと変だな」



 そんな時、着信音が部屋に響き渡った。無機質な電子音を鳴らしていたのは、健治の携帯だった。彼はポケットからそれを取り出し、開いて相手を確認する。物珍しそうに「おや?」と呟きながら、耳へスピーカーを当てた。



「もしもし、お医者さん?」

「お医者様と呼べと言っているだろう」



 発信者は若俊だった。「ごめんごめん、お医者様」などと笑いながら言い直し、健治は用件を聞いた。若俊は鼻を鳴らして短く答える。



「華城はいるか? 電話しても出ないんだが……」

「蘭李? 彼女は今、ちょっと大変なことになっていて……」



 健治はざっと今の状況を説明した。それが終わっても、若俊はしばらくの間沈黙したままだった。



「………お医者さん?」

「……………腑に落ちないな」

「え?」



 小さく呟かれた言葉を、健治は聞き逃さなかった。彼はそれについて訊き返すが、「何でもない」と回答を拒否されてしまった。



「それより気になることがあるんだ。それを調べたくて電話した」

「それは……今すぐでないと駄目なのかい?」

「ああ。神空蒼祁に関わることだ」



 健治は目を見開いた。続けて蒼祁の家の場所を知っているか聞かれ、頷きながら肯定の返答をした。住所を訊かれるが、あいにく彼が知っていたのは最寄りの駅だけである。



「すぐそっちに行く」



 若俊はそう言って通話を切った。ふう、と息を吐いた健治は、今の話を白夜達に話す。白夜は首を傾げた。



「気になることって何だろう」

「もしかして、何の病気か分かったんじゃないの?」

「どうかな。気になることとしか言っていなかったし………」



 ――――――――ピンポーン



 インターホンが鳴った。彼らは顔を見合わせる。皆同じような表情をしていた。


 ―――――来るの、早すぎないか?


 健治が客人を迎えに行く。リビングに戻ってきた時、白夜達は驚いた。

 連れてきたのは白衣を着た若俊と、桃色の髪をした少女だったからだ。



「どうもーこんばんは!」



 にっこりと少女が笑う。彼女は白夜や紫苑に気が付くと、ひらひらと手を振った。



「あ、アナタ達はお久しぶりですね! アタシのこと、覚えてますか?」

「えっと…………たしか、魔獣退治の時の……」

「ええ! 多良見梅香です! どうぞよろしく!」



 梅香はビッと敬礼した。何故彼女がいるのか、白夜は説明を求める目で若俊を見た。彼は、親指で梅香を指しながら言い放つ。



瞬間移動魔法テレポーテーションの持ち主なんだよ、こいつ」

「ふーん…………………………ええっ⁈」

「てっ……テレポート⁈」



 得意気にピースする梅香に、驚きを隠せない魔力者達。健治はあまりよく分かっていないようで、首を傾げながら若俊に問いかけた。



「そんなに凄い魔法なのかい?」

「瞬間移動魔法は異形魔法なんだよ。こいつしか使えない」

「正確には『転送魔法』で、『アタシの家系しか使えない』ですけどね!」

「悪い、間違えた」

「いえいえ~お構い無く! 若俊君が間違えるのはしょっちゅうですしね!」



 クツクツと笑う梅香。若俊は何も言わず、くるりと健治に向き直った。



「というわけだ。早速行くぞ」



 若俊に促され、健治は住所を紙に書く。それを梅香に渡した。彼女は少し眺め、思い出したかのように顔を上げた。



「ここの海鮮物は美味しいですよね! 流石海に近いだけはありますよね~!」

「へえ。そうなんだ」

「大きな山も一つありますけど……たしかあそこは指定危険区域のはずです」

「指定危険区域?」



 健治が訊き返すと、梅香は小さく頷いた。



「夜になると魔獣が活発になるんです。凶暴な種が多いらしく、駆除してもなかなか減らないらしいですよ」

「巣穴でもあるのかな?」

「どうでしょうかねえ。彼らにも知能はありますし。死滅しないようどうにかやりくりしてるんでしょう」



 梅香はそう言いながら皆に手招きした。白夜と拓夜は彼女のもとに近付く。雷と紫苑は怪我の為、健治はその二人を見守る為にここに残ることにした。全員集まったところで、梅香は右腕を上げる。



「それでは! 出発しまーす!」



 元気よく叫ぶ梅香。直後、彼らの視界が切り替わった。一拍遅れて、白夜達は目の前に広がる光景に驚く。

 環状バスターミナルは電灯で照らされ、閑散としていた。その奥には様々な店が軒を連ねているが、開いているところは一つもない。

 白夜は振り向いた。背後には駅舎があり、看板には『楠木(くすき)駅』と書かれていた。

 そう。ここは紛れもなく、健治が書き記した駅である。



「じゃ、道案内よろしく」



 何事もなかったかのように、若俊が言い放つ。戸惑いながらも、白夜を先頭として彼らは歩き出した。星の輝く夜空の下、静かな町に複数の足音が響き渡る。



「で、気になることってなんだよ?」



 拓夜に横目で見られ、若俊は白衣のポケットに手を突っ込んだ。



「奴はこう言っていたよな。魔力を奪われる病気だと」

「そうだな」

「何か違和感を覚えないか?」

「違和感……?」



 彼らは考え込む。何かを思い付いたのか、白夜が若俊を見ながら答えた。



「奪われる………ってところ?」

「ああ。それだ」



 赤い光を放つ信号機など無視し、彼らは横断歩道を渡った。



「何故奴はわざわざ、奪われるなどという表現をしたのだろうか?」

「たしかに………普通、無くなるとか言うだろうな」

「奪われるなんて表現をする時は、奪う相手がいると分かっている時だけだ。原因が分からないと言っていたのに、そう言ったことに違和感を覚えてな……」

「つまり………実は蒼祁には原因が分かっていたってこと?」



 若俊は頷いた。



「だから検査すれば何か分かると思ったが、結果は何も得られず。気になって医療書を漁ったが、何も見付からなかった」

「ならば蒼祁自身が『答え』を持っていると思ったのか」

「そういうことだ」



 住宅街を歩く。白夜達の住んでいる町とは違い、ここは古びた建物の多い町であった。それに加え夜であるということが、彼らに多少の恐怖を感じさせていた。

 そんな雰囲気とは程遠い、明るい声が突然上がった。



「若俊君は本当に貪欲だね!」



 梅香がクツクツと笑うと、若俊は瞬時に反応した。



「貪欲?」

「未知の病原体を暴こうとしているのがさ!」

「たしかに。医者というか、研究者の鑑だな」

「……普通だと思うけどな」



 そんな話をしながら歩くことおよそ三十分。彼らは双子の住みかにやって来た。白夜にとっては二回目のログハウスだ。興味深そうに眺める拓夜や梅香をよそに、若俊が躊躇いなくドアをノックする。静寂が流れた。ドアノブを回すと、キイキイ音を立てながら入り口は開かれた。若俊を先頭に、彼らは家に上がり込む。



「朱兎? いないのか?」



 白夜が声をかけても返事はなかった。整然とした部屋を見回しても、人の気配はない。何か違和感を覚えた拓夜は、奥の部屋へと向かった。扉を開けた瞬間、体が硬直する。

 白いベッドシーツに広がる赤。それだけではなく、床にも赤は広がっていた。その色と、微かに漂う鉄のにおいから、彼はすぐさま認識した。

 ――――――それは、血だった。



「なっ……⁈」

「拓夜?」



 白夜がひょっこりと顔を覗かせる。彼女も驚き、顔をしかめた。拓夜はベッドに近付き、血に指を滑らせる。既に血は固まっていた。



「これって………」

「この量は酷い。蒼祁って奴が無事だとすると、恐らくこれは………」



 沈黙が流れた。白夜は顔を青ざめ、その血から目を逸らした。しかしその先に何かを見つけ、彼女はそれに近付いた。



「………?」



 それは、ベッドに放られた本だった。決して綺麗とは言い難く、ところどころに傷がついている本。白夜はそれを手に取り、中を開いてみる。模範のように綺麗な字が紙の上に並んでいた。拓夜も横からそれを覗き込む。



「白夜、それは?」

「日記みたい。双子のっぽくはないけど……」



 彼女はパラパラと、誰かの日記を読み進めた。どうやらこの書き手には、妻の『沙紀』と娘の『沙夜』がいるらしく、幸せな日々を延々と綴っていた。

 何故この家にこんなものが? 双子の知り合いのものだろうか? 白夜には様々な疑問が浮かぶ。

 しかし、とあるページに差し掛かった時、彼女のその疑問は一気に解決した。そのページの始めには、こう書かれていた。





 沙紀が、病に倒れた。

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