11話ー①『事件後』

 魔具とは、意思を持った武器のことである。そのおかげで、その形を自由自在に変化させることが出来る。魔力を与えられれば、それを自在に操ることも出来る。

 また彼らには、生まれながらに備わっている洗脳システムが二つある。

 一つは、あくまで武器である、ということ。

 そしてもう一つは、主に絶対忠実でなければならない、ということだ。

 どうしてそのような洗脳システムが備わっているのか。そもそも彼らはどのように生まれるのか。

 それは誰にも分からなかった。彼ら自身にも分からなかった。

 ただ一つ、言えるのは。



 彼らは、主がいて初めて、「生」を受けるのだ。



「まさか………コノハがそんなこと……」



 ぼそりと雷が呟くと、室内に沈黙が流れた。その場の全員が、不安か驚愕の表情を浮かべている。

 彼らが知らせを受けたのは今朝だった。突然蘭李に呼び出され、わけも分からず皇家に集まる。家主の健治とメルも、居候している雷も、漏れなくリビングに集まった。

 そこで聞かされたのは、コノハが蘭李を殺しかけた、昨日の事件のことだった。

 蘭李は大怪我を負ったものの、蒼祁の魔法によって傷は完治した。連れていった白夜が、蒼祁や直人、魔警察に状況を説明すると、彼らは争うことをやめた。代わりに魔警察は、目的と目標を変えた。

 ――――――コノハを殺す、ということに。



「きっと、悪魔に脅されてるんだよ。コノハは」



 白夜がそう言うと、蘭李の肩がびくりと上がった。皆が彼女を見る。蘭李はぎこちない笑みを浮かべて言った。



「ホントに……そうなのかな……」

「そうだよ! コノハが蘭李を裏切るわけないよ!」

「……ありがと。雷さん」



 消えそうなくらいの声で呟くと、スタスタと歩き出す蘭李。雷が呼び止めると、蘭李は真剣な面持ちで振り向いた。



「話はこれだけ。あたし、コノハを探してくる。蒼祁と朱兎は既に探してくれてるみたいだから」

「ならうちらも……」

「みんなはいいよ。一応話しておこうと思っただけだから」

「なんで………」

「みんなにはいつも助けられてばっかりだから。でも、見かけたら教えてほしいな」



 そう言い残して、リビングから逃げるように立ち去った蘭李。残された者達は少しの沈黙の後、お互いに顔を見合った。



「どうする?」

「探そう」

「だよね」

「とてもじゃないけど放っておけないな」

「魔警察に先を越されたら大変だし」

「……そのことなんだけどさ」



 白夜に注目する。彼女は紫色の目を光らせ、皆を見回した。



「誰か一緒に魔警察の所、行ってくれね?」

「何か策でもあるのか?」

「効くかは分からない。でも上手くいけば、魔警察に手出しはされなくなる、と思う」

「じゃあうち行くよ!」



 白夜は頷いた。雷と共にリビングから出ていく。紫苑達もコノハを探しに、その場を後にした。最後に残ったのは、家主である健治とメルである。



「……メルはどう思う?」

「何がですか?」

「魔具が主に反逆するなんて異常だよね?」

「ええ。言うまでもなく」



 健治はソファーにもたれ、足を組んだ。メルはその背後に立つ。



「なら、やっぱり悪魔に何かされたのか?」

「そう考えるのが妥当でしょうね」

「はぁ。また面倒なことになりそうだね」

「………仕方がないです」



 メルは目を伏せ、主の後ろ姿を眺めた。



「我々は、彼らの味方であるしかないのですから」



「ぬ! いた!」



 背後から蘭李を呼び止めたのは、幽霊の少女だった。黒髪を黄緑色のリボンで一つにまとめ、白い和服と蜜柑色のニーソが特徴の、彼女の先祖・華城蜜柑。

 蘭李が振り向くと、蜜柑はスーっと漂ってきた。蜜柑色の目を光らせ、自身の子孫を見下ろす。



「ぬし、一人でうろつくな。悪魔に襲われたらどうする」

「やっぱみんなに頼りっぱなしはダメだよ。それにこれは、あたしとコノハの問題なんだから……」

「じゃが、あの双子は関わっておるではないか」

「二人は………そう簡単に死なないもん」



 雲一つ無い快晴の空の下、再び道を歩き出す蘭李。蜜柑も隣で浮遊する。



「ぬしは随分と双子を信用しておるのう」

「だって、実際に強いし」

「たしかにそうなのかもしれぬがの、人なんていつ死ぬか分からぬぞ?」



 赤信号で立ち止まる。交差点を車が行き交うのを眺めながら、蘭李はぼそりと呟いた。



「蜜柑がそうだったってこと?」

「………まあ、そんなもんじゃな」

「へぇ……」



 蘭李は蜜柑を見上げる。黄色い目が、電柱に透過している幽体を捉えた。



「じゃああたしも、突然死ぬのかな」

「………そんなことさせぬ」



 信号が青に変わる。二人は横断歩道を進んだ。

 明確な目的地はなかった。コノハが行きそうな所の目星は、主である蘭李には思い付かなかったからだ。



「………ねぇ、蜜柑」

「何じゃ?」



 横断歩道を渡って右に曲がる。学校が修了しているためか、小中学生がよく横を通りすぎていった。その度に蜜柑の体が不安定になる。



「あたしってさ、ひどい持ち主だったかな?」



 瞬間、蜜柑は目を細めた。何も言わず、鋭い視線を向けながら続きの言葉を待っている。



「コノハって文句とか普通に言うし、何してほしいとかもちゃんと言う。何か無理強いした覚えもないし、魔力だっていつも通りに渡してる。それでもコノハは、殺したくなるほどストレス溜まってたのかな……」



 歩みは止まらない。だがその声は震え、あからさまに弱くなっていた。



「蜜柑はどう思う? ひどい持ち主だったって思ってた?」

「それはないな」



 即答され。蘭李は横へ首を動かした。呆れたような顔をする蜜柑は、胡座をかいて腕を組んだ。



「ぬしが酷い持ち主? どこがじゃ。普通に接していたであろう」

「でも、一回殺しかけたし……」

「あんなことで怒っておったら武器として失格じゃ。むしろあの場については、自分のせいで蘭李あるじを殺しかけたと反省すべきであろう」

「……それは言い過ぎじゃない?」

「何故じゃ?」

「コノハだって生きてるんだし……」



 睨み付けてくる蜜柑にたじろぐ蘭李。すれ違う人達が彼女を不審な目で見るが、蘭李は気付かなかった。そんな人々に透過した蜜柑が、怒ったような口調で反論した。



「魔具は武器じゃ。いくら意思を持っていても武器なのじゃ。故に、持ち主を守るのは当然。どんなに理不尽でも、それで持ち主が助かるのなら、遂行すべきであろう」



 唖然とする蘭李。自然と歩みも止まり、じっと先祖を見据えた。一方の蜜柑も振り向いて、子孫のもとへと浮遊した。



「何か間違っておるか?」

「そんなのおかしいよ。魔具だって、人と同じで生きてるんだよ? それを、まるでしもべか奴隷みたいに扱うなんて……」

「その通りではないか。魔具は奴隷。主の為に戦って死ぬ。それが課せられた宿命なのじゃからのう」

「ちがう! 奴隷なんかじゃない!」



 瞬間、周囲の時が止まった。皆一様に蘭李を見る。不審と好奇、両方の視線が彼女に集中した。さすがに気付いた蘭李は顔を真っ赤にし、急いでその場から離れた。細い小道に入り、熱を帯びた頬に手を当てる。



「あーもう……蜜柑のせいで……」

「ぬしが勝手に熱くなっただけであろう」

「奴隷なんて言うから!」

「事実そうではないか」

「じゃあ蜜柑もそんな風に思ってたわけ? 魔具、持ってたんだよね?」



 すると、蜜柑はニヤリと笑った。その表情に、ぞくりと背中が震える。



「勿論じゃ。『ふたば』は我だけの奴隷じゃ」

「狂ってるなぁ。さすが華城だ」



 声が降ってきた。二人が見上げると、真っ青な空をバックに、宙に浮かぶ悪魔がいた。黄緑色の目がギラギラと光っている。



「悪魔……!」

「よお。魔具に見捨てられた蘭李くん?」

「コノハはどこ⁈」

「うるせぇなぁ。また人に見られるぞ?」



 蘭李は唇を噛み締め、鋭く悪魔を睨み上げた。不敵に笑った悪魔は、蘭李、蜜柑と順に見る。



「教えてやろうか? 魔具の居場所」

「ッ⁈ コノハはどこだよッ!」

「落ち着けって。ちゃんと教えてやるから」



 風が吹いた。悪魔の黄緑の髪がなびく。その髪の隙間から、見開かれた目が覗いた。



「それが、コノハの望みでもあるからな」

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