10話ー③【side R】『予防』
気付いた時には遅かった、なんてことは多々あると思う。それは戦闘面だけでなく、日常生活にも当てはまるだろう。
だからこそ、訓練ってのは大事なんだと思う。そうならないためにどうするか。事前に考え、予防する。あまりにも慣れていると、それを変えるのは大変だけど、そうすれば少しはマシな状況になる。
だからあたしは、
「こいつッ――――!」
背後から声が聞こえ、再びたくさんの腕が掴みかかってきた。それは影から伸びる黒い腕だった。すぐ目の前では、『白夜』が頭を纏っていた影を解いていた。
「やっぱり蘭李……」
「……ハ…ク……?」
「そうだよ」
紫色の瞳が不安そうに光る。ゆっくりと近付いてきて、銃を取り上げられた。
「もう襲ったりしないから」
「…………………うん」
目を閉じた。腕から解放され、その場にへたれこみ、自身の肩を抱いた。
これはハク……「みんな」じゃない……落ち着け……落ち着け……。
ハクがしゃがみこんで、あたしの顔を覗き込んだ。
「蘭李はなんでここに?」
「…………」
あからさまに目を伏せ顔を逸らしてしまった。
言えない。言ったらきっと手伝ってくれる。また頼ることになってしまう。
「えっ? この子が蘭李?」
「そう。野生動物の華城蘭李」
男の言葉に、あたしとハクは同じ方を見た。そこには、紫がかった黒髪で左目を隠す男―――『影縫直人』がいた。
なんでこの人がこんな所に………そもそもハクがいるのも変な話だけど……。
「なんだよ野生動物って」
「野放しにされている危険生物ってことさ」
まだ言ってる。イライラする。あたしは動物なんかじゃない。でも、なんでこんなに不安になるんだろう……。
「直人。そんな風に言うのやめろ」
「じゃあ白夜、オレのこと抱き締めてくれる?」
「死ねば?」
蔑みの目で影縫さんを見るハク。あたしもドン引きした。
気持ち悪……なんかハクの気持ち、ちょっと分かったかもしれない。
影縫さんは残念そうに溜め息を吐いた。
「全く。白夜は本当に照れ屋さんだね」
「お前のそのポジティブさには本当に脱帽するよ」
「ありがとう」
ハクはため息を吐き、あたしに手を差し伸べてきた。力強くその手を握ると、体が勢いよく引かれる。立ち上がり、じっとハクを見た。
「……ハク達はなんでここに?」
「ん、仕事でさ。幽霊とか悪魔とかいるかもってさ」
「幽霊………?」
幽霊ってまさか―――「みんな」がいるってこと⁈
思わずハクの両肩を掴んだ。
「ゆ、幽霊いるの⁈」
「え? えっと……今のところいないけど……」
「………そっか……」
その言葉に、一気に脱力した。
な、なんだ……いないのか………よかった………。
―――――――――よかった?
なんで、よかったの?
「自分が犯人だとチクられるのが不安か?」
―――――――――は?
「死人は真実を知ってるからな。もしかして、その口封じの為にここに来たんじゃないのか?」
唖然としてしまった。
何言ってんのこいつ……あたしは犯人じゃないって前にも言ったじゃん! まさかまだあたしのこと疑ってるの⁈
「いい加減にしろ直人! お前本気でそんなこと言ってんのか⁈」
「状況的に可能性の高いことじゃないか。それに………」
暗い紫色の視線に捉えられる。そこに、冗談やふざけた様子は無かった。
「先入観に囚われていては、真実を見落としてしまう」
――――――先入観を持っていては捜査は出来ません。
風峰さんもそんなこと言ってた……これ、偶然? それとも―――必然?
影縫さんが魔警察と繋がってるから?
「直人。悪いけど、私仕事抜ける」
「え?」
「蘭李と一緒にいるから」
ハクに肩をポンと叩かれる。ハクを見上げると、優しく笑いかけてくれた。
ハクは魔警察とは繋がってない。いや、もし仮に繋がっていたとしても、友達を売るようなことはしない。少なくとも、理由なく裏切るようなことはしない。
「ハク………」
「行こう、蘭李」
「あの人、魔警察と繋がってる?」
「――――――へ?」
突然のことで理解できなかったのか、ハクは目をぱちくりさせた。
ハクは大丈夫でも、影縫さんは怪しい。そもそもあっちはあたしのことそんなに良く思ってないみたいだし、魔警察でなくても簡単に売られてしまうかもしれない。いや、かもじゃない。絶対だ。
「繋がってないけど……」
「………ホント?」
「え? な、なんで? あ、そりゃ稀に捜査協力してるらしいけど……」
「――――――――そういえばアンタさぁ」
わざとらしい大きな声で、影縫さんがあたしを見る。睨んでくるから、睨み返した。ハクが何か言いたげにしている。
「魔具はどこにやった?」
――――――――――え?
体が硬直した。
なんで………このタイミングでそれ……? ていうか、どこでそう思った――――――………。
ああ。
中身の無い鞘を背負っていたからだ。
「―――――ッ⁈」
突然、背後から何かが飛び出してきた。瞬間、影縫さんが影に身を隠した。その影に飛び込んだもの―――緑色の短髪で黒い和装の魔具。
「コノハ⁈」
「コノハ戻れ!」
あたしとハクがほぼ同時に叫んだ。自身の刃が弾かれたコノハは小さく舌打ちをすると、あたしの隣に跳んで戻ってきた。
隙を見て逃げればよかったのに……コノハさえ助かれば、あたしは……。
「蘭李、あいつもきっと仲間だよ」
コノハの言葉に、無言で頷いた。
わざわざコノハの話題を出したってことは、やっぱり影縫さんもコノハを狙ってるに違いない。
くそっ……ここまで来てもダメなんて……! なら一体どこに行けば……!
「なあ蘭李、仲間ってどういう意味?」
混乱したようなハクが声を上げた。そんなハクを、あたしは見返す。
「………ハクは違うよね?」
そう言うと、ハクは固まってしまった。予想は出来る。
たぶん、あたしが泣きそうな顔してるからだ。
「魔警察の仲間なんかじゃないよね?」
やっと絞り出した声は、想像以上に震えていた。
そんなの当たり前だ。ハクは魔警察じゃない。友達を裏切ったりしない。コノハが悪魔に加担するわけないって知ってるはず。
だけど、確認せずにいられなかった。油断しているとコノハを取り上げられそうで、こわかった。
「蘭李―――」
「こいつも信用ならないよ」
ハクが手を伸ばそうとした瞬間、コノハが刃をハクに向けた。いつもの不機嫌そうな視線ではなく、本気で敵意を向けている。
コノハも怖いんだ。自分が連れていかれるかもしれないから。友達だけど……。
「私は大丈夫だよ」
「信用出来ない。偽者かもしれないし」
「なんでそんなこと―――」
刹那、あたしの体が吹っ飛んだ。窓から勢いよく外へと飛んで落ちていく。コノハがすぐに、後を追ってくるように窓から飛び降りた。
直後にハクも、窓の桟からギリギリまで身をのりだし、右手を突き出してきた。あたしとコノハは、背中から何かに掴まれる。
影縫さんに落とされた。影の手に殴られた。ムカつく。そんなにあたしとコノハを引き離したいのか……それならこっちだって……!
ハクが真っ逆さまに落ちてくる。あたし達を掴んでいた影の手が広がった。あたしは立ち上がって影縫さんを睨んだ。ズボンのポケットに手を突っ込む。
正直うろ覚えだし、そもそも成功したことがない。けど、妙に自信はあった。
「スティグミ………」
ハクが隣に着地する。あたしを見て、目を見開いた。
―――――――ほら、やっぱり成功する。
「蘭李⁈」
「――――――キニマァ!」
ハクがあたしの肩を掴んだ瞬間、呪文が辺りに響き渡った。
―――――――――――――――暗転。
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