10話ー①【side R】『罠』
滝川さんの仕事から一週間経った今日。もう既に学校は終了日を迎え、あたし達は春休みに入っていた。槍耶の学校も同様にだ。
休みに入ってしまえばあたし達は毎日、朝から晩まで特訓に明け暮れている。蒼祁や朱兎にも手伝ってもらっている。そのお陰か、強くなっている気だけはしていた。
そんな折、再び「仕事」の依頼が舞い込んできた。滝川さんのメールには短く、病院に来るようにだけ書かれていた。何となく変な感じもしたが、とりあえず家を出て、コノハと蜜柑と共に目的地まで向かった。
病院に着き滝川さんの部屋へと向かう。ドアを開けると、真っ白な空間の中で、黒と深緑の目がぎょろりとこっちを向いた。
「よ」
「今日は。華城蘭李さん」
「えっと、こんにちは」
椅子に腰かける滝川さんの隣で、黒と白の修道女服に身を包む女の人がいた。たしかこの人は………そうだ、何度か訪ねた教会の修道女『風峰マイ』さんだ。
でもなんでこの人まで? 戸惑いながらも、あたしは小さくお辞儀をする。風峰さんは優しく笑いかけてくれた。
「実は私から滝川さんに、貴女を呼んでもらいました」
「え? なんで?」
「ある容疑がかかっているからです」
「は――――――?」
予想外の言葉すぎて、唖然と口を開いてしまった。滝川さんは無言であたしを見据えている。何かを探るような、そんな視線で。
風峰さんは少し目を細めて続けた。
「華城さんは『飛炎カヤ』をご存知ですよね?」
「ああ、あの護衛の時に一緒にいた……」
脳裏に浮かんだのは、ワインレッドのポニーテールに黒いケープの女の人。「戦って殺すのが好き」と言っていたカヤさんをたしか、少し怖いなって思ったっけ……。
「三日前、カヤが任務から帰宅途中、悪魔を発見したらしいのです。カヤはその悪魔を殺そうと戦ったのですが、その時ある人物を見かけたようで……」
「ある人物?」
風峰さんがゆっくりと右腕を上げ、指を指す。その先は、あたし。
――――――――――――へ?
「貴女の魔具です」
目を見開いた。刹那、背中がぶるんと震える。あたしは後ずさりをし、コノハを鞘ごと背から下ろす。そのままぎゅっと抱き締め、風峰さんを睨み付けた。
「カヤと戦っている悪魔の後ろにずっといたそうです。しかも、悪魔と話をしたそうですよ」
「そんなわけない。コノハはずっとあたしと一緒にいるんですよ」
「時間は深夜二時半頃です。三日前のその時間、本当に魔具は家にありましたか?」
「それは………」
断言は出来なかった。たしかにあたしはその時間、夢の中にいた。
けど……だけど………!
「コノハが家から出たなら、蜜柑達が教えてくれるはずだよ」
「……それはどなたですか?」
「あたしの先祖です。幽霊だけど」
「………あぁ、それで貴女には霊の気配が……」
何かに納得した風峰さん。あたしはちらりと後ろに目をやる。さっきからドアの前から動かない蜜柑は、風峰さんを静かに睨み付けていた。
あたしは視線を戻す。腕の中の震えが増しているような気がした。それを抑えるように、腕に力を入れた。
「しかし、霊がその時間家にいたとも言い切れないでしょう?」
「た、たしかに………いやっ、でも! コノハは一人で鞘からは出られないんです! いつも鞘にしまって寝てるから、一人で人の姿になることなんて――――――」
「悪魔の仕業かもしれぬじゃろ」
あたしの言葉を遮るように、蜜柑の声が飛んできた。思わず瞬時に振り向く。蜜柑は鋭く睨んだままだった。
「大方その悪魔は、おぬしを狙っているあの輩じゃろ。なら罠の可能性は十二分にある。あやつの幻術、とかな」
「たしかに……」
「どうかなさいましたか?」
あたしは今の話を二人に伝えた。すると、風峰さんは滝川さんに何かを話し始める。その反応を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
「とりあえず大丈夫かな……?」
「そうだと良いがのう。それにしてもあやつ、今度は何を仕出かすつもりかのう」
「分かんない。またみんなに迷惑かけるかなあ……」
「そんなの今更ではないか」
ケラケラと笑う蜜柑。
たしかに今さらだけどさあ。最近みんなに助けられっぱなしだし。たまには一人でどうにかしないと……!
話が終わったのか、風峰さんが再びこっちに向き直った。
「華城さん。ひとまず貴女の魔具をこちらで預からせていただきます」
「なっ……⁈」
思いがけない言葉に驚きを隠せなかった。コノハの震えも、目に見える程増した。一方の風峰さんは、淡々と言葉を綴る。
「確認が出来るまではやはり野放しには出来ません」
「ふざけんな! 悪魔の仕業に決まってる!」
「先入観を持っていては捜査は出来ません」
「大体風峰さんは何のためにそんなこと言ってるの⁈ 風峰さん達には関係ないじゃん!」
「我々は魔警察です」
瞬間、体が硬直した。驚愕と困惑と焦りが、同時に押し寄せてきたような感覚に陥った。
ま、魔警察? 風峰さんが? シスターなのに? しかも「我々」ってことは……まさか、滝川さんもカヤさんも……⁈
風峰さんと滝川さんを順に見る。風峰さんも、困ったように滝川さんに向いた。
「教えていなかったのですか?」
「教える必要も無かったからな」
滝川さんが足を組みながら、白衣のポケットからタバコを取り出した。ライターの火を付けたところで、風峰さんに鋭く睨まれる。溜め息を吐き、仕方無さそうに火の付いてないタバコをくわえた。
「ま、そんなわけだから大人しく渡せ。違ったらちゃんと返すから」
「………あたしがコノハ無しじゃ生きてけないの、知ってますよね?」
「安心しろよ。他の病院に、お前に壊されたあの機械があるからな」
ドクンと心臓が高鳴った。一粒の汗が頬を伝う。自然と腕に力がこもっており、いつの間にかコノハの震えは収まっていた。
このままじゃ、コノハが取り上げられてしまう。夏の時みたいに、コノハがどこかへ行ってしまう。
それだけはダメだ………絶対に……!
「ですから―――」
直後、あたしは踵を返し部屋を飛び出した。廊下を一気に駆け抜ける。こんな時、雷属性でよかったと心底思った。
建物から出ても、魔法はやめなかった。とにかく無我夢中で走り続けた。止まると捕まってしまう気がしたから。
もう二度と、コノハと会えなくなる気がしたから。
「絶対渡さない……!」
コノハは、あたしが守るんだ。あたしのものなんだから。
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