9話ー③『戦法』
「あー終わった終わった!」
蘭李が背を伸ばすと、骨がバキリと鳴った。そのまま左右に少し揺れ、上げていた手を下ろす。隣の席の白夜は、スクールバッグにプリント類を詰め始めた。
「やっと一年生終わったね!」
「まだ球技大会あるけどな」
「まあね!」
蘭李も白夜と同じように、帰り支度を始める。他のクラスメイト達も、各々荷物をまとめ始めた。
たった今学年末テストが終わり、今年度の風靡学院のイベントは残り一つだけになった。それこそ、白夜が言った球技大会である。
毎年クラスごとに競い合う球技大会。学年ごとに種目は異なっており、蘭李達一年生はサッカーをやる予定である。
「『きゅうぎたいかい』とは何じゃ?」
教室の天井から、ぶら下がるように浮遊する蜜柑が問いかけた。秋桜と睡蓮も、興味ありげな視線を蘭李と白夜に向ける。二人は声を潜めて軽く説明した。
「へぇー。そんなことするんだな」
「楽しそうだね! いいなー! 僕もやってみたい!」
「ミカンが無いのであれば興味無いのう」
「お前本当にミカン中心主義だな」
「当たり前じゃ!」
ふんぞり返る蜜柑。二人は苦笑いを浮かべ、帰りのホームルームに集中した。教卓に立った女性教師が、教室内を見回して言い放つ。
「球技大会は明後日です。保護者の方も観戦にいらっしゃいますので、頑張って下さいね」
それを聞いた途端、白夜が嫌そうな顔をする。あからさまなその態度に、秋桜がどうしたのか尋ねた。白夜は溜め息を吐きながら、小さく口を開く。
「嫌な奴が来るんだよ。わざわざさ……」
「嫌な奴?」
「あーあー……休んでやろっかな……」
溜め息が止まらない白夜。蘭李も気付き、「どんな人?」などと問いかける。白夜は短く答えた。
「変態」
「えっ、変態が来るの?」
「そう。犯罪者予備軍」
「え……?」
物凄く気になった蘭李達だったが、白夜はそれ以上は言わなかった。ホームルームが終わり、クラスメイト達は各々の放課後を過ごし始める。二人と幽霊三人は、学校から出て皇家へと向かった。その道中、蘭李がバッグから携帯を取り出し、マナーモードを解除する。ちょうどその時、電子音が鳴り響いた。思わず蘭李の肩が跳ね上がる。通話ボタンを押して耳に当てた。スピーカーから聞こえてきた音声は、低い男の声だった。
「よ。仕事だ」
「いきなり電話しないでくださいよ! 滝川さん!」
発信元である若俊は、「はあ?」と怒ったような口調で言い放った。
「電話はいつもいきなりだろう。まさか、かける前にメールをしろと言うのか?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「なら文句を言うな。本題に入るぞ。魔獣の討伐に行って欲しい」
「魔獣?」
そう訊き返すと、若俊は短く肯定する。
「住所は後でメールで送る。ただの魔獣討伐だから問題ないだろう?」
「まあ、いいですけど。なんで医者なのに、そんな普通の魔力者みたいな仕事の依頼してくるんですか?」
「知り合いに、こき使える奴がいるって言ったらぜひやってくれと。ま、そういうことだから頑張ってくれ」
そう言って、半ば一方的に通話は切られた。蘭李が携帯を待ち受け画面に戻すと、言っていた通りにメールが届く。住所が書いてあり、最後には「一週間以内にやれ」と忠告までもが載っていた。
「一週間以内か………球技大会の次の日にしよっかな」
「仕事?」
「そう。魔獣討伐だって」
「魔獣………」
少し表情が曇った白夜に、蘭李は小さく笑った。
「大丈夫だよー。たぶんだけど……」
「自信無さげだなぁ………私も行こうか?」
「いっ、いいよ! また怪我したら……」
「それはこっちの台詞だ。まあ折角だしさ、皆で行こうぜ。その方が安全だし」
「みんながいいならいいけど……」
二人の会話に、幽霊達は険しい顔になった。睨み気味に蜜柑が蘭李を見下ろす。
「おぬし、まさかまだ何か隠しておるのか?」
「え? ああ、これは違うの。その……昔魔獣と戦った時があったんだけど……」
「その時結構手こずってさ。まあ若干のトラウマになってるってわけ」
皇家に着き、リビングに荷物を置く二人。海斗がソファーに座っており、既に雷達もトレーニングルームに行っているようだった。話し始める彼らを眺め、蜜柑はぼそりと呟く。
「あやつら、隠し事が多くないか?」
「別に、このくらいなら言わなくてもいいと思うけど。それに、隠し事なんて誰だってあるだろ」
「僕は隠し事なんてしてないよ!」
「本当に?」
睡蓮を見据える秋桜。真っ赤な目が水色の大きな目を捉えた。睡蓮はたじろぎ、おそるおそる口を開く。
「………秋桜兄は隠し事してたの?」
秋桜の視線が鋭くなった。睡蓮は肩をすくめ、蜜柑は静かに言葉を待っている。しかし突然、秋桜は薄く笑った。悲しそうな色を帯びた、赤い目を光らせて言う。
「ああ、そうだよ。俺は弱い人間だから」
「――――――え?」
秋桜と被るように、蘭李の声が被さった。幽霊達が彼女に振り返ると、蘭李は海斗に視線を向けていた。海斗はいつものように、仏頂面を見せている。しかし今の発言は珍しく、白夜も彼を凝視していた。当の海斗は気にせず、目を細めてもう一度言う。
「俺と戦ってくれ」
蘭李は呆然とした。海斗からそんなことを言われるなんて思ってもみなかったからだ。自分から言うことは何度もある。しかし、海斗とはかなりの力量差があるのだ。故に、彼から戦いを申し込まれることなど滅多に、というか一度も無かった。
蘭李は首を傾げた。
「突然どうしたの?」
「お前の本来の実力が知りたい」
「………ってことは、銃を使えってこと?」
「ああ」
蘭李の顔が少し険しくなった。
蒼祁に言われ、彼女はたしかに銃の必要性を感じている。だが、やはり進んで使いたいとはまだ思えなかった。
沈黙してしまった蘭李に、キッチンから出てきた健治が笑いかけた。
「いいじゃないか蘭李。君だって早く慣れたいだろう?」
「………まあそうだけど……」
「そうするとまたメルの出番だね」
「いや、実弾でやる」
「は――――――?」
思いがけない言葉に、蘭李だけでなくその他の全員も驚いた。海斗はホルスターから拳銃を取り出すと、なに食わぬ顔でカチャカチャと整備し始める。
「双子の兄貴が、生命原石を二つ持ってるんだと。それを借りる」
「え……? なんで……?」
「そんなのあいつに訊けよ」
海斗が向けた視線の先には、ちょうどリビングに入ってきた蒼祁と朱兎がいた。全員からの視線に、蒼祁は途端に嫌そうな顔をする。
「なんだよお前ら」
「蒼祁なんで生命原石持ってるの⁈」
蘭李がすぐさま彼に詰め寄った。彼は「ああ」と呟くと、コートのポケットから生命原石を二つ取り出す。
「倒した六支柱から取ったんだよ。ああ安心しろ。あいつらが回復した後だからな」
「そういうことじゃなくて!」
「何だよ。あっても損はないだろ? 所有権があるわけでもないし」
何も言い返せず、勢いが弱まる蘭李。蒼祁は満足そうに鼻を鳴らすと、海斗に生命原石を一つ投げた。彼はそれをキャッチする。
「言っておくが、貸すのは今回だけだぞ」
「分かってる」
「ほら、お前も」
もう一つを蘭李に差し出す蒼祁。しかし彼女は受け取ろうとはしなかった。代わりに彼を睨み上げ、小さく口を開く。
「………蒼祁が海斗に言ったんでしょ」
「あ? そんなわけないだろ。あいつがお前と殺し合いたいって言ったから、協力してやっただけだ」
「なんで協力するの? いつも他人には無関心なのに」
「………気紛れ。いいからさっさとやれよ」
生命原石を押し付けられ、しぶしぶ受け取る蘭李。あからさまに嫌そうな溜め息を吐き、石をポケットにしまった。
「パニクったらどうするの?」
「お前がそれを言うか………俺が止めてやるよ。ほら早くやれ」
背中を押され重たい足を引きずりながら、蘭李はリビングから出ていった。海斗も立ち上がり、それについていく。
白夜や蒼祁達も観戦しに行こうとする。だが、残された蘭李のバッグがぶるぶると震えているのに気が付いた。白夜がそのチャックを開けようとするが、蒼祁に腕を掴まれ静止させられる。
「いい。出すな」
「なんで?」
「こいつがいたら、元も子もないからな」
白夜にはその意味が分からなかった。しかし彼の言う通り、バッグからコノハを出すのを止めた。代わりに蒼祁がバッグを持っていき、彼らはトレーニングルームに入る。二人はそれぞれ準備していた。いつもとは違う妙な雰囲気に、白夜達も緊張する。
「どっちが勝つかなぁ?」
壁際にいた雷達の隣に並ぶと、健治は楽しそうに呟いた。蜜柑や睡蓮は「蘭李に決まってる!」などと騒ぐが、その根拠は無かった。
白夜達は考え込む。しかし、答えを出せる者はいなかった。あまりに、未知数だったからだ。
「海原がどんだけ強いのかは知らねぇが、ハッキリ言って蘭李が勝つだろうな」
蒼祁のその言葉に、皆彼を見た。蒼祁はバッグを足元に置き、壁にもたれる。そのバッグは未だに震えていた。
「そんなに蘭李は強いの?」
「強いとか、そういう話じゃねぇんだ。あいつの射撃は」
「というと……?」
「おい、スターターやってくれ」
海斗が声を上げた。メルがすかさず二人のもとへと向かう。眺めていた蒼祁は腕を組んだ。
「俺があいつに教えたのは、二つだけだ」
「二つ?」
「―――――――はじめっ!」
メルの合図と同時に、海斗が左腕を水平に振った。小さな氷柱がいくつも飛んでいく。蘭李は足に溜めた魔力でそれらを避ける。そこに、海斗の銃弾も数発混じった。蘭李の足を弾がかすめる。
「一つは、とにかく逃げることだ。逃げて逃げて逃げ続ける」
「逃げる? なんで?」
「わざわざ戦う意味が無いからだ」
海斗が右足で思いっきり床を踏みつけた。するとそこから、鋭く尖った氷のトゲが、段々に大きくなりながら出現する。蘭李はギリギリで飛んで避けた。その無防備な彼女に、海斗は銃弾を放つ。体を回転させて心臓への直撃は避けたものの、背中に弾が食い込んだ。着地すると同時に膝をつく蘭李。だがすぐに駆け出し、追撃から逃れていった。
「どういう意味なんだ?」
「そもそもあいつが銃を使い始めたのは、コノハが使えなかったからだ。つまり、あいつにとっての銃ってのは、コノハが使えない緊急事態時の、生きる手段ってことだ」
海斗が床に左の手のひらをつけ、召喚獣『セイレーン』を呼び出した。女性型の水精霊は、主の指示で蘭李に水流を飛ばす。まるで蛇のような動きをする水流は、逃げ惑う蘭李を追い続けた。
「敵を殺さずに逃げられるならそれでいい。けど、そんな都合のいい時なんてほとんど無い。敵を殺す必要がある。だから俺は言ったんだ」
確実に一撃で殺せ―――ってな。
何とか蘭李は水流に捕まらずにいた。が、息を切らし始めていた。体も傷だらけになっている。彼女が逃げていた間にリロードしていた海斗は、再び彼女に銃弾を放つ。弾は彼女の髪をかすめた。
「一撃で……?」
「ああ。狙う場所は脳幹のみ。確実にそこに当てられるって時だけ撃てって言ってある」
「……それ、効率悪くないか?」
「悪くない。弾だって数に限りがあるんだ。むやみやたらに撃ったって生き残ることは出来ない。それに、雷属性はこういう戦法の方がよっぽど良い」
「スピードが上がるからか?」
「ああ。雷属性なら捉えられることはまず無い。相手の隙を突くことは比較的簡単だろ?」
蘭李が魔力を溜め、さらにスピードを上げた。海斗とセイレーンは必死に目で追うが、追いきれない。そんな彼女を見ていた雷は、不思議そうに首を傾げた。
「えっ? ちょっとまって。じゃあ蘭李って、魔法使ったことあるってこと?」
「あることにはあるが、
「何それ……」
「そのままの意味だ。まあだから、電撃を放ったりするのは苦手だろうがな」
海斗とセイレーンは、なんとか蘭李に攻撃を送っている。しかし、一瞬だけ見失ってしまった。
―――――――――パンッ
直後、発砲音が鳴った。海斗が力なく倒れる。セイレーンも消え、静寂が漂った。
「あっ………ああああッ………!」
白夜達は動けなかった。蒼祁に制止させられたこともあるが、恐怖したことも要因の一つだったからだ。
撃ち殺した瞬間が、分からなかった―――――。
「落ち着け蘭李。そこに倒れているのは海原海斗だ」
「ッ――――!」
蒼祁が近付くと、蘭李は彼に銃を向けた。ガタガタと震えているが、銃口は蒼祁の頭を狙っている。蒼祁は一定の距離を空けて立ち止まった。
「海原海斗とはいつ知り合った?」
「海斗ッ………み……みんなと会った時……ッ」
「皆は誰のことだ?」
「……はっ……ハクや……雷さん…ッ……」
「ならここは、『シルマ学園』じゃない」
「ちがう………ここは……ッ……今……はッ……」
自分に言い聞かせるように俯いて呟き続ける蘭李。段々と落ち着いてきたのか、汗をかきながら顔を上げ、蒼祁達を見た。
――――――が、一瞬でその顔は凍りついた。
「うわぁあああああああああああああああッ⁈」
蘭李は蒼祁に向けて発砲した。弾は結界によって跳ね返されたが、蘭李は構わず駆けてくる。白夜達は急いで戦闘体勢に入った。蘭李のバッグは震えを増す。ボケッと眺めていた朱兎に、蒼祁が声をかけた。
「朱兎。あいつを殺せ」
「えっ?」
「大丈夫だ。死なないから」
「―――わかった!」
元気よく返事した朱兎は、赤い目を光らせて駆け出した。目の前にきた彼に、蘭李は焦って発砲する。しかしそこには既に朱兎はいなかった。
「ごめんね」
蘭李が振り返ると同時に、彼女の心臓を左腕が貫いた。蘭李の体は硬直し、口から血を吐き出す。朱兎が腕を抜くと、彼女は倒れた。胸の穴からは大量の血が流れ、鉄のにおいが漂い始め、紫苑や雷は口を手で覆った。白夜は戻ってきた蒼祁を睨む。
「……あのさ……なにも殺すことないんじゃないの?」
「いいや、殺すべきなんだよ。生命原石で回復するっつっても痛みはあるんだ。パニクったら激痛を与えられるって思えば、少しはやる気になるだろ?」
「……酷い奴」
「荒療治が一番効率的だからな」
蒼祁は視線を落とす。白夜も倣って見ると、蘭李のバッグがあった。相変わらずぶるぶると震えている。蒼祁はフッと小さく笑い、壁にもたれた。
「まあ、こいつは許さないだろうけどな」
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