#君をつくっているもの

9話ー①『勉強会』

 新たな決意をして、再スタートを決めた俺達。早速各々問題に取り組もうとしていたのだが、一つ大きな別の問題が発生した。

 それは―――。



「テスト忘れてた……!」



 そう。学年末試験のことだった。



「ああああああーっ! テスト明後日だーっ! どーしよーっ!」



 頭を抱えて大慌てする蘭李。健治の家のリビング内を行ったり来たりして落ち着かない。



「え? まだ二日もあるじゃん」



 そんな蘭李とは裏腹に、余裕そうな雷。蘭李は雷を凝視した。



「二日しか……ないんだよ?」

「え? 蘭李何日勉強するつもりだったの?」

「だって学年末だから……一週間くらいは……」

「ええーっ⁈ マジメだねー!」



 蘭李は目を丸くした。かくいう俺も、驚きを隠せない。流石にそのくらいは普通に勉強するだろ……雷、お前五教科プラスアルファを二日で仕上げるつもりだったのか? そう訊くと、今度は雷が目を見開いた。



「普通そうでしょ?」

「そんなわけないでしょ。雷」



 俺に代わってツッコんだのは、雷を家に居候させている健治だった。ソファーに座る健治は、ビッと雷を指差す。



「もし目も当てられないような点数を取ったら、家から追い出すよ?」

「嘘でしょ⁈」

「当たり前だよ。俺の家にお馬鹿は必要ないからね」

「ちなみに何点以上……?」

「五教科それぞれ九割以上かな」

「無理ーっ!」



 雷が虚空に向かって叫んだ。たちまち隣で海斗が耳を塞ぐ。

 雷………たしかお前あんまり頭は良くなかったよな……大丈夫なのか……?

 必死に家主に抗議をする雷。そんな光景を見ていた蘭李は、「あっ」と何か閃いたように呟いた。



「ねー! じゃあ勉強会やろ! ここで!」

「えー」



 嫌そうな顔をしたのは、白夜だった。蘭李はすかさず白夜に詰め寄る。



「いいじゃん! ハク数学苦手でしょ⁈ 赤点になってもいいの⁈」

「良くないけどさ」

「よし決定ー! じゃあ蒼祁呼んでくるねー!」



 そう言い残してリビングから飛び出していった蘭李。残された俺達は呆然としてしまった。隣にいた紫苑が、苦笑いを浮かべながら俺を見る。



「なんで蒼祁を呼びに?」

「さあ………頭が良いからか?」

「うち蒼祁に教わるの怖いんだけど!」

「全問正解するまで寝かせてくれなさそう」

「嫌だーっ!」



 脳裏に浮かぶ、蒼祁のスパルタ教育。悪いけど、こんなイメージしか思い浮かばない。少なくとも、絶対優しくはないだろうな……。

 いや……待てよ。蘭李があんなに進んで蒼祁に助けを求めにいったってことは、案外優しいのかもな。少し希望が持てた気がする………って言っても、俺の学校の試験はもう終わってるんだけどな。



「お待たせーっ!」



 やがてリビングに戻ってきた蘭李と蒼祁。朱兎はトレーニングルームでメルと戦っているらしい。勉強は出来なさそうだもんな……。

 こちらに歩みながら、蒼祁が気だるそうに頭をかく。



「めんどくせぇな……中一なんて難しいもの無いだろ」

「それは蒼祁が中三だから言えるんでしょ! 当事者にとっては難しいの!」

「どうせお前は歴史だろ? 暗記しろ。以上」

「ハク達に数学教えてあげてよ!」



 ぎゃんぎゃん言い合う蘭李と蒼祁―――って今、俺、聞き捨てならない言葉を聞いたんだが。

 蒼祁と朱兎って中三なのか? 二つも年上だったのか? まだ蒼祁は分かるんだが………朱兎が年上にはとても思えない。同い年か、それ以下に見える。蒼祁と双子だから、「じゃあ間をとって同い年かな……」くらいに思っていた。

 俺と同じことを思ったらしく、雷達も驚きと疑問の声を発し始めた。



「中三⁈ あれが⁈」

「むしろ蒼祁は高二くらいに見えるんだけど」

「そしたら朱兎も高二になるぞ」

「あり得ない!」

「詐欺だろ」

「おい何だよお前ら」



 ギロリと蒼祁が睨んできた。すかさず俺達全員目を逸らす。目を合わせたら殺されそうだぜ……怖えな……。

 深い溜め息を吐いた蒼祁は、腕を組んで俺達を見下すような視線を向けてきた。



「まあいい。教えてやるよ。ただし、暗記科目は自分でどうにかしろ」

「教えてくれるのはありがたいんだけど……殺さない?」

「は?」

「蒼祁の教え方は厳しそうだから……」



 すると、蘭李が吹き出した。



「たしかに蒼祁はスパルタだけど、殺されはしないよ。たぶん」

「たぶん……?」

「まあ大丈夫大丈夫! さっ! 早速やろー! あたしも数学勉強したいし!」



 そんなわけで、勉強会が始まった。まず取り掛かったのは、皆の強敵・数学だった。



「問一。弟が家を出て毎分80メートルで歩いて行った。兄がその五分後に毎分100メートルで追いかけた。兄が弟に追いつくのは兄が出た何分後か。こんなの楽勝じゃねぇか」



 蒼祁が教科書を見ながらフンと鼻を鳴らした。蘭李や紫苑のペンはスラスラと動いている。俺は海斗のノートを覗き込んだ。海斗は一応解こうとしているが、その進みは遅かった。俺はノートに書かれた数式を指差して言う。



「海斗。公式が違う」

「マジか」

「覚えてるか? 小学生の頃に習った『みはじの法則』」

「えーっとたしか……」

「この問題解けないよ!」



 突然の雷の叫び声に反応して振り向いた。見ると雷は、必死に何かを蒼祁に訴えていた。



「『みはじ』を使うんでしょ⁈ 道のり、速さ、時間!」

「分かってるなら使えよ」

「無理じゃん! 足りないじゃん!」

「お前ちゃんと問題読んだか?」

「読んだよ!」



 蒼祁の視線が鋭くなった。しかし雷も負けていない。そこに蘭李がにゅっと顔を出した。



「雷さん、道のりは分からなくても大丈夫なんだよ」

「え? なんで? 使えないじゃん」

「だって、求めるのは兄が弟に追いついた時の時間だよ? つまり、道のりは?」

「……………」



 雷の頭上にクエスチョンマークが浮かんでいる。駄目だあれは。全然意味が分かってない。

 ふと視線を戻すと、海斗がちょうど解き終わっていた。



「うん。正解」

「ハッ。やっぱ数学は嫌いだ」

「意味が分かると楽しいんだけどなあ……」

「なんで⁈」



 今度は白夜の叫び声。何事だ? 白夜も数学が苦手だから、嫌な予感しかしないけど……。



「だから、弟の方が早く出てんだろ? なんで弟の時間が兄より少ないんだよ」

「は? だから、早く出てるからじゃん」

「はあ?」

「あ?」



 蒼祁と白夜が睨み合う。おいおい目茶苦茶怖えよ……たかだか数学の問題でそんなに殺伐とするなよ……。

 白夜のノートを覗き込むと、本来(x+5)にするところが(x−5)になっていた。ああ………それじゃあ負になっちゃうだろ……。



「白夜、兄の時間をxにしてるんだから、弟の時間はそれにプラス5した時間だろ?」



 紫苑に言われ、真剣に考える白夜。しかし、なかなか納得出来ないようだった。何時まで経っても顎に手を当てたままだ。

 うーん……そんなに難しいものでもないんだけど……どう説明すれば理解出来るんだ?



「ていうか、なんでこいつらわざわざ時間ずらして出掛けるわけ? 結局追いついてるし、何がしたいの?」



 ついに問題にケチをつけ始めた。駄目だ、それを考えては数学は解けない……!

 それを聞いた蒼祁が、蔑むような目を白夜に向けた。



「いいから黙って解けよ……!」

「もっと日常で使えるような問題にするべきじゃねぇ?」

「それ思うー!」



 雷が白夜に賛同し、二人で数学の文句を言い始めた。蒼祁があからさまに呆れた溜め息を吐く。なんか今までの鬱憤を晴らしてるって感じだなぁ……。

 そこへ、蘭李までもが乱入してきた。



「それなら歴史の方が覚える意味ないじゃん!」



 違った。こいつは歴史の文句だった。蘭李、絶望するほど暗記科目苦手だもんな……。

 反応した白夜が、すかさず蘭李を睨む。



「歴史は常識だろ? 何があって今があるのか知ることは重要だし、楽しいじゃんか」

「は? 常識? ふざけんな! 歴史=常識みたいなのホント嫌い! そんなのそっちが勝手に決めたことじゃん!」

「皆が知ってるから常識なんだよ」

「そんなの覚えるより計算出来た方がよっぽどためになるよ!」

「はあ? こんなのどこで使うんだよ。わざわざ何分後に追いつくかなんて知りたい奴いるのか?」

「これはただの例題でしょ⁈ これを応用すれば日常でも使えるようになるよ!」

「例えば?」

「……………」

「ほら言えないじゃん。いらないじゃん」

「でも歴史よりマシ!」

「ちょっと落ち着けって!」



 言い合いがヒートアップしてきたから、俺は二人の間に割って入った。二人は睨み合った後、それぞれ問題に黙々と取り組み始める。

 こいつらはいっつもこれで喧嘩するよなぁ……。数学が得意だけど歴史が苦手な蘭李、歴史が得意だけど数学が苦手な白夜。清々しい程意見が合わなくて、逆に笑えてくる。笑ったら殺されるけど。

 俺から言わせれば、数学も歴史も最低限の常識だと思うが……それも言ったらどうなるか……きっと死ぬより恐ろしいことをされるだろう……黙っていよう。

 蒼祁が蘭李のノートに視線を落としながら口を開いた。



「蘭李、冠位十二階を制定した人物の名前は?」

「えっ? えーっと、中臣鎌足!」

「小学生に戻れ」



 流石にその答えはマズイだろ蘭李……聖徳太子くらい言えないと……。

 蔑みの目で蒼祁に見られた蘭李は、歴史の教科書を蒼祁に見せないように立てた。



「じゃあ蒼祁は日本の時代全部言えるの⁈」

「舐めてんのか?」

「言ってみろよーっ!」



 スラスラと時代を唱える蒼祁。当然順番も名前も合っていた。完全敗北した蘭李は、絶望したようにテーブルに突っ伏した。



「この天才め……」

「こんなの小学生でも言える」

「あたしは言えなかった!」

「お前が馬鹿なだけだろ。いいからさっさと勉強しやがれ」



 蒼祁が無理矢理蘭李を起こす。しかし、完全にやる気を無くしたようで、蒼祁にされるがままに揺すられていた。

 歴史なんて覚えればそれで終わりなのになあ。勿体無い。それに、結構面白いんだけどなあ。

そんなことを思っていると、雷に呼ばれた。



「槍耶、敬語教えてくれない?」

「敬語? ああいいぞ」



 俺は雷からペンとノートを借り、ぐちゃぐちゃに潰された数式の下段に『尊敬語』、『謙譲語』、『丁寧語』と書いた。



「この三つの違いは分かるか?」

「分かんない!」

「簡単なのからいくと、丁寧語は『~です』とか『~ます』とか、そういうやつ」

「うんうん」



 海斗もノートを見ながら聞く耳を立て始めた。俺は『丁寧語』の下にそれらを書き、次に『尊敬語』を指差した。



「尊敬語は、相手に敬意を表す言葉だ。例えば、『先生が教室に来た』を尊敬語で言い換えると、『先生が教室にいらっしゃった』になる」

「うん」



 俺は続けて、『謙譲語』を指差した。



「一方の謙譲語は、自分がへりくだって相手に敬意を表す言葉だ。『俺が先生の所へ行く』を謙譲語にすると、『俺が先生の所へ伺う』になる」

「………ふーん」



 分かったような分かってないような返事をする雷。結局これも暗記だしなあ。教えられることってこれくらいだよな。



「つまり、尊敬語は相手の動作、謙譲語は自分の動作を言い換えるものだ。それさえ分かれば、後は言葉を暗記すれば解けるよ」

「なーんだ。暗記かあ」

「でも、尊敬語なのか謙譲語なのか丁寧語なのかを答えさせる問題もあるから気を付けろよ」

「りょうかーい」

「サンキュ」



 雷と海斗は、敬語の問題を解き始めた。それを眺めていると、概ね答えは合っていた。案外雷は、そこまで心配しなくても大丈夫なんじゃないか? ネックなのは数学くらいだけで……。



「もー飽きた! やめる!」



 突然、蘭李が勢いよく立ち上がった。両手を真っ直ぐ上げて伸びをする。やめるのかよ。言い出しっぺのくせに……。



「歴史なんてやりたくない!」

「そんなんだから馬鹿なんだろ」

「バカじゃないもん! それに歴史は暗記でしょ⁈ ならみんながいる時にやらなくてもいい!」

「勉強会の意味無いだろ」



 本当に蘭李は飽き性………というか、歴史嫌いだな。それなら数学でもやってれば……ってああ、数学は終わらせたのか。なら、英語や理科でもやってればいいものを……。

 呆れた蒼祁が、何かを思い付いたように虚空を見上げ、こちらに顔を向けた。



「鎖金って言ったか。お前、勉強出来るんだよな?」

「え? ああ……」

「なら、こいつに歴史教えてやれ。ついでに、お前も戦闘スキルが上がる、一石二鳥のやり方でな」

「え?」



 ニヤリと蒼祁が笑う。その笑みに、俺は不安を覚えた。

 俺も戦闘スキルが上がるやり方……ってまさか……。

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