第9回:ここらでしっとりとした征服をお届けしたいなと
花:アウシュテルリッツ村、王都デルリィン、イシュタール洞窟と来て、四村目に紹介していただけるのは……。
魔:アムール街ですね。
ーーアムール街。街全体が海の中に沈む、ファンタジア屈指の水の都である(写真18)。その土地柄、街に住む住人のほぼ九割は魔族である。今回取材班は特別に魔王さまから『海の中でも一定時間生存できる魔術』をかけてもらい、件の街に足を踏み入れることに成功した。海の中で息ができない我々人間にはほどんど知られていない街……巨大な泡に包まれたアムール街の魅力を、魔王さまとともに紹介する。
□私の世界征服の『心臓』に当たる部分です□
花:この村を四村目に征服した理由は?
魔:そうですね。二村目のデルリィンなんかは、先行マキシ征服で前もって皆さんにはお披露目していたんですけれど。ひどく抽象的な表現になりますけど、私は世界全体で、一つの生き物のように感じていて。
花:生き物、ですか。
魔:はい。一つ一つの村は、確かにバラバラな場所にあるんですけど。どこかで……下手したら私のあずかり知らぬところで、それぞれ繋がりを持っていて。二村目なんかは、征服の『顔』ですよね。王都でもあるし。この四村目のアムール街は、そう言う意味では私の世界征服の『心臓』に当たる部分です。
花:かなり重要な村だと言うことですね。
魔:もちろんです。『心臓』だけでは人も魔族も生きていけないけれど、世界の中心部であることは間違いないですね。実際、今ファンタジアで食べられている魚介類のほとんどはここで獲れます。この街はもともと、廃墟だったんですね。数千年前、地表で栄えた古都が天変地異で遥か海の底にまで沈んでしまった。以来そこら中に苔が生えて、魔族にも誰にも見向きもされなかった。
花:それを魔王さまが、今回の世界征服で経済都市へと発展させた……。
魔:魔族にも仕事が必要だった。かと言って魔族に人間のような、複雑な計算だったり調合だったり、器用なことができるかと言うと、そんな種族ばかりじゃない。じゃあ人間には凡そできなくて、魔族に出来ることは何かないだろうかと。彼らの特性を生かしてあげられるようなことはないだろうか、と。
花:それで、海の底でも楽々活動できる魔族を集めて、漁業を始められたわけですね。
魔:二村目や三村目が派手な征服だったから。ここらでしっとりとした征服をお届けしたいなと思ったんです。
ーー『もちろん、征服全体のバランスも考えてます』。そう語る魔王の表情は、”プレイヤー”としての顔ではなく一人の”アーティスト”の顔をしていた。征服活動を、単なる趣味や職業に止まらず”一つの生き物”のように感じられる……。正直凡人には感覚的すぎて意味が分からない。まだ文化的意義がどうとか、芸術がどうのこうの、自分の内なる衝動がどうのこうのと語ってくれた方がマシだ。取材班はそれから、街の外れにある海鮮料理屋に連れて行かれた。魔王を取材し始めてからと言うもの、とにかく彼はご飯を食べてばかりである。
魔:それはだって、花園さんが無理やりカレーを食べさせるからじゃないですか!
花:庶民アピールもしとかなきゃですよ。初対面の人間に”世界征服は一つの生き物だ……”って俯きながら暗い顔してブツブツ言われるのと、”私はカレーが好きです”って言われるのと、アナタどっちを信用しますか?
魔:それは……カレーかなあ……?
花:でしょう? 大将、シーフードカレー二つ! 大盛りで!
将:はいよ!
魔:私のせいにして、花園さんが食べたいだけなんじゃ……あいた!
□リスクだけに怯えてリターンに目を向けないのはもったいない□
魔:これからのファンタジアは、やはり異文化交流が肝になって来ると思うんです。花園さんのような異世界からの来訪者も、これからどんどん増えて行くでしょうし。それは裏を返せば、外の世界からの脅威も増えると言うことです。もはや魔族が魔族だけで、人間が人間だけで暮らしていけた時代は終わろうとしてるんじゃないかと……。
花:エビが美味しいですね。
魔:長らく続いた戦争の調停、人と魔族の調和。それは、征服者として目指すべき一つの目標なんじゃないかと思っています。今は争ってる場合じゃない。お互いの特性を活かせば、きっとより良いものができると思うんですよ。
花:ヤバイ。イカもイケる。
魔:もちろん、リスクだけに怯えてリターンに目を向けないのはもったいない。異世界交流は、きっとファンタジアにも革新的な魔術発展をもたらす一つのきっかけに……。
花:うっそ!? タコも美味いじゃん!
魔:ダメだ……せっかくこの間から真面目なインタビューになってきたと思ってたのに。食べ物が絡むと……。
花:大将! カレーお代わり! エビイカタコ増し増しで!!
将:はいよ!
ーーあまりにシーフードカレーが美味しすぎたからだろうか。途中、魔王はなぜか頭を抱えていた(写真19)。弾力のある歯ごたえ、舌触りが心地いい吸盤、プリップリの身……。この街で海鮮料理屋『アムール亭』を営んでいる大将、クラーケン武田さんにお話を聞いてみた。
□お客様には、その日に獲れた新鮮なものをお届けしたい□
花:この魚介類は、みんな大将が獲ってるんですか?
将:おうよ。朝三時くらいから街の周りをあちこち泳いでな。その日に獲れた新鮮なモンをお届けしてえからよ、一日分の客の量をかき集めんのさ。
花:毎朝一日分ですか。それは結構な量になるのでは?
将:そうさね、大体毎日五〇〇人から千人は客やって来るからよ。当然それだけの魚は獲らなきゃならねえなあ。
花:千人! それは大変ですね!
将:なあに! こちとら生まれた時から海の中だからよ。それくらいは朝飯前さ(笑)! それでも足りない時は、自分の足をちょいと……。
花:ゲフン、ゲフン! すばらしいですね!! 大将が毎日頑張ってくれるおかげで、こんなに美味しい料理が食べられるわけですね! このタコなんかは特に……。
魔:ちょっと……ちょっと待ってください。
花&将:?
魔:私のインタビューじゃなかったんですか?
花:ああ。
魔:ああじゃなくて。
花:だって魔王さまのお話、退屈なんですもん。ちょっとお堅いって言うか……。
魔:それでも、私に話を聞かなきゃおかしいでしょう。
花:しょうがないですね。それでは、魔王さまには今から大将と対決してもらいましょう。
魔:はい?
花:題して、『シーフードカレー踊り食い対決』!!
魔:またですか。
将:なんでい? その踊り食い対決ってのは?
花:ルールは簡単。お二人には今からシーフードカレーを出来るだけ口の中に詰め込んでもらい、飲み込まずにブレイクダンスを踊ってもらいます。
魔:えっ!?
花:どちらがより多く踊っていられるか!? 魔王さまが勝ったら、インタビューを再開します。
魔:踊り食いって、そんな奴でしたっけ……?
花:もし大将が勝ったら、大将はこれから魔王さまの仲間に成り下がってください。
魔:……私の仲間になることを、さも悪いことのように言うのはやめてくれませんか?
将:おう。なんだか良くわかんねえが、勝負事とあっちゃあ負けらんねえ。望むところよ。
ーーこうして、魔王の熱烈なリクエストで急遽始まった『シーフードカレー踊り食い対決』。一度で良いから子供の頃の憧れだった魔王さまの仲間になってみたかったと、クラーケン武田さんは取材班に熱く夢を語ってくれた。果たして勝利はどちらの手に!?
□三分後□
将:ああ。いっけねえ。うっかり飲み込んじまった。
花:はい! 魔王さまの勝ち〜!
魔:…………。
花:おめでとうございます。魔王さま、今のお気持ちをどうぞ。
魔:この間から全然納得いってないんですが……どうもわざと勝たされて、わざと持ち上げられてるような……。
花:そんなことないですよ。エビのコスプレ、きっとお似合いだと思いますよ。
魔:えっ!?
花:それではどうぞこちらへ……。
魔:何ですか? エビのコスプレって?
花:本日はありがとうございました! ではまた次回!
(文:高宮第三高等学校新聞部・二年三組 花園優佳)
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