魔法事故の記憶(藤鞍春華)
藤鞍春華の意識は五年前の事故に引き戻されていた。
それは約五年前。小学校六年生になってそれほど経ってない頃。彼女がまだ魔法特別クラスにいた頃。今と違って魔法が自由に使えた頃。
その日、春華は朝からニコニコしていた。数日前、今日の魔法の時間に実演をお願いされたのだが、そのことを考えると嬉しくて仕方ない。みんなの前で自分の魔法を見せられるなんて、ウキウキする。お父さんが魔法の個人レッスンをしてくれる家庭教師を付けてくれたんだもの。本当はいけないことなのだけど、自宅で練習してきた成果を披露できる。自分の魔法には絶対の自信がある。みんなをあっと言わせるんだ、と想像して思わずにやけてしまう。『いけない、いけないこれではお嬢様失格ね』、と心の中でつぶやいて真顔に戻る。
そのとき、降りるそぶりのない春華に運転手の市原が優しく声をかけてきた。
「春華お嬢様、学校に着きましたよ」
自分の世界に熱中していたせいで学校についたのに気が付いていなかった。市原は運転する黒塗りの大型セダンから降りて車の左後部に回りドアを開ける。
「あ、はい。
今日もご苦労さまです。いつもの時間にお迎えお願いします」
春華は
「はい、春華お嬢様。
では、いつものお時間にお待ちしています」
市原は、ドアを閉めならがお辞儀をして、依頼を受けたこと表す返事を返す。春華が学校の門をくぐり姿が見えなくなってから、市原は車に戻り発進させた。
藤鞍春華は、藤鞍家の次女で先天的に魔法が使えたため魔法特別クラスに通っている。魔法特別クラスは、先天的魔法使いの児童が魔法事故を起こさないように監視と訓練のために設けられており、国家が運用している。
今日は、月に一回の魔法実演授業の日だった。これは、児童に魔法の実演を見せて興味とやる気を起こさせるために設けられているが、児童自身による実演の栄えあるクラス一番目に春華が選ばれたのだ。裕福な両親は、高額の家庭教師(魔法使いは数少ないのでとても高い)を付け、上流の末席というプライドと家業(権力者向けの占い師、よく言えばアドバイザーと投資家)のため、春華姉妹の教育にはお金を惜しまなかった。そのおかげで、いつも自宅で魔法の練習をしているのだ。本来は学校の特定の場所以外での魔法行使は禁止されていたが、有資格の家庭教師がいる場合は黙認されていた。
やっと待ちに待った魔法の時間になる。
「今日は魔法を実演してもらいます。藤鞍さんこっちへ」
春華は先生の隣に歩み寄る。自分の魔法に自信を持っているのでニコニコしている。
「さあ、みんな集まって。」
先生が椅子から立った児童たちを部屋の前方にあるブースの周りへと集める。
子供達は移動しながら、1.5m四方ほどの空間を期待を込めて見つめている。ふざけあったり小声で囁きあったりなかなか落ち着かない。その中には
「静かにしなさい。そこもうちょっと離れて!
絶対、外側の線よりに中に入っちゃダメだからね」
先生が強い口調で注意する。白線で区切った四角いエリアから子供達が十分離れるように叱る。いつもは優しい先生の厳しい声に子供達は言われた通り、50cm以上離れた外側の白線の前で座り込んだ。先生は、子供達を確認すると手に持っていた動物の置物をエリアの四隅に置いてそれぞれ杖を触れ結界の準備をする。それから、部屋の反対側に立っている補助の魔法使い(未熟な子供たちを守るため実習授業には補助がつく)の二人と目で会話を交わした。
「それじゃあ、藤鞍さん。魔法のお手本をお願いね」
教師は、子供達が十分結界から離れていることを確認して春香に声をかけた。
「はい」
春華は、教師から20cmくらいの細身の杖を受け取る。そして、かすかに微笑んで周りを見回し、右足を後ろに少し引き軽く膝を曲げ腰を落として優雅なお辞儀をしてから、白線を超えて結界内にゆっくりを歩いて行く。いつも自宅で練習しているものなので魔法には自信がある。みんなの前で行使するのは初めてなので少し緊張はあるけど、それが集中力を高めた。成功したイメージを浮かべると自然とほほが緩くなる。
彼女が白線を踏み越えても何事も起こらなかった。次に、教師が自分の杖を握り、軽く目を瞑り小さな声で数言つぶやく。すぐに目に見えない白い光の壁が立ち上がり、続いて薄い緑の光に結界が包まれた。魔法感受性に優れたその場の約十名には、それは現実として目に見えた。結界は魔法が暴走しても周りに影響がないようにするためだ。子供は未熟なため暴走することがあるからだが。と言って、魔法の使える児童に魔法を禁止しても問題は解決できない。それよりも、早熟な子供たちに自分の力を自覚し、コントロールするように指導することも魔法特別クラスの目的のひとつだった。
「…………」
手に持っていた数枚の10cm四方の紙を床に置いてから、姿勢を元に戻し背筋をまっすぐに伸ばす。体はリラックスさせつつ杖を軽く持ち、先を紙に向け小さな声で呪文をつぶやく。
「万物を構成する精霊よ、われ藤鞍春華の求めに応じ、形象を生じたまえ」
小学生とは思えない文章がその口から流れる。呪文の言葉そのものは力を持っているわけではなく、言葉の意味により無意識の世界に存在する魔法演算領域に何をすべきかを送り込むのである。魔法記号論に基づく呪文(魔法式)は高校生になってから習うことになっていて、小学生のいまは意味のある文章が呪文になっている。
彼女の呪文に呼応するように紙が目に見えない光に包まれてゆっくりと浮き上がる。彼女が軽く杖を振ると紙切れはクシャッと潰れ細かい紙くずになるが、続けて杖を振るとふわりと膨らむように動きやがて妖精が造形された。春華は、よく読んだ絵本の伝説の妖精が好きだったのでその形を造形したのだった。
紙細工でできた妖精が彼女の杖の動きに合わせて飛び回ると歓声が上がった。
「スッゲー」
「さすが春華ちゃんだねー」
「すごーい藤鞍さん」
悲鳴に近い感嘆の声が上がる。口々に賛辞の声を上げ、子供達はよく見ようと押し合いをする。もう、感動と好奇心で大騒ぎである。小学校六年生でここまで出来る子はそうそういない。初めて目に見える魔法の実演を見る子もいる。
「見えないよう、どいてよ」
見えないので下から割り込んできた子に持ち上げられて耕輔がバランスを壊してふらつく。焦りの表情を浮かべた先生が叫ぶ中、ふらつきながら耕輔は二歩進んで倒れこむ。そのまま結界に頭から突っ込んだ。春華の悲鳴とともに結界が消え二人とも倒れたまま動かなくなった。
「藤鞍さん、矢野くん」
先生が焦って声をかける。気を失ったままの二人はそのまま入院したのだった。
そうして気がついたときには春華は魔法が使えなくなっていた。
構築されていた結界は内から外に向けて事象を固定するものだった。それが外からの力を受けて内側に向け事象固定の圧力が生じ、中の春華を巻き込みあわやというとこで結界は解除された。そのときの後遺症で春華の魔法演算領域への
そのときのことを思い出してうつむいてしまう。もう割り切っているし、今更考えても仕方がないことなんだけど、そのときの記憶が意識の表層に浮かび上がると気分が沈むのは仕方がないことだった。
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