沼地の魔物
それからしばらくして急に天候が悪くなり雨も降り出した。
街道がやや開けた場所に差し掛かる。その少し前から玲奈の落ち着きがなくなりしきりに羽ばたいたり『この先に何かいるよ』と騒いだりしていた。手綱を握ったクラクも警戒してぬかるんだ道をゆっくりと進んでいる。バーデンは後ろから時々馬車を押したりしながら徒歩で付いてくるが雨に打たれ寒そうだ。
街道の右側が平坦な沼地のようになっておりその先五十mほど先に切り立った岩肌が見えている。左側は緩やかだが崩れやすそうな斜面でその下に川が流れているのか水音が聞こえる。
沼地は暗くほとんど真っ黒で中心はいくら目を凝らしても何も見えない。見つめるとと
一行はなるべく近寄りたくなかったのだが道すがら仕方なく、そこに最も近づいたときに沼地に動きが生じた。
輪郭の見えない中心部分に形が生まれ這い出してくる。
十m以上はある全身がほとんど黒に近い緑色の鱗に包まれたトカゲのような形の生き物がのそりと現れる。
いや生き物とは思えない、魔物としか言えない形をしている。真っ赤な瞳の目が両側に二個ずつ、首の横には長い触手が四本両側に生えており獲物を求めてゆらゆら動いている。沼の岸まで後少しのところで魔物は魂の奥底に響くような不安を掻き立てる鳴き声をあげた。
「ギャーギャー」
玲奈フクロウが叫び、馬車の中を飛び回る。
アギーも青い顔をしていた。後で聞いた話では、その魔物のことは知らなかったが、本能が恐怖を感じていたそうだ。
「あれはなんだ」
魔物の赤黒い口から絞り出すように響き渡る鳴き声に裕司達は
車輪がもげそうな音を立て、ものすごい勢いで駆けていく。
馬車の中の五人は立つことも座ることもできず、ただ揺れに
頭を天井に打ちつけながらも、御者席を覗き込んだ耕輔が悲痛な声を上げる。
「御者が、クラクが落ちた。やばい馬がそのままだ」
ライリーが悲鳴を上げる。ファーファは隙間から無理やり御者席に転がり込んで手綱を締めた。馬へ落ち着くように掛け声を掛け続ける。それでも馬は言うことを聞かない。速度はそのままに突進した。
「まずい、このままじゃ川に落ちる」
ファーファの絶望の声が響いた。
そのとき、耕輔の首にしがみついたアギーの体が鈍く光りだす。そのせいか馬が鳴き叫び止まろうとする。しかし、勢いがついた馬車の速度は急には落ちない。馬たちの足並みが合わない。馬車のいく先には切り立った岩肌が壁となっていた。
馬たちの悲鳴が響く中あわや激突と言うところで馬車はギリギリで止まったのだった。
その途端、岩肌は消え失せ谷間に続く街道が見えるだけになった。アギーの認識阻害の魔法だった。目の前に岸壁を見せることで馬はギリギリで突進を止めたのだった。ほとんど止まるまで速度を落とし、しばらく走ってから完全に止まった。
馬は荒い息で落ち着かずに足を踏みならしている。それをファーファが必死でなだめやっと馬は落ち着いてきた。
「アギー、サンキュ!助かった」
耕輔がアギーに礼を言った後、続けて叫ぶ。
「すぐクラクを探しに行かないと」
合わせるように祐司も大声で答える。
「バーデンも置いてきた。
やばい、あの魔物に襲われているかも、助けに行くぞ」
馬車から飛び出し雨の中を走り出した。
「ファーファ、馬車を回してここで待っていて、後で呼びに来る」
ファーファに声をかけて耕輔も馬車から飛び出し駆けていく。
しばらく走るとクラクが見つかった。
先に着いた祐司が介抱している。泥だまりに落ちていたので、怪我はないようだが強く体を打っているらしく、しばらく動けそうになかった。
そのとき、あの鳴き声が聞こえた。
慌てて振り向いた二人が見たのは、口を開けトカゲ走りで体を左右に振りながら襲いかかってくるトカゲの魔物だった。耕輔がカバンに手を突っ込み『楽器』を握りしめる。間をおいて、頭上から幾本もの稲妻が魔物に降り注いだ。
魔物は突進をやめて立ち止まり、頭上を見上げ口を開ける。続けて更に稲妻が降り注ぐが魔物は平然としている。ダメージを受けていなようだった。
むしろ、喜んでいるかのように見える。
「こいつめぇ!これでどうだ」
耕輔が自信を込めて突き出した
耕輔は亜然としながらも、諦めずに次々と雷撃やプラズマを繰り出すが全て無効化されてしまっていた。
「信じられない」
呆然としている耕輔の耳に裕司の怒号が響いた。
「耕輔!引け交代だ」
その怒号とともに祐司が走り込み、シャイニングブレードを
「祐司!危ない」
そこに耕輔の叫び声が上がる。
考える前に転がり身を
すぐに泥だらけの体を起こし次の行動に備える。
祐司は剣に視線を落とす。更にボロボロになっていた。そのうえ体に違和感があり、見ると腹の部分の防具も剣同様にボロボロになっている。
シャイニングブレードが効かない。原因がわからない、それほど使い込んだ魔法じゃないからか? 剣がボロボロになるのも異常だ。防具もどうしたことだ。
悩む余裕はなかった。
呆然とし判断に遅れが出ていた裕司を狙い魔物が迫る。
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