出発

「カンピスマグニねぇ」


 ファーファが教えてくれた話では、アギーにも聞いていたけど、この世界の魔法の不均衡ふきんこうで起きている災厄のため、こことカンピスマグニの間にある山岳地帯が通れなくなっているらしい。


 戻ってきた商人の話では、見たこともない怪物や亡霊のような化け物が跋扈ばっこしておりとても街道を通れなかったそうだ。

 いままで見たことのない化け物を見たからといって、それを災厄に結びつけるのもどうかと思うが伝聞では如何いかんともしがたい。


 ファーファに聞くところでは、その街道を通らないルートは随分な遠回りの上に沈黙の森を通らないければならないとのことだ。

「何かあるかもしれないが、街道を行ってみるしかなさそうだな」

 祐司と耕輔は視線を交わし頷きあった。

「そうだね、かなり遠回りになるというし、沈黙の森を通るのは避けたいしね」


 そう言っているけど、耕輔は少しでも早く春華の元に駆けつけたいのではなから遠回りの選択肢はなかったのだが。

「そうと決まったら準備しないとね。

 一週間以上の食料も必要だし。そうすると荷物持ちもいるな」

 ファーファは立ち上がり嬉しそうに計画を立て始める。

「まず父上に旅行のお許しをもらわないと!」

 そう言って部屋を出て行ってしまった。


「祐司、ファーファもついてくるの?」

 立ち上がり、机越しに祐司を問い詰める。

 驚いたような呆れたような顔をしている。

「これから、怪物がいるという場所に行くというのに、野宿もするかもしれないよ。

 しかも女の子でしょ。

 まずくない?」


 祐司は今までにないくらい不味まずいものを食ったような顔をしている。

「そうなんだが、さっき説明したように、教えられる技は教えると誓約しちまったんだ」

「だったら、ここにいる間だけと条件をつければよかったじゃない」

 耕輔はあきれ返っていた。


「しかしだ、ファーファの事情を聞いていたので断れなかったんだ」

「ボーイッシュといっても女の子でしょ。

 領主の父親が許すわけないよ」

 祐司も困っていた。


 現実的に言って、守る相手が増えるということは戦いでは不利になる。

「さっきから聞いていたら、ファーファが女の子だから困ってるみたいだけど」

 声に不機嫌が混じっている。

 祐司と耕輔は同時に口に出さずしまったと思った。

「わ・た・し・も女の子なんですけど」

 声が完全に不機嫌色に染まっている。


「あ、いや。忘れていたわけでは……

 いたいいたい!

 やめて髪の毛ひっぱるのは、忘れていたとかそんなじゃなくて。

 アギーは魔法も使えるから頼りになるけど、ファーファはお荷物になるねって話だから」

 耕輔の苦し紛くりしまぎれの言い訳はアギーには有効だったようだ。少し機嫌が直っている。

「そうね。それがわかっていればいいのよ」


 耕輔からはアギーの顔は見えないが、雰囲気が柔らかくなったのは分かったのでホッとしていた。しかし、祐司は耕輔の言い訳を聞いた途端ドアに飛びついて、そおっと開けた。外の様子を伺いファーファがいないことを確認して胸を撫で下ろしたのだった。



「えっ!許しが出たの!」

 耕輔は喫驚して思わず大きな声を出し慌てて口を押さえた。

 いま四人は食堂で話をしている。


 時間が遅いせいで食堂には他に人はいない。この辺りでは、時刻にしたら午後三時ぐらいには夕食はり終わってしまう。いまは夕闇が迫る時間帯、時刻にしたら午後五時少し前くらいだろうか。


 食堂の長テーブルの端に耕輔と祐司は向かい合って、ファーファは祐司の隣に座っている。アギーはいつものように耕輔の頭の上だ。玲奈は食堂には連れてこれなかったので祐司の部屋で留守番している。


 今日は遅くなってしまったので取りえず夕食を摂りながら相談することにしたのだった。

 昨日、裕司がやって見せた魔法のデモンストレーションが効果あったようだった。腕前は信用してもらえたらしい。その話に耕輔が興味をもって詳しいところを聞き出そうとするが、裕司は自分の手柄を吹聴するようで、口が重い。


 その様子を見たファーファが嬉しそうに話し始めた。裕司は渋い顔をするものの止めようとはしなかった。


 館に来てすぐに祐司はファーファに連れられて館の主人に拝謁はいえつした。あまり待たされたなかったのは、シャイニングブレードの噂がもう耳に入っていたからだろう。


 謁見室えっけんしつは八畳間ほどの広さで思ったほど広くはなかった。部屋の奥に一段高くなっている場所があり、そこの重厚な椅子に五十代始めくらいの男性が座っていて、興味深そうな表情で裕司を見ている。


「神河裕司殿、魔法学園高校所属、神河流継承者、シャイニングブレードの使い手です」

 きわに立つ従者から紹介される。

 紹介の内容はあらかじめファーファに伝えていたものだ。


 祐司はしっかりと正面を見つめながらも視線を微妙に下げる。そのまま、ももに手を付け腰を45度まで折りまげて礼をした。主人はその挨拶が見慣れないのか怪訝けげんな顔をしていた。そのうち、軽く頷いて礼を返してきた。

「ご紹介にあずかりました、神河裕司と申します。

 この度は、拝謁の機会をいただいて光栄に存じます。

 逗留とうりゅうの許可もいただきありがとうございます……」


 拝謁そのものはさっさと終わった、シャイニングブレードの演武を約して。

 宛てがわられた部屋に荷物を置いて、くつろぐ間もなく歓待かんたいの宴席に引っ張り出された。


 祐司はシャイニングブレードが最も映える演出をした。

 異境にあっては若くて未熟だとみられる自分にとって、力を見せるのはめられないために必須だと思い知っていた。

 大道芸人のジョルジオとのやり取りで学んだ。とにかく力を見せたほうが話が早い。


 もちろん全てを見せる必要はないし、つもりもない。

 つまりこの世界は、力を正直に認め評価し敵味方がはっきりする。祐司にとってわかり易い世界であった。


 宴席は食堂にもうけられていた。食堂は30畳ほどの広さでテーブルがコの字型に並べられている。普段なら食堂は一族と主人のお気に入りだけで使用している。

 いまは、中央に主人が座りそのテーブルに身なりが如何いかにも上流階級を思わせる人々が左右に並んでいた。

 祐司は主人からみて左側のテーブルの端に席を与えられていた。ファーファはそこから離れた主人のそばに座っていた。


 話しているうちにファーファは興奮してきたのか声が大きくなる。

「ああいう宴席に臨席させてもらったのは、初めてだったんだ。

 それから、そのあとのユージの演舞がすごかった」

 早口になりながら続けた。


 テーブルの配置の開いた場所に小さめのテーブルがあり、金属性の兜が置かれていた。その向こうには槍が二本左右に旗立台に建てかけられ、さらにその奥の左右に二人が長剣を中段に構えていた。鎧も置いてあった。


 裕司は立ち上がり一礼する。

「我が技がご尊眼のたのしみとなれば光栄のきわみであります」

 剣を抜いてテーブルの前に立ち、剣を構え仕草と補助魔法式をつぶやく。


「さて、ご覧あれ」

 途端、鈍い鉄色の剣が鏡面の輝きを放つ。

 回りから感嘆の声が漏れる。口々にあれが伝説のシャイニングブレードかとか、確かに輝いているなどの声が聞こえる。


 祐司はそれらの声を頭から追い出し目の前に集中する。気合のもと一刀で正面に置いた兜を台座ごと真っ二つに叩き割り、背後を振り返りつつ左右に立てた槍と使用人にもたせた剣をふた振りで叩き折る(正確には叩き切る)。そのままの勢いで大きく振りかぶると鎧も真っ二つに叩き切った。


 一同立ち上がり感嘆の声と拍手が起った。拍手はしばらく鳴り止まなかった。


 実際のところ、その後祐司は腕がだるくなっていたがそのようなそぶりは見せないようにしていた。これは彼に力がないからではなく、剣の慣性質量を大きくして、それがわからないように振り回していたせいだった。


 シャイニングブレードは決して刃こぼれも折れたり曲がったりもしないが、単に鋭いだけでは鎧兜や剣を次々に切ったりはできない。それだけでは、切り分ける途中で刃が止まってしまう。それなりの慣性と勢いが必要であった。祐司は心の中で慣性のコントロールをもう少し工夫しないとダメだなとつぶやいていた。


 祐司は一礼して自分の席に戻った。ファーファが熱っぽい目つきで祐司に駆け寄り声をかけてきた。

「お見事、やっぱりすごいなあ。

 鎧兜や剣を軽々と叩っ斬るんだものな」


 女子だとわかったファーファに熱い目で見つめられて祐司はドギマギしてしまった。もちろんファーファは魔法と技に感動していたのであって、祐司のドギマギは的外れである。そこは、あまり女子と接することのなかった祐司にはわかろうはずもなかった。


 それからは楽師の演奏や大道芸人の演技などが披露され、宴席は盛り上がっていった。祐司の試技もそうだが、まあ切っ掛けはなんでもいいわけで宴席を設ける理由が欲しかったのだった。



 ファーファの話が一段落すると耕輔は感嘆の声を上げた。

「おお! 凄いな。

 裕司の技と魔法もすごいバージョンアップされてんな。

 そうだよ、巨人にも勝ったんだんもん」


 それからは、今後の道行きについての相談になった。

 そして、四人+一羽+その他(護衛二人とファーファのお付きの三人)のパーティが決まったのだった。

 出発は明日の朝一だ。


 祐司と耕輔はこの辺りのこと、カンピスマグニまでの道すがら注意することなどをわかる限り教えてもらったのだった。

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