フクロウ便

 耕輔は肩の玲奈に話しかけた。

「なあ、玲奈いい加減肩重いんだけど」


 耕輔は、今は玲奈をいつもの『川原さん』ではなく『玲奈』と呼んでいる。玲奈は前から自分を名前で呼ぶようそくしていたのだが、恥ずかしくて名前で呼ぶことに抵抗があった。今はフクロウだし抵抗感がなくなっている。


 眠そうにしてる玲奈が返事をする。

「玲奈、フクロウだから、昼は眠いの」と言いつつもふわりと舞い上がり耕輔の頭に留まる。今度はフクロウだって言ってるよ、なんて耕輔の余裕は次の瞬間悲鳴に取って代わられた。頭の上のフクロウは妖精と同じとはいかなかった。


「いたい、痛い、爪が刺さる。

 お願いやめて痛い」

 玲奈はすぐに飛び上がって反対側の肩に止まった。耕輔は頭を撫でながらぶつぶつ言うのだった。



「自分の翼があるだろうと言う意味だったのに」

 耕輔と玲奈は見渡す限りの草原を割って伸びる幅二m程の街道を歩いていた。右も左も草原が広がっている。いまは春なので枯れ草を押しのけて緑が広がり、花々が咲き誇っている。街道はところどころにある緩やかな丘を避けるように緩やかな蛇行をしつつ遠くまで伸びている。その道の先には、重なる丘に隠れるように白く輝く街が春の陽光を浴びて明るさをいや増して輝いていた。


 その時、空を大きな影が横切る。

耕輔はこの世界にも飛行機があるのかと思い振り仰いだが、その正体が分かって硬直してしまった。


 それは巨大な翼を持つトカゲいや恐竜と言っていい。

「あれは?

 もしかしてドラゴン?」


 玲奈は耕輔の肩で細くなっている。

 ドラゴンはゆっくりと羽ばきながら遠ざかりそのうち見えなくなった。この世界にはドラゴンがいるというのだ。大きさは二十メートル近くあった。

「なんでもありなのか、この世界は」と独り言ちる。


 気を取り直して歩く速度を速める。耕輔の心ははやっていた。

 今朝、玲奈から衝撃情報がもたらされた。ついに春華の居場所が分かったというのだ、それ以外のことも。アウローラを目指してもう街が見えるところまで来ている。


 それは、太陽が東の地平から登らんばかりの頃にもたらされた。

「耕輔。

 玲奈、春華見つけたよ」


 この村(ブレヴォン村に限らないのだが)では夜の訪れとともに床に就き、空が白み始める前には朝の支度が始まる。

 耕輔も早くに目が覚めてベッド(といっても板切れを組んだ上にわらを敷いてシーツを掛けた粗末なものだが)に腰掛けてこれからの予定を考えていた。伸びをしていたら、散歩から玲奈が戻ってきた。

 玲奈の言葉にはじかれたように立ち上がり側に駆け寄る。


「それで、どこにいるの」

「うーん、見たわけじゃない。でも、玲奈には判る。

 ずーっと先の塔のような場所に春華を感じる」

 具体的じゃないので若干の失望感を覚えながらも、これからの行動を決めるための重要な情報だった。


 玲奈はさらに続けた。

「それから、祐司もいたよ。

 祐司はここから離れたトコにある街にいるよ」

 そこまで喋ったところで玲奈の雰囲気が変わった。


 キョロキョロと周りを見回した後、耕輔の顔をじいっと見つめ、それから語りかけてきた。

「矢野くん?

 私、玲奈。

 わかるかなぁ」

「はあ?

 最初から玲奈だろ?」

 耕輔の頭の上に大きな?マークが立つ。


 玲奈は首を傾げて何かを考えていたがハッと気がついたのか

「ああ、本物の玲奈よ。

 今は意識的にリンクしているの」

「じゃあいつもの玲奈は? ニセモノ?」

「ニセモノって、違うって。

 どっちも玲奈なの!

 そうじゃなくって。

 もう! いまの玲奈はこっちの世界のオリジナルが喋ってるの。

 これでわかる?」


「えー! いつもの玲奈はオリジナルじゃなかったのか?

 それでかぁ。いつも以上に変だったもんな」

 耕輔はあまりに意外だったので思わず本音をいってしまう。


「玲奈、変じゃないもん」

 耕輔に飛びかかってつつくことつつくこと。

「わあ、ごめんごめん」

 耕輔は、内心本当のことなのにと納得できないながらとりあえず必死に謝った。


「で、何がどうしたの、オリジナルの玲奈っていうのはわかったけど。

 それ以外は訳わかんないよ」

「矢野くんが悪いのよ。変なこと言うから……」


 玲奈は元々止まっていた椅子の背にふわりと音のしない羽ばたきで飛び戻る。そうして元の世界で3(4)人の状態とこの二日にあったことを伝える。

 耕輔はこの世界で目が覚めてから玲奈に会うまでのことを手短に伝えた。


「うん。

 こっちの世界はいつも見てるわけじゃないよ。でも、なにが起きたか、こっちの世界で玲奈がどんな経験をして何をしたかわかってるの。

 不思議だよねー」


 耕輔はほうけたような顔で疑問符を浮かべている。

「じゃあ、玲奈はフクロウになってつながってるけど常にこっちの世界を見ている訳じゃない、けど意識的に見ていない時のことも全部覚えてるってことなんだ。

 それは不思議だね。

 なんだろう、無意識界でコントロールしているのか。

 確かに、意識的につながっている今とは違いへ……、雰囲気が少し違うけど」


 耕輔は、際どいところで『変』と言わないですんで、ちょっとホッとしていた。玲奈は判っていたが気がつかないふりをしてあげた、と心の中でつぶやく。

「余り突っ込んでも話が進まないものね」

 勘弁してあげたと言うのが彼女の理由だった。


 そんなことに気がつくはずもなく耕輔は素直に話を続ける。

「それじゃなんだい、僕ら三人はベッドに寝たままなのか。

 信じられない。この体験が夢?」

 耕輔はさらにほうけた顔をして玲奈と向き合っている。


 しかし、玲奈は思うところがあるのか大きな目玉でパチパチとまばたきし話を続ける。

「それは違うかもしれない」

 耕輔のほうけた表情がいぶかしげな表情に変わる。

「玲奈は、いろんなとこ見に行ったのよね。

 それで判ったの、担当の原田先生も同じ意見なんだけど、

 そっちの、えーっとこの世界は実在しているんだと思う。

 この世界は細部にわたって本当にリアルな実在感を持っているし。玲奈の魔法でもこの世界が実在しているって感じている。

 玲奈も魔法力が強くなってるんだよ。

 まちがいない」


 耕輔はベッドまで戻って腰掛け直し、あたまを左右に振った後で腕を組んで悩みこんでしまった。


「ちょっとまって、混乱してる。

 僕らのからだは元の世界でベッドに横になってるけど、意識はここにいて感じ考えている。

 そして、この世界は実在していて、このからだも実在しているよね?

 でも、元の世界のからだとは違うの?

 魔法的につながっているって言われても」

 頭を抱えてうめくようにつぶやく。


「いっその事、夢だと言われた方がすっきりする。

 それで、玲奈とその原田先生はこの世界は実在していると考えているんだよね」

 天井を見上げ腕を伸ばし膝を抑えた格好で目を瞑りうなっている。

 しばらくその格好でうなっていたが、振っ切れたのか目を開いてベッドに倒れ込んだ。

「あー、わかんない。でも考えてもしょうがないや。

 考えてもここにいる自分は変わらないし。

 ほっといても元の世界に戻れるわけじゃなさそうだし。

 予定通り藤倉さんを探してみるしかなさそうだね」

「うん、玲奈も協力する」


 そうして、早々に村長とヒッコルに挨拶してアウローラに向けて出発したのだった。何も考えていなかった耕輔に水や糧食まで用意してくれた。恐縮しつつも感謝もそこそこに旅立ったのが心残りだ。耕輔は途中なんどか振り返りながらも前を向いて足早に歩いていくのだった。


  —— ☆ ☆ ☆ ——


 祐司はここ二日できなかった朝の鍛錬たんれんの遅れを取り戻すため、中庭のすみを借りて午後多めに剣を振っていた。それは、通常の武術の鍛錬たんれんはもちろんのこと、慣性制御を軸にタイミングやパターンをブックマーク(魔法式で記述して所作で表現する)していった。

 その中でわかって来たが、裕司がやっていた流派では型の動作の中でほんの少し手足の位置や角度を基本と変える所作があったりする。その違いは口伝によってのみに伝えられる。それは十分基本が身について、しかも許された者だけに伝えられていた。


 その秘伝を魔法のブックマークにすると実にスムーズに魔法を乗せた技を繰り出せたのだった。


 元の世界で魔法がほとんど使えなかった頃はいくつか教えられたものの、その意味はわからなかった。しかし、今は教えられたことが理解できる。そして、この時にはこうするのだろうと想像さえつくようになっていた。


 ファーファがやってきてしばらく眺めている。それから裕司に話しかけた。

「変わった構えだね。初めて見た。

 それがユウジの流派なの?」


 剣を下ろし構えを解いて、ファーファに向き直ってから返事を返した。

「そうだよ。俺の家は江戸期の開祖がお留め武術に神道系の儀式を一部取り込んで発展させたものを受け継いでるんだ」

「エド? シントウ?

 なにそれ」

 ファーファは首を傾げて?を浮かべている。


 祐司は、思わずひたいに手を当ててつぶやく。

「そうかぁ、相当する概念がなければそのまま聞こえるのか。

 それに江戸とか知ってるわけないわな」

 ファーファに聞こえるように大きめの声で説明する。

「まあ、先祖伝来の流派ということだ。

 これなら、教えられる」


 本当なら門外不出の技もあるが、弟子みたいなものだからいいよなと、心の中で理屈をこねる。ファーファはそれを聞いてうれしそうに両拳りょうこぶしを握りこんで本当に喜んでいる。


「それで、何か用があったのかい?」

 ファーファは、言われて思い出したのか手のひらをこぶしでぽんと叩いてあわてて喋り始めた。

「そうそう、祐司のいった通りの格好をした若い吟遊詩人が市場で魔法戦士を探しているって情報が入ったよ」

「そうか!

 教えてくれてありがとう。やっときた」


 祐司は剣をしまい急いで走り出す。ファーファはその後を追い駆けた。

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