初めての弟子

 その日、ファルデリア・ア・ファールンは朝から退屈していた。いつもなら、剣術の練習の時間だった。ファルデリアはアウローラの領主の跡取り、剣術など練習する必要はない。春華とは違う理由だったが、数年前に魔法を失っていた。その失望感と焦りから、せめて剣術を身につけようと努力していたのだった。


 その剣術の教師が急用で来れなくなったと連絡が来たのが、昼食も終わり人心地ついて、さてというタイミングだったので、今日はすることがない。

 久しぶりに街に出ることにして、こっそり街に出るときに着るローブを頭からすっぽりと被った。そうでもしないとすぐに声をかけられて鬱陶うっとうしいのだった。


 ―― ☆ ☆ ☆ ――


  大道芸人は祐司を見下し、脅しも兼ねて思いっきり大きな動作で切り掛かってきた。余裕の顔つきでロングソードを振りかぶり、裕司めがけて振り下ろしてくる。避けたらよし、避けきれずに叩き潰されても、それもまたそれだった。『俺を怒らせた若造の末路など知ったことか』だった

 本来ロングソードは重みで相手を叩き潰す武器だ。重量が大きく素で受けたら祐司の体格では受けきれずに潰されてしまうところだ。

 その分、祐司にはその動きはゆっくりと見える。かわすことは十分できたが、あえて剣で受ける。


 剣を合わせると、相手の剣は木の棒より簡単に抵抗もなく両断されてしまった。切断された剣先は回転しながら飛んでいき地面に突き刺さる。離れて成り行きを見ていた観衆から驚きの歓声が上がる。あっけにとられた大道芸人は地面に刺さった剣先と手元の残り半分を見ている。そして祐司の突きつける剣のあることに気がついた。


 喫驚の声を上げる。

「おまえ、それはシャイニングブレードか」

 祐司の持つ剣を舐め回すように見ている。

 大道芸人のその声に観衆がざわつく。

「まいった。

 伝説のシャイニングブレードとは恐れ入った。

 初めて見るがお前の歳で使えるとはこれはまた大したもんだ」

 大道芸人はすっかり戦意をなくし、怒りも忘れて感心している。


 周りの観衆からも感嘆の声が上がった。

「あれが伝説のシャイニングブレードか」とか、

「珍しいものが見られた」

「ダチに自慢できる」などなど。

 感心した観衆にはコインを投げてくるものもいた。


 言われてみれば祐司の構える剣は、魔法によって固有時間が止められている。その境界で、光は金属表面電子と相互作用できず鏡より以上に完全反射する。そのため振り回すと光を反射して輝くので、この世界ではこの魔法はシャイニングブレードと呼ばれているのだった。

「なあ、おまえ俺と組まないか。

 その魔法が使えれば石でも金物でもなんでも切れるだろう。

 これは受けるぞ」


 頷きつつ、伝説の魔法が使えるのに金を持っていない祐司の素性を読み取ったこの大道芸人はくみやすいと見たのか誘ってきた。祐司は、少し考える。

 しかし、ニヤニヤと笑い下心を隠そうともしないこの大道芸人は信用できない気がしてことわった。こういうやつはむしろぎょし易いのだが、年若い祐司にはそもそも荷が重くはあった。


「いや、結構だ。

 とにかく約束を守ってもらおうか」

「しょうがねえなあ、ほらよ」

 コインをひとつ投げてよこす。

「俺は、スタンプ村のジョルジオ、ジョルと呼んでくれ。

 まあ、気が変わったら声をかけてくれ。

 それから足元の半分はお前の取り分にしてやる。

 残りは場所代にもらうぞ」

 祐司の警戒心を解くために、彼としては破格のレートの取り分を示していたが、そもそも別世界から来た祐司にはその意味は伝わらなかったのだった。


 祐司は剣を仕舞いながら反対の手でコインを受け取り、それから律儀に落ちているコインの半分を拾った。

「気が向いたらな」

 あえて強気の返事を返しその場を離れる。

 礼儀をモットーとしている祐司であったが、この世界は相手を見る必要があると学習していた。


 歩き去る祐司に、観衆が近づいてきては賛美の声をかけてくる。中には感動のあまり手の中に金貨を押し込んでくるものもいた。


 広場から十分離れ祐司の周りから人がいなくなると、離れて木の上から見ていたアギーが降りて来た。

「うまくいったね。これならたっぷりご飯買えるよ」

 剣の柄に留まり話しかけてくる。

「私のミルクも買って」

「お前なぁ、途中で花の蜜やら飲んでただろう。

 『妖精のご飯は花の蜜』なんて歌いながら」

 祐司は呆れて返事を返す。

「まあ、いいや」

 など言いながら市場に戻っていく。


 その祐司の後についていく姿があった。小柄でゆったりした薄山吹色うすやまぶきいろのローブを目深にかぶり表情はうかがえない。市場の雑踏で祐司を見失いそうになりながらもこの場所に慣れているのかしっかりと後について行っている。

 祐司は、さっきいい匂いのしていたあたりにたどり着き、見たことのない食材に迷った挙句、焼き焦げ気味の肉とパンの半切れ、木製のコップ一杯のミルクを買った。

 パンは思ったより大きく半分でも十分すぎるほどあった。


 市場の外れで地面に座り込み肉にかじりつく。肉は塩しか味付けはないし、なんの肉かわからなかったが、空腹の祐司にはとてもうまく感じられた。そばでは小さな木のコップに分けられたミルクをアギーが舐めていた。パンは茶色で硬く歯ごたえがあって、特有の酸っぱさがあったがむしろ食べ応えがあり、満足がいくものであった。祐司はこのパンがすっかり気に入って、後々好んで食べるようになったのだった。


 建物の影に身を隠し祐司の姿を見つめるローブの人物。顔はローブに隠れて見えない。そのときローブの覆いフードがずれ顔が覗く。睨むようなあこがれるような目をした少年が、座り込んで食事をしている祐司を見つめていた。


「さて、腹は膨れたがこれからどうするか。

 耕輔とこの大きな街で落ち合えるのか?

 そもそも耕輔のやつここまでたどり着けるのやら」

 話しかけているのか独り言なのか判別できない声でつぶやく。


 ミルクを飲み終わり、満足げな表情のアギーが返事する。

「あのメッセージの少し先あたりでふくろう婆やの魔法の有効領域を出たから、きっと大丈夫よ」

「いや、そうじゃなくて。ここまでたどり着けるのか。

 あいつ地理を知らないだろ」

「ああ、そうか。

 でも、お金あるから宿に泊まればいいじゃない。

 なくなったらさっきみたいに芸を披露して」 

 ミルクを好きなだけ飲めて満足なアギーは妖精らしく、いまは他のことには興味がないのか的のずれた返事をしてくる。


「俺の技は見せ物じゃないんだけどな」

 要領を得ないアギーの返事に疲労を覚えうなだれる。少しだまっていたが、そのまま顔を横に向け話しかける。

「いや、そうじゃなく。

 そもそも耕輔がここまでたどり着けないんじゃ待っても無駄だろ」

「いまはそんなこと心配してもしょうがないよ。

 まずはお腹いっぱいになれたことに感謝してお昼寝しよー」とあくびをひとつ。


 それには返事せず。祐司は正面に視線を戻しそのまま立ち上がる。

 ちらりとアギーに視線を振り無言無表情で警戒を伝え。ゆっくりと市場の品物を見るふりをしながら歩いていく。ローブの人物が隠れているあたりまで近づくと振り振り向き、一足のもと間合いに入り剣を突きつける。魔法でなく歩法で一瞬のうちに移動したのだ。


 動揺のあまりフードが脱げる。そこにはおびえとおのれふるい立たせる決心の色を浮かべた少年の姿があった。

「広場のあたりから視線は感じていたがお前か。

 何の用だ」

 武器を携行していないの見極めると祐司は剣をしまい、警戒を解くため笑顔を作り話しかける。

 しかし、目は笑ってはいない。こっそりと監視されるのは好きじゃない。


「あの、ボクはファーファ」

 歳の頃は祐司と同じくらいに見える。線は細く髪は砂色短髪で瞳は黒に近い濃い緑色、肌は白くなかなかな美少年だった。祐司はそちらの嗜好はないので感心はしたが、それよりも彼が何を語るかに興味があった。


 ファーファは躊躇ちゅうちょを振り払い話を始めた。

「さっきの魔法すごかったです。

 伝説の魔法なんて初めて見ました」

 思ったより声が高い。声変わり前なのか。本人は使と話せると興奮のあまり喋りが止まらない。

「噂通りあんなに輝くんですね。それに切れ味がすごい。

 鋼の剣が野菜のように切れるなんて、ドキドキしました」


 そこまで語って黙る。

 決意を込めた真顔になり祐司の目を正面から見つめる。祐司は嗜好はないものの思わずドキっとしてしまう。『美少年の破壊力もなかなかすごいな』などと心の中でつぶやく。


「でも、カミカワがあの剣士に臆せず立ち向かう姿に本当の意味で感動しました。

 ボクとそんなに違わないはずなのに堂々と引かず気迫を込める姿に感動しました」

 憧れを込めた瞳で見つめてくる。さすがに祐司は照れくさくなって視線を外してしまった。


「お、おう。

 ありがとう」

 この言葉以外思いつかなかった。

 演武や技の披露会などで拍手されたりめられたりすることはあったものの、正面切って感動したなど言われることはついぞなかった。気持ちの置き所がわからず思いっきり動揺してしまう。

 そこは年齢なりの少年であった。


「お願いします。弟子にしてください」

 予想していなかったひと言に、祐司は口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。

「ちょっと、ちょっと待った」

 素のままで反応してしまう。

「俺と同じぐらいの歳だろ」


 そのとき、「いーじゃない弟子ぐらい」

 アギーがニヤニヤしながら祐司の周囲をひと回りして剣の柄に留まる。

「すごい、妖精も初めて見た。

 妖精を連れた魔法剣士だ。

 あこがれる」

「こいつは道の案内をしてもらっているだけで……」

「まあまあ、いいじゃない」

 アギーは楽しくてたまらないと、びっきりの笑顔。


「なにがいいんだか。

 まあ、とにかくだな。俺はまだ修行中の身だし、この世界の……」

 はっと言葉を切る。

「すまないが弟子は取ってない」


 ファーファは失望を浮かべた表情に沈む。

 だがなかなか粘る。

「じゃあ家に来て。

 招待するから、色々と話を聞かせてくれる?」

「それくらいは構わないけど。

 招待といっても会ったばかりで君にとって素性もわからないのにいいのか?

 それに邪魔にならないか」


「大丈夫、さっきの広場の一件はもう噂で広がっているはずだし、伝説のシャイニングブレードの使い手となれば父さまも嫌な顔をしないはず」

「実は友人と待ち合わせをしていて。

 とはいっても場所も時間もわからないんだが」

 ファーファはにっこりと微笑んで返事をする。

「なら、本当に家に来るといいよ。人探しの手配もできるし」


 意外なところから助けの手が借りられる可能性に祐司としても嫌も応もなかった。むしろお願いに近い返事をし、足取りも軽く歩き始めた。ファーファはローブを深くかぶり顔が見えないようにしている。歩いているうちに、そのことにいぶかしさを感じ、すぐ逃げ出せるよう距離を開ける。油断せず無言で後をついていった。

 ファーファはそんなことには気がつかず――気がつくはずもない裕司は後ろを歩いているのだから――スタスタと歩いていく。

 時々振り返り、立ち止まって裕司が追いついてくるのを待っている。やがて行き先が中央の館らしいと気がついて裕司の顔に驚きの表情が浮かぶ。

「あれ?」

 もしかしてと思っていると、かしこまっている歩哨に話しかけてさっさと門をくぐり中に入ってしまった。

 中から笑顔で手招きしている。


 歩哨は訝しげな表情をしていたが、祐司が門に近づくと槍を突き出して裕司を入るのを邪魔した。

「貴様は!

 懲りてないのかさっさと失せろ」

 その声を聞いたファーファが急いで戻ってきて大声で怒鳴る。

「なにやってんの!

 名前、なんだっけ父さまに言いつけるよ。

 その人はボクの招待客おきゃくさま

 無礼だぞ。

 伝説のシャイニングブレード使いだ!」


 歩哨は顔面から疑いの表情を押し殺し、恐れ入った顔を作ってあわてた声で返事をする。納得はしていなかったが、領主の縁者となれば無下むげにはできない。

「手前はそんなつもりは。失礼しました。

 伝説のシャイニングブレード使いとは知らずまったく無礼な事を」

 顔を祐司に向けるが視線には不信の色が残っている。しかし、口からはお愛想が漏れる。

「失礼した。あんたならバラクのストラズクを倒せたかも」


 歩哨のひと言にファーファは驚きの表情を浮かべたがなにも語らず、先に立ち邸内に歩いていく。

 その後ろ姿に懇願する歩哨の声が投げかけられた。

「お嬢さん、お館様には内緒にお願いしますよ」


 ファーファは片手を上げてそのまま振り返らず足取り軽く歩いていく。

 祐司は門を抜けながら

「俺は神河祐司だ忘れるなよ」とひと言口にしないではいられなかった。

 それだけ告げて足早にファーファを追いかけた。


 人の縁とは不思議なもので、この歩哨と仲間となって冒険の旅に出ることになるとは、この時三人とも想像もしていなかった。


 祐司は歩哨のセリフの真偽を確認したくて追いつくなり

「おい、ファーファ。お前」

 言い直す。

「ファーファきみは女子?」


 ファーファは振り返りながら

「ん?

 ああ、そうだよ」

 なんの事を聞かれているか直ぐにはわからなかったのか一瞬間が開いて、そんな事言う必要があったのかと言わんばかりの返答をしてきた。


「えー、そうだったのか」と小声で独り言ちる。

 その声を聞きつけてアギーが耳元でささやく。

「私は判ってたわ」

「なんだよ、教えてくれよ」

「だって、聞かなかったでしょ」


 祐司は無言で抗議するが、そんなものはアギーには効かない。涼しい顔で祐司の肩に留まっていた。

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