病院にて

 玲奈は困っていた。

 友人達が倒れ自分も意識が定まらない。ボーとした意識の下、友人達は大丈夫だろうか、自分はどうしたのだろうと、病院のベンチに腰掛け心ここに在らずでじっとしていた。こんな経験は初めてだった、不安と困惑に振り回されるでなく、薄い現実感の元、言うならただ困っていた。



 耕輔が後悔の海をさまよっていた頃からしばらく前、アンチークショップで魔法アイテムを見ていた頃に時間はさかのぼる。


 その時、玲奈は三人からかなり離れた場所にいた。5mくらいは離れていただろうか、そのため耕輔の軽率さで春華の魔法が発動したときに直接巻き込まれずに済んだ。とは言え、無関係だったかというとそうはいかず体の力を失い床に倒れこんだ。

 少し失神していただろうか、すぐに我に返ったが力が入らず回りのものにつかまりながらようやく立ち上がることができた。

 その時には異変に気がついたマスターが駆け寄り三人の様子を見ていた。


 玲奈も三人が見える場所までなんとかたどり着き様子を伺うと、春華が耕輔に乗りかかるように倒れており、祐司は50cmほど離れて倒れている。三人とも意識を失っているらしく身動きしない。さらに近づこうとしたところで、マスターに制止された。


「離れて。

 あなた、お名前は?」

「川原玲奈です」

 マスターが厳しい声で指示を出す。

「川原さん、もう少し離れた場所で待っていて。

 できれば座っていた方が良いわね」


 玲奈の様子を見て取ったマスターに言われたように少し離れて床に座り込んだ。玲奈は精神探査系の受動的能力が高いのだが、彼女の目には三人の体をつなぐ目に見えない光が見えていた。その光は春華のそばに落ちている魔法アイテムから発し三人を包み込んでいる。細い光が自分にもつながっているのが見えたがどういう影響を与えているのかはわからなかった。


 救急車の手配を指示するマスターの声を聞きながら、「あー、スカートが汚れちゃうなぁ」などつぶやきボーとして壁に寄りかかった。


 玲奈は意識がなかったわけではないが、病院に着いて検査する頃になってようやく意識が少しはっきりしてきたのが自覚できた。

 ここは魔法学園内に設置された魔法学園大学付属病院、魔法使いを診られる病院は本当に少なく都内にもここぐらいだ。とはいえ授業でM領域の理学処理を受ける時にはこの病院にきて処置を受けるので、病院そのものにはなじみはある。


 まず受けた一般検査の結果は異常無しだったが、フワフワする感じが取れない。体の具合とかは悪い感じはないのだが、自分がいる場所にイマイチ現実感が持てなかった。夢を見ているような感覚がどうしても抜けない。こんな体験は初めてだったので不安を抱えて廊下のソファでじっとしていた。待っているように言われたのでボーとしていた。


「川原さん。川原玲奈さん」

 そのうち、看護師が呼びに来た。

 ついていくとそこは三人がベッドに寝かされた病室で、さっきとは違う医師と壮年の夫婦づれが二組と玲奈の母が椅子に座っている。玲奈が部屋に入る気配に気がついて振り向いた。アンチーク店クレシオのマスターもいた。マスターは焦燥の表情を浮かべている。


 玲奈は、母の顔が視界に入るや否や気が緩んだのか母親に呼びかけ走り寄った。「ママー」

 母親に抱きつきしゃくりあげる。

 玲奈はまだ幼さの残る16歳、友人たちが倒れる魔法事故を目撃、あまつさえ自分も巻き込まれているかもしれない、不安を持つのも当たり前だった。大丈夫よママがいるわ、と声をかけられ背中をポンポンとされていると少し落ち着いて来たようだった。


 その様子を見ていた医師が玲奈の落ち着くのを待って自己紹介をし直した。

「私は、先ほど自己紹介しましたが、原田大祐、国立魔法大学付属病院魔法科に所属しております。

 こちらの三名と川原玲奈さんの状況を説明させていただきます」


 病状と言わず状況と述べる。

「その前に、わかる範囲でいいから、今日こちらのマスターのお店クレシオで起きたことをなるべく詳しく教えてもらえるかな」

 なるべく優しい目つきになり玲奈に語りかけた。


 玲奈は、クレシオに入店したあたりからなるべく詳しく説明したが、肝心の魔法の暴発のあたりは見ていなかったので、自分に起こったことと三人の側まで寄ってからマスターに制止されたこと。それから、自分の目(能力)で見えたことを伝えたのだった。


 原田医師は注意深く玲奈の話を聞き頷きながら、要所でタブレット端末にメモを取っている。玲奈の話が終わると端末を側の机の上に置き説明を始める。

「いま、川原玲奈さんに体験をお聞きしましたが、最後に話された三人と川原玲奈さんをつなぐ目に見えぬ光の帯が大変に興味深い」

 ここで、一旦息を切り。


「このような事象は私の知る限り、いままでにないのです。

 川原玲奈さんのいう通りだとすると。

 もちろん本当のことだと思いますが」

 ちらりと玲奈を見てフォローを入れ、続ける。

「こちらの三人の状態をよく理解できます」


 少し、間を空けて結論を告げる。

「おそらく、そちらの魔法アイテムによって藤鞍春華さんの内的世界に三人の精神が取り込まれ、離れていた川原玲奈さんの精神の一部がつながっているのだと思います」


 やはり伝統的に医者は断言しない。実際には違っていたのだが。

 しかし、違っていることはそう問題ではなかった。

「問題は、どうしたらこの状態から脱することができるかの方法が不明なこと。

 三人の魔法M領域が活性状態にあり、全脳魔法演算領域が活動状態にあることです。

 これは魔法を行使している時に起こることです。

 つまり魔法を使い続けているのと同じ状態にあるということなのです。しかし、ご覧のように彼らの周りでは事象改変は起きていません。

 では、いったい何が起きているのか。

 現在種々の方法で調べていますがまだ判明していません」


「よろしければ、後でいいので、川原玲奈さんを検査させて欲しいのですが。

 おそらく同じ現象が起きていると思われます。その上で意識がある川原玲奈さんの結果が解決の手がかりになるのではと期待しています」


 原田医師は感情を表に表さず事実だけを述べていたが、最期のくだりでは希望を表情に乗せて玲奈を見つめたのだった。

 玲奈は目に決意を込めて同意する。

「分かった、友達のため検査受けるわ」

 しかし、玲奈の母親は心配そうな表情を浮かべ医師を問いただした。


「先生、その検査は安全なのですか」

「もちろん、脳波の検査と、

 川原玲奈さんも学校で受けていると思いますが、M領域の量子活性の状態を計測するだけですから」

 それを聞いて玲奈の母親は安心したのか、友人の様子をうかがっている玲奈を優しい顔で見つめている。


「その。

 先生、先ほど魔法を行使し続けているとおっしゃいましたが、

 春華は、いや春華たちは大丈夫なのですか?」

 高級スーツを着こなし上品そうな紳士が——そう紳士という言葉がそのまま当てはまる春華の父親——不安げな表情を浮かべ大きな声で質問する。そばに寄り添う夫人も夫の質問に大きくうなずいている。


「その点ですが、活動度は高いのですが現実の事象への干渉が起きていませんので負担は少ないのではないかと考えられます。

 ただ、この状態が長く続くことは決してよくないことですので、つてをたどりなんらかの方法がないか、国内外の医師や研究者にも問い合わせています」


「そうですか、

 M領域も活性化しているとおっしゃられてましたが、魔法の力が強くなったということでしょうか」

 紳士は顔にわずかな期待がにじんでいる。


 医師はかぶりをふり、こんな時にする質問なのかと内心思いつつも丁寧ていねいに返答した。

「いえ、それはわかりません。全ては意識を取り戻してからと思いますよ」


 慌てて出てきたのか普段着とおぼしき服装の婦人がだまって医師の話を聞いていたが、意を決して質問する。

「私どもは魔法のことはなにひとつわかりません。ですが、この状態が長く続くことは決してよくないこととお聞きして大変心配しております。どんな心配があるのですか。

 この先、どうなってしまうのですか」

 気丈に振舞っているが声が震えている。そのことに気がついた夫(耕輔の父親)が肩を抱いて優しく支え、やはり不安そうな顔で医師を見つめるのだった。

「その魔法アイテムと息子たちがつながっているそうですが、無理やり切ったらいかがなのですか。魔法とかで、結界とかあると聞いていますが」


 原田医師は意外そうな顔をしたが、口の端を軽く上げて答えた

「そのことは我々も検討しました。

 しかし、突然のリンクの切断が引き起こす魔法演算領域へのダメージの可能性を考慮すると、事態はそこまで切羽詰まっているといまは考えていません。

 状況についてはですね。つまり、脳波の状態などから、意識はないものの起きている状態でひとときも休まず数学の問題を解き続けていると思ってください。

 あ、数学の問題は比喩ですが。

 いやそれ以上に集中している状態ですので、いずれ疲労が積み重なり脳に深刻なダメージが溜まる可能性があります。

 そうなる前に我々はあらゆる方法を使い回復させたいと思っています」


 医師は、希望の言葉で説明を結び、玲奈を伴い検査のためにその場を離れたのだった。残された家族たちは、互いに挨拶し連絡先を交換していた。

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