56
「浅野君、大きくなったわねぇ。すっかりイイ男になっちゃって」
「しゅんちゃん! だっこー」
「お父さん、飲んでばっかりいないで、なんか言いなさいよ!」
「波瑠ちゃん、久しぶりねぇ。おばさんのこと覚えてる?」
「ねえ、ビールってまだ残ってたかしら?」
「主役も揃ったことだし、ここらで乾杯といこうじゃないか」
なにが主役が揃っただ。宴会はどう見てももうお開き寸前ではないか。
各自がそれぞれ口々に勝手な言葉を発し、好き勝手に飲み食い動く。テーブルの上には、ビールの空き缶多数と食べ散らかされた料理の残骸。繰り広げられる地獄絵図、もとい、宴会風景に呆れ返るばかりだ。
それにしても、この横断幕。こんなものを未だ隠し持っていたとは、このオバサン、物持ち良過ぎだろう。
「波瑠ちゃん、俊輔も! 座って座って!」
「そうだ。立ってないで早くこっちに座りなさい」
背中を押され倒れ込むようにソファにふたり並んで座ると、すかさず缶ビールを握らされる。
「お父さん、音頭!」
「おお、そうだな。それでは、俊輔と波瑠ちゃんのどう……」
「ちょっと待ってください」
冷水を浴びせるが如く発せられた俊輔の声で、私は少しだけ冷静さを取り戻す。
「これは、いったいどういうことですか?」
全員が注目する中、俊輔が、徐に口を開いた。
「どういうって……あなたたちの同棲記念パーティに決まってるじゃない?」
「同棲?!」
思わず大声で訊き返し立ち上がりかけた私の肩を、俊輔が落ち着けとばかりに抑えた。
「そうよぉ。お母さんね、あなたたちが付き合ってるって聞いたから、嬉しくってすぐに浅野さんに報告したのよ。そしたら」
「お母さん、ちょっと待って。私と俊輔が付き合ってるって、誰から聞いたの?」
「それは」
「お姉ちゃんが見合いした例のお坊ちゃん? 修造さんがお姉ちゃんの彼氏が浅野くんだって言ったの」
「ウソ?」
「嘘じゃないわよ。親子で乗り込んできたのよ。私もちょうど家にいたんだけど、あんなマザコンお坊ちゃんってまだ世の中にいたのね、びっくりしたわ。それで、お坊ちゃんの母親が、お姉ちゃんみたいな淫乱は願い下げだって凄い剣幕でさ。お母さんはそんなはずはない、あの子は処女だって言い張るし、淫乱か処女かって大バトルになって大変だったんだから」
「ちょっと栞里! おめでたい席で余計なこと言わないの!」
「そうよ! 変なこと言わないで」
「だって、事実……。え? ふたりともなんで赤くなってるの?」
チラッと横目で俊輔を見ると、確かに赤い。自分の顔が赤いのはまだわかる。だが、なぜこいつまで赤面する必要があるのか。
「栞里ちゃん、その話はもういいから。それでね、おばさんから電話もらって、お父さんとお母さんも喜んじゃってさ、いっそのこと同棲させちゃおうかって話になったのよ」
「そうそう。善は急げって言うじゃない? 俊輔が家に帰ってこないのは、波瑠ちゃんの仕事場に入り浸ってるからだってピンときてね。それだったら、ちょうど良いマンションもあるし、さっさと進めちゃいましょうって」
「お袋……ここ、買ったの?」
「何年か前にね。戸建って年寄りには何かと不便でしょう? それで、老後用にって思ってたんだけど、美咲たちが家に来たいって言うし、そうなったらこっちは手狭だしねぇ。でも、あなたたちにだったらちょうどいいから良かったわ」
「それで、お母さんと浅野さんと美咲ちゃんで急遽家具と家電揃えてねぇ。楽しかったわー。どう? お母さんたちのセンス。なかなかのもんでしょう?」
「家具揃えたのウチの店だし、ほとんど私だけどね。おばさんとお母さんのセンスに、若い人は付いてけないもん」
「あなたたちの荷物はもう全部こっちに運んであげたから、今日からここで暮らしなさいね」
母親たちは、やっと息子と娘が片付いて肩の荷が下りたと手放しで喜び、結婚式の計画。白無垢かウエディングドレスかで激論を戦わせている。
美咲ちゃんは、栞里に先輩ヅラで夫の躾け方と子育ての極意、出産後も如何に上手く親を当てにし、自分のライフスタイルを保つか等々、こっそりと伝授している。
見た目こそ子供の頃の逞しかった美咲ちゃんから妖艶な美女に変身しているが、そういうところ、しっかりというかちゃっかりしているのは相変わらずだ。
栞里は栞里で私たちのことには我関せずで、周囲と適当に話を合わせているだけ。あの性格だ。誰がどうなろうとたいして興味も無いだろうことは、はじめからわかっている。
美咲ちゃんの息子、拓たくちゃんは、なぜかずっと俊輔の膝の上。父たちはビールしか無いのか酒が足りないと騒ぎ始め、何処かで飲み直そうと相談を始めた。
私と俊輔も限界だ。飲み過ぎではなく、我慢の、だが。
銘々勝手なようでいて空気を読むことには長けているこの爺婆たちは、私たちふたりの顔色をチラチラと伺いそろそろ雲行きが怪しくなりそうだと思ったのか、帰り支度を始めた。
「私たち帰るから、あとはふたりでね」
「頑張れよ!」
「ちゃんと家にも顔出しなさいよ」
あとはふたりで、この惨状を片付けさせられるのかと溜め息をついたとき、俊輔に貼り付いていた拓ちゃんが愚図りだした。
「いやっ! たくちゃんかえんない!」
「拓、なに言ってるの? お家に帰ろう?」
「おうちやーだー!」
「拓、今日はパパ帰ってくるからちゃんとお家で待ってなきゃ」
「パパいらない! しゅんちゃんがいいのー! わぁあああ」
「拓、良い子だから、ね。じゃあ今日はお婆ちゃん家で一緒に寝んねしようか?」
「ババちゃんいあなーいー! しゅんちゃんとねゆーー! びえぇえええ」
全員が取り囲む中、俊輔にがっしりとしがみついている拓ちゃんが泣き始めた。
美咲ちゃんが宥め賺し俊輔から引き剥がそうと試みるが、今度は俊輔の足に縋り付き、さも悲しげに泣いている。子供って、ホント、大変だ。俊輔から離れることを拒絶する拓ちゃんを眺めながら、気が付いた。
「ねえ、もしかして、あんたが仕事場に入り浸ってたのって……」
「へへ……バレた?」
「やっぱり。変だと思ってたんだ。来たり来なかったり不定期で……」
「美咲は嫁にいったくせに実家に入り浸りだからな。拓は可愛いんだけど、俺から離れなくて夜もロクに寝かせてもらえねえから……」
「だったら、仕事場に来る前はどうしてたの?」
「どうしようもないときは、車ん中とか、会社に泊まり込みとか……」
「うわ、悲惨。同情するわ」
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