05

「すみません。お待たせしちゃいました?」

「いや、僕も今来たところ。ごめんね、忙しいのに無理言って」


 瀟洒なカフェのテラス席で私を待ち構えていたのは、元請け広告代理店の営業、山内洋平やまうちようへい


 デザイナーとも直接話をしたいので連れてこいとの客先の要望により、私は今日の打ち合わせに彼と同行することになっている。店員にブレンドを注文し、私たちは早速、打ち合わせの下準備に入った。


「これ、とりあえず今のうちにざっと目を通してくれるかな。今回、先にリーフの打ち合わせだけど、その後にカタログが控えてるから。仕事詰め込んじゃって悪いんだけど、藤本さんのスケジュールは大丈夫?」


 手渡されたのは、会社案内やリーフレットのファイルと、過去の製品カタログ。それを、パラパラと捲りながら、私たちは半分以上雑談のような打ち合わせを進めた。


「カタログ……これですか」

「うん。今までカタログは別の会社に発注してたんだけど、次のバージョンからウチが請け負うことになったんだよ。経営陣一新して方針も変わったみたいでさ、だからデザインから新しくしたいらしい。今のところ、納期は余裕ありそうだし、藤本さんのところに任せれば仕事は確実だから、今回も頼むことにしたんだ」

「そうですか、ありがとうございます。大丈夫です。今受けてるカタログの納期は来週末ですし、そっちは、私の作業分はもう終わってます。残りは坂上が主にやってますから、私はこっちにかかりきりになれると思います。あ、でも、ちょっと可哀想なのは小柳ですかね。両方関わることになるので」

「晶ちゃんかあ。意外と頑張るよね、あの子」

「意外だなんて言ったら、可哀想ですよ。すごく頑張ってますし、力もずいぶんついてきて、最近はメインで仕事受けることもあるくらいなんですから」

「へぇ、そうなんだ? 今度見せてよ、晶ちゃんのデザイン」

「はい。喜びますよ。リーフとかあったら是非回してあげてください」


 山内さんは、以前の会社のときからの付き合いで、私たち三人はずっと彼に面倒をみてもらっている。気さくで世話好き、甘いマスクの彼は、晶ちゃんの憧れの人だ。そんな相手から直接褒められ仕事をもらえたら、どれだけ喜ぶことか。相好を崩した顔が眼に浮かぶ。


::


 客先の広報担当、吉本雅恵よしもとまさえは、いかにも仕事ができそうなキャリアウーマンといった風情の女性だった。


 山内さんに紹介され名刺交換をしたとき、彼女が上から下まで値踏みするが如く私を見るその表情に、一瞬、イラッとしてしまった。客先では特別な営業スマイルを何があっても崩さない私だが、もしかしたら、顔に出てしまったのかも知れない。その後の彼女の貼り付けたような笑顔の裏に、何か意味ありげなものを感じた。


 打ち合わせ自体は、二時間ほどで滞りなく終了。先に見せられていた資料以外に、新たな資料を渡され、製品や業務の説明を受けた後、実際の商品データがまだ揃わないのでと、とりあえず先にリーフレットのサンプルを二案提示することで、話が纏まった。早々に資料を揃えるとのことで作業には無理なく取りかかれそう。期限は一週間後の月曜日。打ち合わせ時、そのサンプルを持参し、さらなる詰めに入ることとなる。


 打ち合わせ終了後、山内さんとは客先ビルの前で別れ、私はせっかく久々に外出できたのだからと、気分転換に買い物に出かけることにした。


 仕事で外出する場合、身なりにはそれなりに気を配るが、作業中はお構いなし。作業が立て込んで外出もままらならないと、ある日外へ出たら季節が変わっていて慌てることもある。今年は春夏の服をまだ一度も見ていないことを思い出し、ファッションビルへ入ったところで、携帯が鳴った。


 俊輔だ。


 私のことなぞとっくに忘れただろうと高を括っていたが、どうやら甘かったらしい。着信音は鳴り続け、切れる様子も無い。躊躇したが、このままあいつを放置するわけにもいかないだろうと諦めて、通話ボタンを押した。


「おまえ、なにしてんだよ?」


 電話の主は、酷くご機嫌が悪そうだ。


「なにって……今、打ち合わせの帰りだけど?」

「そういうこと訊いてんじゃねえの! なんでメールの返事寄越さないのかって訊いてるの!」

「メールの返事? なんのこと?」

「クッソ! とぼけてんじゃねえぞ!」

「とぼけてなんていないわよ! メールなんて知らないもん」

「知らないもんじゃねえだろ? 何通送ったと思ってんだよ!」

「だって、知らないものは知らないもん! どうせあんたのことだから、送信先でも間違えたんじゃないの? あれからもう一ヶ月だよ? なにがメールよ? 自分から付き合おうとか言ったくせに、一ヶ月も電話すらしてこないって、そんなのあり?」

「んじゃ、電話すればよかったのかよ? おまえ、いつ仕事していつ寝てるかもわかんねえのに、電話すれば必ず出るんだろうな? わかったよ。次からそうしてやるよ」

「な、なによその言い方! 私の所為だって言いたいの?」

「もういい。週末飯食い行くぞ。それだけ。じゃあな」


 捨て台詞とともに通話が切れた。


「ちょっ……、もうっ! 勝手に決めないでよ!」


 今のはいったいなんだ。もしかして、週末デートの誘いだったのだろうか。


「もうちょっとマシな誘い方ってあるんじゃないのかなあ……」


 何通メールを送っても返事は皆無、痺れを切らして電話をしてきたわけだ。それにしても一ヶ月とは……気の長い。


 すっかりウィンドウショッピングをする気が失せた私は、お腹を空かして仕事をしているであろう彼女たちに、デパ地下でちょっと贅沢な惣菜を買い、仕事場へ戻ることにした。


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