第5話

十一時半。

俺はそろそろ寝ようかと、サービスエリアのパーキングに駐車する。

両親の車は運転席と助手席、後部座席を倒せば、人ひとりはわりと余裕を持って横になれるスペースがある。

俺はそこに布団をひいて、ごろりと横になった。

なんで、俺があいつに会いに行かなきゃならんのだ。

しばらく悶々と考えていたが、すぐに疲れで眠りについた。

夢は見なかった。


スマホのアラームのための電力がもったいないから、かけていない。

朝日が顔にあたって、暑くなって目が覚めた。

乾パンの缶をあけて、俺は朝食をとる。

乾パンの味も飽きたが、朝はパン派なので、しょうがない。

口の水分を全部もっていくから、生ぬるい天然水で流し込む。

いつも乾パンを食べながら、天ぷら屋で天ぷらを食べてみたかったな、一枚板の市場直送の旬のネタを扱う寿司屋で寿司食いたかったな、焼肉屋でおいしい霜降り肉食いたかった。

そんなことを考えている。

虚しいけど。

サービスエリアのトイレは水道とかがストップしてるから、とても使えやしない。

誰もいないから、俺は立ちションする。

あんな臭くて不衛生なとこでするなら、大いなる大自然でした方がはるかにいい。

「ふぁ〜あ」

あくびをしながら、車に戻る。


車をしばらく走らせて、再びサービスエリアで休もうと思った。

俺はパーキングに先客がいることに気がつく。

汚いが、よく使い込まれて手入れがされているキャンピングカーだ。

猫がキャンピングカーの上で世界の終わりなど嘘のように、のんきにあくびをして、毛づくろいをしている。

「うわぁーーーーーーーーっ!!」

キャンピングカーの向こう側から、叫び声がした。

「えええっ!?」

俺は声のする方にバタバタと走ってゆく。

ここのサービスエリアは小さいながらもキレイな湖がそばにあることで有名だった。

湖のそばまで行くこともできて、ちょっとした観光地なのだが。

思ったよりもキレイに残っている店内を抜け、コテージのようなところにでる。

そこから湖と、そこで溺れている人を見つける。

湖におりる階段まではけっこう距離がある。

俺は最短距離で溺れている人のもとへ行くため、目の前の柵を越えようとする。

「どぅわっ!?」

柵が脆くなっていた。

木の柵は折れ、宙を舞う俺の手に握られていた。

世界がスローモーションになる。

「お、わわ、わわわわわわっ!!」

急な下り坂をマンガみたいに転がり落ちてゆく。

ゴロゴロと世界が回る。

いや、回ってるのは俺なんだけど。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

溺れている人が状況を飲み込めていないような顔で、俺を見ているのがわかった。

バシャン、と湖に落ちる。

水の泡が、目の前を通る。

プールに飛び込んだ時みたいに、水の音が耳元で聞こえる。

太陽の光を乱反射した水が、チカチカと星みたいに光る。


「何してるんだ、まったくどんくさい男だな」

雪子はゲラゲラとその上品な顔に似合わぬ笑い方をした。

「うるせー!!」

俺は川の中にいる。

小学生のころ、雪子が帰りに川に寄ろうと言った。

俺はわけがわからずついて行って、雪子にランドセルを奪われた。

そして、雪子に橋から川に突き落とされた。

「何すんだよ!」

「まぁ、待っててくれ」

雪子は俺から目線をそらす。

彼女はランドセルを俺のランドセルの上にのっけると、不敵な笑みを浮かべた。

「おらぁ!」

雪子が降りてくる。

天から舞い降りた天使というよりは、地球を破壊しに来た悪魔って感じだが。

あのときも、スローで見えたな。

ドボン、と水柱を立てて俺のそばに落ちてきた。

水しぶきの中に、彼女の姿は人魚のようで(人魚といっても、人を海に引きずり込むタイプだけど)、キレイだった。

そんなことを、思い出した。


「ぶはっ!」

俺は湖から顔を出す。

この湖は、あのときのやや汚く臭い川とは違って、観光地だけあるきれいな水だった。

「あっ!大丈夫ですか!?」

俺は溺れている人を抱き寄せる。

服が水を吸ってかなり重たい。

「んぎーっ!」

「うわっ!兄ちゃん離してくれや」

「えっ?」

俺は抱き寄せた人を見る。

沈んでいるため、小さく感じだが、たぶん俺より身長はでかい。

がっしりした体つきで、目つきはとてもカタギじゃない。

「ったく。溺れているとでも思ったのか?」

「……まぁ」

俺は素直に頷く。

「溺れちゃいねぇ。いきなり落ちてビビっただけだよ」

男は俺から離れ、湖からあがった。

俺も慌ててあがる。

「それより、モモを見てないか?」

「モモ?」

「あー、猫だ。猫」

男は服の水分を絞りながら、俺にきいてきた。

「猫……」

俺は考えた。

「キャンピングカーの上にいましたけど」

「おお、ほんとか!?いやぁ、よかった。そいつを探してたらここに落ちたんだよ」

男はそのいかつい顔からは想像できない、柔らかい笑顔をみせた。


「ふぅん、兄ちゃんは初恋の女に会うために旅してんのか」

「初恋ではありませんよ」

俺はげんなりしながら、反論する。

「俺はな」

聞いてもいないのに男はしゃべりだす。

「お袋に会いに行くのさ。俺が十代のころに家を飛び出してな。それっきりさ」

男は猫ののどをなでる。

「聞いた話だと、病院に今は入院してるらしい。上石病院ってとこで……」

「上石病院!?」

俺は目玉が出るかと思った。

「上石病院って、ここから三時間くらいかかる……とこですよね?」

「おう。よく知ってんな」

俺は吹き出した。

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