第16話 王国の混惑1
レフはエガリオの拠点の一つに来ていた。エガリオが表向きの看板にしている拠点で、ハウタームの交差点の南西の角に近い、表向きは宝飾店を営んでいる建物だった。
表のドアを入ると広いホールがあって、幾つもの高級な応接セットが間隔を開けて置いてある。入り口の壁を除いて、3面の壁には鍵の付いた大きなガラスケースが作り付けになっていて、中に宝飾品や宝石が並べてある。客はガラスケースの中のものを見て気に入ったデザインを選び、自分の要求も入れて注文する。
中・下級貴族や、裕福な平民相手の店だった。ドアの突き当たりの壁の前にカウンターがあって複数の男女の店員が愛想の良い笑顔を浮かべながら、その実油断のない目で入ってくる客を観察している。彼らがかなりの腕利きで、客から見えないカウンターの後ろに武器を隠し持っていることをレフは知っていた。ハウターム交差点の北にあるような超高級店ではないが、事情を知らない人間がふらっと立ち寄るような店ではない。
レフが入っていくと店員達が軽く頭を下げた。既に顔なじみで、ドアのところに密かに設置されている個人識別用の結界でも身分証明は出来ている。すぐにカウンターの奥のドアが開いてロットナンが出てきた。
「これはレフ様、いらっしゃいませ」
5日に1度、エガリオのところへ顔を出す約束だった。エガリオはレフから目を離すのは危険と考えているらしく、連絡を絶やさないように気をつけていた。近況報告、これはほとんど雑談だった、と引き替えのように定期的な金銭授受が行われる。1回に小金貨10枚、これはアンジエームの平均的な平民の一家の1ヶ月の生活費が小金貨1~2枚ということを考えるとかなりの金額だった。それ以外に、エガリオから仕事を頼まれるとその仕事に対する報酬も支払われる。
最初の内こそエガリオが直々に出てきて受け渡しをしていたが、半年もすると基本的にロットナンが出てくるようになった。アンジエームの裏社会全体を支配するようになったエガリオがやたらと忙しくなったのも原因だった。
その日は珍しくエガリオが店の奥の応接室にいた。レフを見るとソファから立ち上がって、
「よ~、レフ」
レフも顔だけエガリオに向けて少し右手を挙げて挨拶した。
「今回の分です」
ロットナンが差し出してくる金袋を、前回の
「レフ、少し話があるんだが、いいかな?」
金貨の袋を懐にしまってエガリオの方に体を向けたレフにエガリオが声をかけた。
「では、私はこれで」
ロットナンはあらかじめエガリオを打ち合わせをしていたようで、レフに金貨を渡すとエガリオに頭を下げて部屋を出て行った。
「私の方からも話がある」
レフとエガリオはすぐに気づいた。双方が同じことを話題にしたいのだと。
互いに視線を交錯させた後で、エガリオの方から切り出した。
「シュワービスの砦が抜かれたって、今噂になっているだろ?」
「ああ、街を歩くとあっちでもこっちでもそんな噂で持ちきりだな」
遠隔通話の魔法があるため噂が広がるのは速かった。徒歩なら10日以上、馬を飛ばしても2~3日はかかる距離を、半日で広がる。特に庶民の生活に影響が大きそうな、こんな話題はそうだ。噂によると砦が陥落したのはわずか7日前だ。
「本当なんだな?」
エガリオが頷いた。
「砦が陥ちるのに1日も掛からなかったようだ」
噂通りだ、これで帝国と王国の戦争か。しかし大神聖帝国をもう一度作り上げたとして、いったいガイウス7世は何をしたいのだろう?あいつの自己満足以外になんの意義があるのだろう?武力に任せて征服することと、その後統治することは全く違う。一度屈服させても何年かすればあちらこちらでポコポコと不満が頭をもたげる、それを一つ一つたたきつぶしていかなければ大神聖帝国は維持できない。あのガリウス大帝が圧倒的な力で30年間纏めていた大帝国でさえ、大帝の死後5年で瓦解した。大帝の下にいた有力者達が帝国から独立して国を建てたのだ。それが今の中原の勢力図の原型だった。アンジェラルド王国もそうして出来た国の一つだった。武力で征服して大帝国を建て、大帝国を維持するために不満をたたきつぶしていく、そのために征服者の方にも被征服者の方にもどれほどの犠牲が出るのだろう?
エガリオの雰囲気がレフへ訊きたいことがあると告げていた。
「それで、それが私とどんな関係があるんだ?何を訊きたいんだ?」
「ああ、今まで抜かれたことがない砦がわずか1日で陥ちた。帝国がなにか手品を使ったに違いないと俺は思っている」
「で?」
「あんたが、その手品の種を知っているんじゃないかと思ったのさ」
「私が?なぜそう思うんだ?」
「レフはあっちの出だろう?」
「はっ?」
「あんたの言葉には帝国風の訛りがある。しかもちゃんとした教育を受けられる階級の出のようだ。だから何か心当たりがあるんじゃないかと……」
最後は言葉を飲み込んだ。レフが剣呑な気配を漂わせ始めたからだ。エガリオが慌てて、
「いや何もあんたのことを詮索しようと言うわけじゃない。普通に接していたらそれくらいのことは……」
レフが両手を広げてため息をつくとその気配が嘘のように霧散した。
「分かってしまうんだな。出来るだけ訛りを出さないように気をつけていたんだが」
「時々帝国風のアクセントが混ざるんだ。気をつけていれば分かる」
レフが頷いた。
「そうだな、私は確かに帝国の出だ。ただし、ずっと、僻地に隔離されていたようなものだったから帝国内の事情に詳しいわけではない。役に立てるかどうか分からないが……、砦が陥ちたときの様子は分かるのか?」
「ああ、辛うじて逃げ出すことができた兵士の中に我々に近いのがいたからな、何とか馬をとばして5日くらいでアンジエームまでたどり着いたから、一昨日、昨日とかなり詳しく話を聞くことができた」
「そういうのは国軍の情報部が優先ではないのか?」
「ああ、そっちはそっちでちゃんと情報を提供できる者が別にいる。こっちだって知りたいことだからな。情報源は分け合わなきゃってことだ」
「なるほど、つまり平民としては貴族たちだけに情報を独り占めされては困るってわけだ。特にあんたみたいな立場だと。それでどういう話だったんだ?」
レフの言い分にエガリオが苦い顔で笑った。
「非番で寝ていたそうだ。周りが騒がしくなって目を覚ましたら、帝国兵がなだれ込んできたと言っていた」
「なだれ込んできた?一人や二人ではなかったんだな。本当に帝国兵だったのか?」
「ああ、王国と帝国じゃ鎧の意匠や兜の形が違うからな、一目で敵味方が区別できる。奴の寝ていた大部屋だけで十人以上の帝国兵がいたと言っていた。鎧を身につける暇もなく、辛うじて剣だけをとってあとは無我夢中で砦の外に逃げたんだそうだ」
「う~ん、いくつが確かめたいことがある」
「なんだ?」
「先ずそいつは信用できるのか?」
「ああ、ガキの頃から知っている。孤児院の出身で、表面上はこちらとは接触させずに国軍に送り込んだ。シュワービスに配属されたのは意図したことじゃなかったがな」
「そうか、砦の中でどういう立場だったんだ?階級は?」
「兵長だ」
「ふ~ん、優秀なんだな」
国軍では、貴族ならそのキャリアは士官から始まる。下級貴族でも十人長、中・上級貴族なら百人長、千人長から始まることもある。平民なら、よほど優秀でなければ士官に任官することはない。だから兵長――下士官――になっているのなら相当に優秀な兵と評価されているとみてよい。
「周りが見える兵ということだな」
経験不足の士官を補佐するのも兵長の仕事だ。単に勇猛なだけでは務まらない。
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軍における魔法士の階級について
魔法士は士官待遇です。従って、
魔法士長は百人長待遇
上級魔法士長は千人長待遇になります。魔法士が将になることは滅多にありません。
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