56話 仕掛けられた罠

 イッセイたちが封印の間を目指す数日前に話は遡る。


 ここは、ボールズの秘密の研究所である。

 そしてここには死んだ筈のボールズの姿があった。


「…アノ、ゴミ共メ。次ハコロス。」


 顔面蒼白で血の気はなく、目元も白目のみで体も透けていた。あきらかに生者ではなくなったのが目に見えて分かる。その亡霊ボールズは、地面に描かれている魔法陣に右手を向ける。

 すると魔力を流し込み黒い波動を発生させた。


「ククク…ハァ。コレデ…後ハ…時間ガ経テバ…我ラノ…勝チダ。…時間ヲ稼グ…カ…ハァ、ハァ」


 息も絶え絶えのボールズは、黒い波動の一部を容器の中で浮いている三体に入れた。三体は直ぐに容器を壊して外に出てくるとボールズの前にひれ伏した。


行ケゆけ、1秒デモ時間ヲ稼ゲ」


 ボールズが命令すると三体のモンスターは、意志を持ったように外へと進んでいった。


 ボールズが引き続き魔法陣に魔力を流し始める。

 魔法陣から発生した黒い波動は、天井まで螺旋状の波動を発生させ魔法陣を包み込むように八方へと分かれ楕円形の様な黒い波動の円柱が出来た。


「デハ、次ハ…ハァ、ハァ」


 先程より体が薄くなったボールズは息を切らせながら詠唱を始める。


「ウン"ヤラダ…ビギヤゥ……ヴンゲン"ソワカ…」


 ボールズの詠唱に反応した黒い波動が渦を巻き始める。


「…ヌン!!」


 ボールズの詠唱が終わったのに合わせて渦は消えていった。そして、そこには人影があった。


「オォ……。シバ様。久シ…イデス…ナ」

「古き友アスラよ。息災…では無さそうだな。寿命か?」


 魔法陣の上に立つシバと呼ばれた男はボールズをアスラと呼び懐かしんだが、それも一瞬の事。今にも消えそうな存在を何処か珍しいものを見るように話しかけてきた。


「我…トシタ事ガ、不覚ヲ…取リマシタ……」

「貴様程の者をか、…何者だ? いやその前にしばし待て」


 シバはボールズに手を翳すと、ボールズの体は光輝き消えそうな体はハッキリと姿を写した。


「オォ…。命ガ戻ッた。我が殺らレタのは、アノ忌々しい勇者ノ生マレ変ワりでス」

「ほほぉう。あやつ子孫を残しておったか。…まぁ良い。アスラは新たな肉体を探し魂を定着させよ。私もまだ完全では無いが、早々にはこの世界の者に遅れは取らん。お前の回復を待つとしよう。」

「ありがたき幸せ…」


 ボールズは一命を取り留めたのか話し方も元に戻った。


「時間がある間は…、そうよな人間共を家畜にする準備でもするか」


 シバは暇つぶしの方法を口にする。


「あの御方は、如何なさいますか?」


 ボールズは転送の準備に入ったようで、足元が粒子化し徐々に消えていく。


「奴が来るまでに国を築いておき。そこでいい素材がいればくれてやるか。まぁ、私に任せておけ。それも楽しみだ」

「ハハッ」


 ボールズ…アスラは姿を消した。


「さて、私も行こうか…。おっと、その前にプレゼントだ」


 シバは魔法陣に投げキスをすると自身も粒子化させ消えた。その後、魔法陣は何かを吸い込んだように怪しい色に光ると直ぐに元の色に戻った。





 ・・・ イッセイ side ・・・



「…もう少し、もう少しで最深部に着きますよ」

「「「「…うぇ~い」」」」


 魔力探査によって強い力を感じたものの数分で消えた。恐らくそこに何かがあると言うことだが、ここに来て敵の数が激増した。

 俺とエリーは魔闘技の練習相手として取組みたかったが、多過ぎて手が回らず俺も投擲や精霊の皆に力を借りて戦い。エリーも魔法を駆使して戦っていた。

 他の皆も同じ様な感じで休み無しだった為、疲れ果てた声に変わっていた。


「そう言えば先程手に入れたクリスタルは何だ?」


 叔父さんが俺に聞いてきた。

 ツギハギモンスターから三つのクリスタルの欠片が出てきた。これは、精霊と混合魔法の契約をする為の秘宝である。流石に壊れているのは使えないと思ったが、俺が手にした瞬間、割れていたクリスタルが元に戻った。


 叔父さんにこれまでの事を説明すると驚いた顔をしていた。


「モンスターの一部だぞ。だ、大丈夫なのか?」


 俺は今の所、体に変化を感じなかったので特に気にしていなかったが、おじさんの言う事にも一理あるなと納得してしまった。


「…大丈夫。そうですね。なはは」

「はぁ…。コイツは大物なのか馬鹿なのか分からん」


 叔父さんは疲れた顔をしていた。どうやら心配してくれた様だ。いやはや、すいませんね…。


 最深部が見え始めると途端にモンスターの数は激減した。変わりにビーカーに錬金台、崩れた本棚や何かを燃やした灰の山。それと放置されたモンスターの死骸等があった。動かれると厄介なので、全員がモンスターにトドメを刺しに行く。


 一通り殺り終わった後で一段落し休憩する事にした。


「ふー。落ち着いた」


 斧に肘を乗せながら汗を拭うリリコさん。

 まるで農業の後みたいな絵面になっているが、足元はバラバラのドルイドや表現が憚れるはばかれるほどミンチになった歩く死人が地面に居た痕跡がある。

 下も含めて見れば立派なスプラッター的な絵だ。


「はぁ…。何かの研究施設だったのかもな。もったいねぇ」


 ギルさんは考古学的な情報が手に入らない事がショックなようだ。確かに数百年前からある研究データなんて喉から手が出るほど欲しいでしょうに。

 ギルさんは、休めばいいのに他に何か無いか探していた。休める時はしっかり休もう。

 アクアで体を清めたりプロメテでドルイドや要らなくなった木材を燃やして休む。

 ドルイドは、燃やすと「ギイギイ」鳴き声を上げるが結構よく燃えるので有り難い。


 え? 断末魔が五月蝿いって? ハハッ、水分を含んだ木材は水蒸気が蒸発する際に泣いてるように聞こえるんですよ。


 残るは明らかに怪しい魔法陣。というかこれが転移用の魔法陣なのだが、どうやら動いている様である。

 何が起こるか分からない為、休憩しながら調査する事で決まった。


「そう言えば、イッセイ君達はどこの国出身だっけ?」


 ギルさんがそんな事を言ってきた。

 あれ? まだ言ってなかったっけ。


「僕たちは、【ガブリエル国】の出身ですね」

「君は確か王国の貴族様の子、何だよな?」

「はい。ここより東−−この国との国境に当たる位置に属するシェルバルト家の出身です」


 何で急にこの様な質問が飛んできたのか?

 ま、身の上話なんてよくあるコミュニケーションの1つか…。


「あっ、聞いたことがある。冒険者にとって楽園だと言われてる場所だよね。ギル。良いんじゃない?」

「へへっ、そうだな」


 二人は何かに納得した様な感じだった。

 なんの話をしているのやら。


「???」


 何やらヒソヒソ話し始める2人。

 仲が良いんだか悪いんだか、そこは良いんだけど俺をチラチラ見ながら話をされるのは良い気分じゃない。

 今更、俺を誘拐しようとしたって捕まえられないのを知っているだろうに…。


「また、何か企んでるの?」


 話を聞いていたエリーがコソコソ話す勇者2人に話しかける。流石に気味が悪いぞという顔だった。


「違う違う。俺達は自国のギルドに騙されたからな。新しい土地で出直そうと考えてるんだ」

「そうだね。流石に今回のは頭に来ているからね。私も自国に帰る気にはなれないね」

「うっ、そうだったの? 師匠。ご、ごめんなさい」


 エリーはしょんぼりした顔をして謝っていた。

 安心しろエリー。俺もこっそり反省している。


 ギルさんとリリコさんはそんなエリーを咎める事も無く笑顔で首を振っていた。


「そうか、そういう事なら王都に来たらギルドでワシの名を出すが良い。困らんはずだ」

「そうか…ですか、ありがとう…ございます」

「今更敬語はよせ。ケツが痒くなる」


 叔父さんは恥ずかしそうに言った。

 しかし、そういう事なら俺も何か力になれないだろうか? 考えていたら、ふと思い出した事がある。


「それなら、これをシェルバルト領うちの領で出せば確実ですね。実家に戻ったら話をしておくので使ってください。僕は王都に戻り学園に居ますので、何時でも訪ねて来てください」


 そう言って、ギルさんに渡したのは俺の家紋が入った薬入れ(印籠)を渡す。

 何か前の世界の物を作りたいと思って遊びで作った物だが。形が可愛いと言う事でシェルバルト領内で期流行っていた物だ。一応その後、領内で名産品となったがこんなの木をくり抜いた位の簡単な構造をしている為、今ではあっさりと真似されてしまい。

 ガブリエル国内なら何処でも手に入る。


「なんだ。これは?」

「ただの小物入れですよ。 ほら。」


 パカン。と、開けた印籠から出てきたのは、ヒールゼリー(3色味)とマナドロップ(7色味)。


 そして、念の為の頭痛薬(魔力切れ様)だ。

 俺が作った印籠は家族限定オリジナルで、ミスリルとまではいかないが、軟鉄を使って作っている。

 そこに漆はなかったので黒檀を溶いて塗り、家紋には金粉をまぶして精巧に作ってある。

 これを持っているのは家族とうちに務める人達だけなので、身元確認用にも使えるのだ。


「それを見せれば一発で僕の身内と分かるので何かと便利ですよ」

「でも、お前はどうするんだ?」

「ご安心を僕はもう1個持ってます」


 手に取って見せたのはスペアの印籠だ。

 何で持ってるかと言えば暇な時に作ったからだ。


「悪いな恩にきる着る」


 ギルさんは印籠を握りしめると頭を下げてきた。

 もうギルさんもリリコさんも身内みたいなもんだしね。


「感傷ムードも良いがそろそろ仕上げといくぞ、気を引き締めろよ!!」

「「「「「うぇ〜い」」」」」


 ヴィルの一声に俺達は声を上げた。


 いつの間にかヴィルが仕切ってるけど、まぁ良いか。外来種には一言あるしな。

 改めて魔法陣を見るとボンヤリとした光を放っており今も活動しているのが分かった。 

 こいつにどんな効果があるのかは分からないがヴィルは、


「早くあの魔法陣に突き立てろ」


 ヴィルが話しかけてきたのはそれだけだった。


「…あぁ。うん」


 俺は曖昧な返事しか出来なかった。

 何故ならこの魔法陣が妙に気になるからだ。

 出来れば触れてみたい。けど、嫌な予感もする。

 じっと見てるとその魔法陣から目が離せなくなっていく。そんな感覚を覚えた。

 

「私も近くで見たい〜」


 とろん。と虚ろな目でこちらを見てくるエリーが魔法陣に近寄ってきた。


「あぁ…ワシも近くで見てみようかな」

「お、叔父さんも?」

「まぁな。ソフィアにいい土産話が出来るかと思ってな」


 そう言うわりにエリーと一緒でとろん。とした顔をしていた。

 あぁ…ソフィア姫様…ソフィーかぁ。元気かな。会いたいなぁ。


 "この魔法陣に触れてみなさい。願いが叶うでしょう"


 へぇ…。この魔法陣に触れれば良いのか……。


 ボーッとする頭では何も考えられない。だが、目の前の魔法陣がクッキリと見えておりどういう訳か魔法陣の上にソフィア姫が立っており俺を手招きしていた。

 ソフィーの手を取ろうと俺も手を伸ばしたら……


 ソフィーの手にいつの間にか現れたナイフで手を斬りつけられた。


 イッツ!?


「…おい。…セイ。おい! おい!!」

「…んん?」

「しっかりしろ!! このバカ!」


 手にチクッとした痛みを感じ我に返ると俺の首元近くに剣先を向けていたヴィルがいた。


「うぉぉ。ヴィルか? 危ねえな」

「「ヴィルか」じゃねえ! 何をトリップしてやがる。見ろこの状況を」


 ふと見渡すと皆は魔法陣の周りをフラフラしていた。そして今にも魔法陣に触れそうである。

 皆、虚ろな目をして魔法陣を褒め称えていた。傍から見るとヤバイ集団のヤバイ集会かと思ってしまう。


 物凄く嫌な予感がしたので、ヴィルの腹の部分(側面の部分)を横凪に打ち付けるとそのまま魔法陣から皆を離した。


 改めて魔法陣を見ると吸い込まれそうな気分になる。頭を振って正気を保つ。やっぱり、これは直ぐには完全に壊さないと危険だ。

 ヴィルを握り魔法陣めがけて突く。


 −−ガギィン!! バリン!


 一瞬硬い何かに触れたがアッサリと突き破る。

 そのまま、俺はヴィルを思いっきり地面に突き立てた。

 魔法陣の光が一気に飛散し、洞窟内に拡がった。

 飛散した光はグルグルと俺の周りを回る。


 おかしいな。前はこんな事にならなかったぞ?


 最も前の場所は既に動作停止していた気がするので今とは条件が違う訳なのだが。


「…ヴィル?」


「まさか…、まさか、まさか、まさか。やべえここから離れろ今すぐだ」


 珍しくヴィルが狼狽えている。直ぐには動けず戸惑っていたら。

 グルグル周る光は止まるどころか回転する速度を上げ俺の周りどころか、地面に倒れている叔父さんとエリーも巻き込まれた。


 −−バシン。…パチ、パチ。


 光が回転するごとに雷が発生しだす。


「ねぇ。どうなってるのこれ?」


 エリーが目を覚まし、現状に驚いていた。


「くそっ。出れない」


 右手を庇っている叔父さん。掌から湯気が上がっている所を見ると手を出そうとしたらしい。


「くそっ!! 魔法が効かねえ」

「私の斧で殴っても駄目だ」


 ギルさんとリリコさんも外から色々やってくれた様だが効果はなかった様だ。


 パチーン。パチン。パチン。


 雷が紫色へと変色していた。

 コイツは何処かで見たことがあるぞ!?


「この、紫電は…くっ」


 俺はあの時・・・を思い出して頭痛が止まらなくなっていた。

 頭の中でチリッと電気が走った様な気がした。


「イッセイ。怖いよ。助けてよ」


 怯えるエリーの声が耳を占領した。エリーの方を向くとあの日のあの時の鏡の姿がフラッシュバックする。


 助けなきゃ…。


 心臓が身体を支配したかのように熱く、大きな音を立てる。


 また、何も出来ないのか…。


 俺はそう呟きながら、頭を抱えているエリーに手を伸ばす。


 −−バチン。バチン。…ブーーン。


 遠心分離機の様に紫電が高速に回転し始める。

 それに合わせて叔父さんとエリー。そして、俺の身体を焼き始めた。


「…助けて。イッセ−−」


 エリーの身体に火が付いた。


「----!!」


(…が……いか…)


「………」

「おい!! イ…セ…。何を…ぼ…っ……」


 ヴィルが声を上げるがもう何も聞こえなかった。

 燃えるエリーと耐えているが火だるまになっている叔父さん。

 時計が止まったかの様な世界で俺は丸焦げになっている2人をジッと見ていた。


 何も動かなくて、聞こえない世界。

 意識はあるけど体は動かなかった。


 頭に声が聞こえる。


(力が欲しい…か?)


 その声はとても猛々しく、乱暴で、殺意を持った声だったが、とても優しく聞こえた。

 今の状況を打破出来るなら俺はナンでも欲しい。


 そう声の主に伝える。



 −−ブッ。


 覚えているのは、耳の奥でコンセントを抜いたような音が聞こえたのが最後だった。

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