花鳥風月!どっかん屋

舞沢栄

花鳥風月!どっかん屋

第1話(花鳥風月!1の1)

   花鳥風月!どっかん屋 第一話


         1


 季節は五月。

 桜は散り、新入生たちの初々しさもようやく抜けてきたばかりのこの時期に、早くも恒例行事と化した出来事があった。

 少年は廊下をひた走る。それを追う少女達の腕には『風紀委員』の腕章がつけられている。

「待ちなさい光宙みつひろ! あんたはいっつもいっつもくだらないイタズラばっかりして!」

 声を無視して廊下を走る光宙みつひろの後方には土煙が上がっている。廊下なのに、だ。

 まったく、中庭に置かれた校長の銅像を裸婦像に変えたくらいでなぜ彼女達はいきり立っているのか。男子生徒には大好評だったというのに。

「今度はダビデ像にすっからそれで勘弁してくんねえか?」

「そういう問題じゃねええぇぇ!」

 光宙みつひろを追いかける風鈴ふうりんの声がますます荒っぽくなった。

”空中クレヨン”は、光宙みつひろの最も得意とする神通力である。

 そして、神通力を使うのは彼女達も同様だった。

 土煙をかき分け、緑色の蔓が迫ってくる。

「おおっと!」

 すんでの所で、光宙みつひろはこれを躱した。

「勘が良いな、光宙みつひろよ!」

「触手プレイは趣味じゃないんでね!」

 尊大な口調の花丸はなまるが放つ”蔓”(見た目、朝顔の蔓のようだ)は後方から何本も光宙みつひろを捕らえるべく絡みついてこようとするが、脇からのは手で払い、足下のは飛んで躱し、廊下をさらにひた走る。

美優羽みゆう光宙みつひろを捕縛! 生死は問わぬ!」

「アイアイサー!」

 風鈴の物騒な指示に応え、今度は美優羽が廊下へ躍り出た。赤毛の両側に犬の耳のような黒髪が混じっているのが印象的な少女である。

「一人はみんなのために、あたしは風リンのために! とう!」

 訳のわからないフレーズとともに美優羽は大きく跳躍、光宙みつひろを飛び越え、立ちはだかるように降り立った。

 いや、今のは跳躍ではない。明らかに空を飛んだ。

 寿美優羽ことぶきみゆうは、鳥の精霊人せいれいびとなのだ。

 鷹のポーズ(特に意味はない)で、光宙みつひろを威嚇する。

「さあ観念して風リンにお仕置きされなさい! さもなくば──」

「──あたしが風鈴にお仕置きされちゃうわよ、ってか?」

「その手があったか!」

 光宙みつひろの提案にあっさりときびすを返し、美優羽は一目散に戻っていった。

「風リーン! あたしにお仕置きしてしてー!」

「バカヤロー!」

 ……なんなんだ、あの百合娘は。呆れながらも、光宙みつひろは逃走を再開すべく前を、

「うおっ!?」

 一条の光線が教室の引き戸を焦がし、光宙みつひろは思わずのけぞった。

「”月精三日月衝クレッセント・インパクト”。篠原風鈴しのはらふうりんの指令により、あなたを拘束する」

 無機質な口調で語るのは、片岡留美音かたおかるみね。日本人形を思わせる整った容姿だが、かなり幼く、とても同じ高校一年生には見えない。

「今日はどっかん屋総出撃かよ、おい」

 思わず毒づき、逃げ道を探りながら続ける。

「そんな物騒な神通力、学校の備品を壊しちまうぞ?」

「無機物はちょっと焦げるだけだから大丈夫」

「……有機物は?」

「風穴があく」

「ダメじゃん!?」

 教室の引き戸を開ける。中の生徒達が、ぎょっとしてこちらを向く。

 光宙みつひろに照準を合わせていた留美音にためらいが生じた。

 そこへすかさず光の煙幕を張り、教室へ飛び込む。

「ええい、一般生徒まで巻き込んで! みんな追うわよ!」

 風鈴のいらだちを聞き流し、混乱に乗じて窓を開けて飛び降りる。ちなみに一年生の教室は四階にある。

 ある程度以上のレベルの精霊人せいれいびとは、本来人ほんらいびととは比較にならない頑強さを持つのだ。

 花壇・駐輪場・食堂と通り、土手を降り、ついに光宙みつひろは校庭へ躍り出た。

 彼を取り囲むは四人。

 寿美優羽ことぶきみゆう。鳥の精霊人。

 片岡留美音かたおかるみね。月の精霊人。

 綾瀬川花丸あやせがわはなまる。花の精霊人。どっかん屋サブリーダー。

 そして、篠原風鈴しのはらふうりん。風の精霊人にして──

「なあ委員長」

「どっかん屋リーダーよ! 確かに学級委員もやってるけど!」

 そう、どっかん屋リーダー。

 大社おおやしろ学園第一高等学校生徒会風紀委員精霊人取締並せいれいびととりしまりならびに精霊事件対応班。通称どっかん屋。

 校庭のど真ん中で、光宙みつひろはどっかん屋に完全に追い詰められた。

 土手の上からは、野次馬がこれを観戦している。

 留美音は極無表情で、美優羽はなぜか風鈴に孔雀のポーズ(意味なし)で求愛中。

 花丸は優しげに微苦笑。

 風鈴はというと、黒髪の二本の三つ編みに眼鏡に校則通りの制服とまさしく委員長のような風体で、しかしそれに似合わない猛禽類のような強気の笑みで光宙みつひろを睨み付けていた。あと胸でかい。

「あんまおっぱい膨らまして怒るなよ」

「頬を膨らますでしょうそれは!」

「大変、風リンをもっと怒らせなきゃ!」

「あんたは黙らっしゃい!」

 風鈴の一喝に、逆に美優羽がしぼんだ。

「とりあえず、今日の罪状は何だ?」

「まずはゲーム機の校内持ち込み! それから校庭の演台を一段増やしたわね。あれで朝礼の時、先生がこけたじゃない! さらに中庭の校長先生の銅像を裸婦像に! 他にも……ってあんた身に覚えがないとでも言いたいの?」

「ありすぎてどれのことやら」

「ほお……それはみっちりと取り調べないといけないわね」

 風鈴の目が据わった。彼女を取り巻く空気が変質していく。

 本来人には彼女を中心につむじ風が舞っているようにしか見えないだろうが、光の精霊人である光宙みつひろにはわかる。

 風鈴の周囲に真空の帯が形成されているのだ。帯というよりは縄に近いだろうか。あれでふん縛るつもりのようだ。

 だが、光宙みつひろの自信は揺るぎなかった。それを見た風鈴が怪訝そうに眉をひそめる。

「みんな気をつけて。あいつ、なにかたくらんでるわよ」

「男子三日会わざれば刮目してこれを見よ。この連休中に身につけた俺様の新必殺技を見せてやろう!」

 なんか悪の親玉みたいなことを言いながら、光宙みつひろがゆらゆらと拳法のような構えをとった。なにやら呪文も唱えているようだが、神通力の発動に構えも呪文も必要ない。なのでどっかん屋は総じてしらけただけだったが、構わず光宙みつひろは術を発動させる。

「おいでませ!」

 瞬間、野次馬達から悲鳴にも似たざわめきがわき上がった。

 校庭の中央に突如と浮かび上がったシルエット。その巨大さに学校中の視線がそれに注がれた。

 恐竜。一番近いのはこれだろう。緑色の体躯で、全長は十メートルを超える。

 下膨れな下半身に皮膜のついた翼。どこか漫画じみた姿は恐竜というよりもドラゴンと言った方が良いだろう。

 光宙みつひろほどのレベルになれば、このくらい巨大な映像も瞬時に描けるのだ。

 見物している生徒も教師も仰天しているが、どっかん屋、特に風鈴は動じていなかった。

 大迫力の映像に気づいていない者も多いようだが、あれには音がない。

 当然だ。光宙みつひろは光の精霊人なのだから、音までは操れない。

 同様に、あれには実体がない。完全なるまやかしである。

 そもそも光宙みつひろが攻撃技を持っていないことは、幼なじみである風鈴が一番よく知っている。

 風鈴は腕を前に振りかざして宣言した。

「あたしにはそんなもの通用しないわよ。”烈風”!」

 今まさにどっかん屋へ襲いかかろうとしていたドラゴンが、文字通り煙が風に巻かれるように消え去った。

 風鈴は、ふんと息を吐き、

「さあいい加減観念してお縄に──」

 風鈴は違和感を覚えた。

 まず、目の前にいたはずの光宙みつひろがいない。

 そして、野次馬達の視線が自分に向いているような気がする。騒動の真っ最中なのだからわからないでもないが、どっかん屋のみんなまでこちらを見ているのはなぜだろう。風鈴は足元を見た。

 スパッツ。下着の上に履く、腰から太ももを覆う衣類。肌に密着するそれは、ほどよい肉付きの風鈴の腰回りを美しく演出している。うっすらとパンツラインを浮かび上がらせているのがまた憎い。

 光宙みつひろは、風鈴の真後ろでしゃがみ込んで、彼女のエロい尻を堪能していた。

 ちなみにスカートを脱がしたのではない。彼ほどの精霊人ともなれば、スカートを透明化することなど造作もない。

 今日も良い仕事をしたぜ、とばかりに観衆に向かって親指を突き立てると、野次馬達(主に男子)から盛大な歓声が上がった。

「けしからん、実にまったくけしからん!」

 鼻を押さえながら、美優羽が食い入るように風鈴の下半身を凝視している。

 パンツ、パンツ! パンツ、パンツ! と異様な盛り上がりを見せる観衆(主に男子)を背に、光宙みつひろは胸をふんぞり返して風鈴へ向き直った。

 光宙みつひろ的にはスパッツも趣があってとても良い物だと思うのだが、どうやら視聴者の皆様はパンツをご所望らしい。

「それではお客様のご要望にお応えして! 風鈴のパンツはしましまパンツ、履いても履いてもすぐ脱げる!」

 スパッツも透明化しようと神通力を練り込むそのわずかな時間に、それは起こった。

 わなわなと震え、顔を真っ赤に染め上げ涙混じりに光宙みつひろを睨み付けた風鈴から膨大な神通力がわき上がる。そしてそれは暴風となって光宙みつひろに襲いかかった。

「バカヤロー!」

「ガンバラー!?」

 トルネードアッパー、もとい風鈴のアッパーカットを光宙みつひろが見ることはなかった。なぜなら暴風によって空高く吹き飛ばされたからだ。

 その様は、まさしく「どっかーん!」という形容がふさわしかったろう。

 かくして学園一のいたずら小僧、不破光宙ふわみつひろは真昼の星と化すのであった。合掌。


         *


「まあ死んでませんけどね」

「なんの話よ!?」

 風鈴は光宙みつひろに食ってかかった。夕刻になっても二人は相変わらずである。

 校庭とは道路を挟んでテニスコートなどの設備があるのだが、ひとつ異質な設備があった。

 そこには大きな太陽電池パネルと、発電用風車が設置されている。

 閉門間近で空も赤く染まり始めているが、道路には野次馬が集って二人の様子をはやし立てている。

「人を吹っ飛ばして合掌なんかしてるから、念のため生存報告をだな」

「見てたんじゃねえの」

「二人とも、日が暮れちゃうから早く始めてねー」

 のんびりした声が、二人の耳をなでた。発電設備以外は更地の隅に、顧問教師がパイプ椅子に座っていた。

「篠原先生、なんであたしまで罰を受けるんですか?」

「風鈴、学校ではお姉ちゃんと呼びなさいと言ったでしょう?」

「……逆でしょ、それ」

 風鈴の姉、篠原未来しのはらみらいはおっとりとした雰囲気の美人教師なのだが、微妙に変なところのあるのが妹的に悩みの種である。

 読書が趣味のようで、二人の懲罰の監視にも小説持参である。ちなみにタイトルは「素敵な変の始め方」。恋なタイトルである。もとい変なタイトルである。

「んー、風鈴への懲罰理由は、授業妨害、校則違反者に過度の攻撃、あと校長像を破壊といったところかしらね」

「全面的に光宙みつひろが悪いのに」

「だいたい下にスパッツ履いてるくせにくせにうろたえすぎなんだよお前は」

「観衆の前でスカート引っぺがされればうろたえるわよ!」

 野次馬に混じって花丸・美優羽・太郎右衛門たろうえもんといった面々が懲罰を見学していた。金網の内側にいる未来達と談笑している。

光宙みつひろだけならスカート脱がされても良いとも取れるな」

「きいい、風リンの浮気者おぉ!」

「まあなんだかんだと仲良いよね、あの二人」

「若いって良いわねー」

「お姉ちゃんまだ二十三歳でしょう!」

 ちなみに懲罰の際には立会人が必要で、光宙みつひろにはルームメイトの開平橋太郎右衛門かいへいばしたろうえもんが、風鈴には未来が監視を兼ねて立ち会っている。

「そもそもあんたが変態だからあたしまで巻き添え食ったんじゃない」

「日本男児だから仕方がない」

「なんでよ!?」

「日本男児が総じてHentaiだというのは世界の常識だぞ?」

「嫌な常識ね……」

「ボーイフレンドと語らうのも良いけど、風鈴、早く始めないと光宙みつひろ君の方はもうすぐ終わるわよ?」

「なぬ!?」

 素っ頓狂な声を上げ、風鈴は振り返った。その先に映る風車は止まったままで、太陽電池にはさながらカタパルトから発射されたかのように光の矢が次々と命中、充電を続けている。急いで風鈴は風をまとい、風車めがけて解き放つ。

 懲罰は、この太陽電池と風車を使って充電するというもので、何かと懲罰の機会が多い二人のためにわざわざ導入されたともっぱらの噂である。

「ようエモン。寮に帰ったらゲームやろうぜ」

「いいけど、みっくんのは没収されてなかった?」

「帰り際には返却されるから問題なし」

「お姉ちゃん、ずっと没収してた方が良いんじゃない?」

「んー、私は授業中だけ預かってればいいと思うけど」

「そんなだからゲーム機の持ち込みが横行するんじゃないですか」

「けどゲーム機とケータイの区別が難しくなってきてるし。それより風鈴、また手が止まってるわよ?」

「くうう、あいつだって太郎右衛門君と話をしてるのに!」

 光宙みつひろは談笑しながらも太陽電池への充電は止まっていない。呆れたような視線を風鈴へ向けた。

「並行作業は女の方が得意なもんなんだろ?」

「それは偏見よ! あたしは一点集中型なの!」

「あまり力むと風車を壊しちまうぞ」

 風車へ向き直る風鈴に注意を促す光宙みつひろ

「くっそー、光宙みつひろのくせに生意気よ!」

「はっはっは、光の矢光の矢光の矢あぁーっ!」

 充電しながら軽口を叩く光宙みつひろ、彼に何かと振り回される風鈴、はやし立てる野次馬達、苦笑しきりのどっかん屋メンバー。

 新年度から一ヶ月にして、それらはもう日常の光景であった。

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