案内を開始した
キーンコーンカーンコーン。
授業からの解放の音が鳴り響いた。
転入生にとっての最初の授業であり、俺にとっていつも通りの国語の時間は何の変哲もなく終わり、今は休み時間である。隣の席のモヒカンは既に眠っている。まだ一時間目が終わったばかりだというのに。
前の席の一乃下夕陽が振り向き、
「久之木くん」
涼やかな声で名を呼ぶ。その顔には薄笑いが張り付いている。
「まずは、ありがとう。案内役を受けてくれて」
「あ、ああ。転入生さんのご希望だからな」
「ふふ、そう。優しいんだ、久之木くんって」
自分が彼女に気圧されているのが嫌でも分かる。
ぞっとするほど、一乃下夕陽は美人だ。
周囲からの視線を感じる。転入生の休み時間での初会話に、クラス中が興味津々のよう。彼女の一挙一動が、今はまだ注目の的になるのだ。
気まずい気分になっていると、一乃下夕陽は席を立ち、おもむろにその顔を俺の耳元に寄せてきて、
「……放課後にお願いね」
と、だけ。何をいきなりしているのだろうか。
「りょ、了解した……」
俺の反応に満足したのか、一乃下夕陽はすぐに自分の席へ座る。すると途端に女子生徒たちが彼女の下へ押し寄せてきて、彼女を質問攻めし始めた。俺と彼女の会話が終わるのを、虎視眈々と待ち構えていたようだ。
「すごいね、久之木くん。もう一乃下さんと仲良くなれたんだ」
そう小さく言うのは隣の席の美月さんだ。手にはノートほどの大きさの黒い石板を持っている。なにかの映画で出てくるモノリスみたいな外観だ。なんで石板持ってるの?
「なったのかな」
「でもでも、一乃下さんなんだか楽しそうだったよ?」
「そうかな……」
「にしてもキレイだよね、一乃下さん。お月様みたいなキレイさ、ってカンジで」
「ああ、それは思う。綺麗だよね」
綺麗。確かに綺麗なのだ。それも美月さんの言う通りに、月のような幽玄の美しさを彼女は持っている。太陽ではない。彼女は決して太陽ではない。その対極に位置する。
「あ、受信した」
そう言うと、美月さんの持つ黒い石板の表面の一部がピカピカと光った。なにそれ? という俺の質問はこの状況において最もであり最適な行動だと確信した。
「……それ、なに?」
「んー……これはね、宇宙から送られてくる信号を受信して、その内容をここに表示する、交信用端末なんだ。朝陽ヶ丘の森のね、あの入り口にある広場で拾ったんだよ」
「と、とんでもない代物だな。なにか物語が始まってしまいそうだ……」
唐突な宇宙技術の登場に俺の心が動揺しまくっていると、美月さんはおもむろにほにゃっとした笑みを浮かべ、
「……信じちゃった? ごめんね、久之木くん。冗談だよ。これはあたしの手作り。こんど演劇部で使うための小物なんだよ」
「そう、だったのか。は、ははっ、すっかり騙された」
「ふふーん、よくできてるでしょー?」
「ああ。とてもよく、できてる」
美月さんは演劇部所属である。情報はそれぐらいしか分からない。
「ちなみに劇のタイトルはね、『モールス信号 ─宇宙からの告白─』っていうんだけど……まだ、仮決定の名前だけどね。シナリオもまだ完成してないし」
「へー」
「……それにね、これは秘密にしておいてほしいことなんだけど、シナリオはあたしがかんがえてるんだー」
「それは……すごいな」
「ふふー。久之木くんにも一度読んでもらおっかなー」
「ああ、俺でよければ」
「それじゃ、そのときはお願いねー、久之木くんっ」
そして休み時間は終わり、授業が始まり……そんなこんなで、放課後になった。
教室内からどんどん人が
「それじゃあ、久之木くん、行きましょう?」
一乃下夕陽。彼女だけ。
「ふふ。お時間は大丈夫?」
そう言い、彼女が俺に手を差し出す。
俺を案内人として連れて行くために、その白い手を差し出した。
差し出された手、まるで俺がその手を取らないといけないかのようだ。
「ああ、うん」
軽くうなずくだけの返答。
放課後のこの時間、俺としても用事は特になく、部活動に至っては主な活動内容が帰宅なので問題ない。
「……ふうん」
手を引っ込めて、不満そうに彼女は鼻を鳴らした。
「とってくれないんだ」
「……照れるからな」
ぷい、と顔を背けた。我ながら小学生みたいな行動だな、と心の中で苦笑する。
「とってくれないんだ……」
二回目の、その言葉。
名残惜しそうで、拗ねているようで。
「優しくないわ」
俺は彼女の手を取るべきだったのだろうか。
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