待ち人は何処に
ある女性が窓の外を眺めていました。
視線の先には真っ青に広がる海と十字を冠したチャペル。
羨望とも絶望ともとれる表情を浮かべ、彼女は待ち人の帰還を心待ちにしています。
待ち人の帰る場所が此処だと確信する訳でもなく、待ち人が帰ってくる確証すら持たないまま。
私は偶然そんな女性と出会い、彼女に興味を抱く様になりました。
彼女の望む退廃的な思想が、どことなく自分に重ね合ってしまったから。
失礼を承知で、私は彼女に訪ねました。
あなたの視線の先には何が見えるでしょうかと。
彼女はとても澄んだ声で何の澱みも無く笑います。
私の視線の先には大きく広がる海があるだけよ、そこに過去も未来も無いわと。
そう言いながらも私にはあなたがとても深く焦がれている様に見えるのですが。
これは焦がれているなんて生易しい感情では無いわ。業火よりも熱く煮えたぎっているの。
過去も未来も無い慕情をどうしてそこまで。
女性はそこで初めて視線を私に向けてこう言いました。
それが私の持ち得る自由というものですから。
なるほど確かに彼女の言い分はもっともで有り、綺麗に壊れている。
希望の先を望みながら、絶望を味わいたく無いが為に希望は持たない。
過去の記憶を引き摺りながらも、未練は残さない。
それを自由などと呼ぶ辺り、私と彼女はそっくりだ。
ならばあなたは終生を此処で過ごすのですかと問い掛ける。
彼女は私の言葉に即答する。
そんな訳には行きません。私にはここで死ぬ理由が無いと。
ならばいつまであなたは此処に立ち止まっているのですかと問い掛ける。
彼女はその問いにも間髪入れずに返答する。
もちろん、私が納得するまでですわと。
私は被っていた帽子を胸に当て、深く礼をします。
どうやらあなたは私が思っていた以上の回答をお持ちの様です。これまでの非礼をお詫び致しますと。
すると彼女は小さく笑い、十字の冠を超えた遥か先を見つめながらこう言います。
私の話を最後まで聞けたのはあなたが初めてです。狂っているとは思いませんでしたかと。
それは大きな間違いだ。私にはあなたを尊敬する理由はあっても、貶める言葉は持ち合わせておりません。
重ねて彼女はこう言います。
ではあなたは私の存在が理解できるとでもと。
無論、理解など出来得る筈もありません。ただ、その在り方に見惚れてしまっただけです。
そして彼女はこう言います。
あなたは優しすぎます。壊れているものを直そうともせず、何もかもを肯定してしまうのねと。
私には勿体無いお言葉です。
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