第2話 計画通り、行かぬが人生

 タクボは夢を見ていた。最近は思い出す事も無くなってい、戦災孤児施設に居た頃の夢だ。

 

 施設に来た時タクボは十才だった。髪の毛は焦げ、服は泥と血で黒く染まり靴は片方無かった。


 人間同士の戦争で焼け出された無力な子供に、施設の教官達は優しい言葉を掛ける事は無かった。

 

 タクボと同様、この施設に集まった子供達に浴びせられた言葉を今もタクボは覚えていた。 


「自分の生い立ちを嘆く暇があったら教科書を読め。涙を流す時間があったら鍛錬に励め」

 

 施設は戦災孤児達を自立させる為に、手に職を身に着けさせる事が目的の国の機関だ。

 

 だがその実態は、洗脳と言って差し支えないカリキュラムが組まれていた。国に仕えさせる尊さと滅私奉公を叩き込こまれる。


 また冒険者として、民衆の為に命を投げうって危険な依頼を受ける素晴しさを教えられる。

 

 この教えに、十才のタクボは完全に洗脳されかけていた。そのタクボを救ってくれたのが一つ年上の少年だった。

  

「ここの施設の目的は、国に都合の良い人材を作る事さ」 

 

 年はタクボと一つしか違わないのに、彼は妙に大人びていた。父親譲りと言う真紅の長い前髪が、いつも両目を隠していた。


 否。彼は意図的に両目を隠していた。彼の目を見る機会があった時、子供ながらにもタクボは感じた。

 

 それは、この世の全てを憎むような目だった。

 

 「僕は必ず報いを受けさせてやるんだ。僕と僕の家族にした仕打ちの報いを」

 

 タクボを洗脳から救ってくれた恩人は、育ちが良いせいか十才のタクボには少々難しい言葉を話していた。

 

 タクボと真紅の髪の少年は、三年後この施設を出る事となる。タクボは夢の中で思う。今彼は、どこで何をしているのだろうか。


 あの小さい体に刻まれた復讐の誓いを、彼は果たしたのだろうか。

 

 粗末なベッドの上でタクボは目を覚ました。規則正しい生活のお陰で毎朝決まった時間に起きるタクボは、深い溜め息をついた。

 

 今日は厄介な仕事を片付けなければならない。拒否すれば国から罪に問われると言う。なぜ田舎に住む魔法使い一人放って置いてくれないのか。

 

 粗末な机に置いてある安価な陶器に入った水を一口飲みまた溜め息を吐く。溜め息をつく度に幸運が逃げて行くと誰かが言っていた。

 

 ならば同様に不運が逃げて行く所作があっても良い筈だと。そんな埒も無い事を考えタクボは三度目の溜め息をついた。


タクボが拠点にしているこの小さい街にも教会がある。昨日マルタナから指定された場所と時間は中央広場にあるこの教会であり、正午の鐘が鳴る時だった。

 

 教会の外には軍用馬車がニ台停車していた。その馬車の周囲に兵士が十人程立っている。

 

 タクボに気付いたマルタナが近寄ってくる。今日の彼女は旅装の格好をしていた。腰に短剣も帯びている。


「おはようタクボ。昨日はよく眠れたかしら?」

 

「君の残して行った恋文のお陰で快眠とは行かなかったがな」

 

 昨夜マルタナは、タクボの部屋を出る時に手紙を残して行った。

 

「あら。寝不足になる程、私の恋文を読んでくれたのね。嬉しいわ」

  

 マルタナは目を細め微笑む。彼女はこの両目の鋭さが消えればかなりの佳人だった。タクボはそんな事をぼんやりと考えていた。

 

「君が魔法使いタクボか」

 

 この国の軍隊で正式採用されている甲冑を身に着けた男が話しかけてきた。


「私は第一騎士団少佐のウェンデルだ。今日はよろしく頼む」

 

 二十代後半と思われる紅茶色の髪をした青年は、真面目そうな表情と口調でタクボに手を差し出して来た。


「タクボだ。役に立てるか分からないが、よろしく」

 

 ウェンデルと握手をしたタクボは、彼の手は厚くゴワゴワしている事を感じた。それは戦士の手だった。


「高いレベルの君に同行してもらえばこちらも心強い。報酬は約束するので心配しないでくれ」


 ウェンデルは屈強そうな顔を和らげ微笑した。どうやらこの青年は邪な性根とは無縁な人柄と思われた。


 それに第一騎士団と言えば軍隊の中でも最精鋭の集団だった。優秀な人材なのだろとタクボは感じた。

 

 ウェンデルはこの仕事の真実を知らない。知らされていないとタクボは確信した。


「さあ。準備も出来たし早く出発しましょう」

 

 邪な性根と相性が良さそうな美女が声を掛ける。十二人の男と一人の女は、ニ台の馬車に分乗して街を出発した。

 

 ニ台の馬車は行路を道なりに進む。風が少しあったが空は快晴で気温も丁度いい。

 

 秘密裏の輸送なのに街の人目がある場所に集まったり、昼間に決行する理由をタクボはウェンデルに聞いた。 


「明るい時間に人目に紛れた方が怪しく見られないのさ」

 

 ウェンデルは親切に教えてくれた。先程階級は少佐と名乗っていたが、軍人特有の高圧的態度が彼には無かった。

 

 一時間程経過した頃、馬車は小さい森の入口に差し掛かかった。この森の中でタクボは武器強奪の罪を着せられ殺される予定だった。

 

 昨日マルタナが残して行った手紙には、この武器輸送計画の裏が記されていた。

 

 先ず輸送する武器とはこの国が輩出した歴代の勇者達がかつて使用していた武器だった。


 この世に僅かしか存在しない希少鉱物を原料に、世界で数人しか居ない名工が心血を注いで作り上げた名刀達だ。

 

 これらの武器は、王都の国立宝物館に厳重に保管されている筈だった。それが、何故持ち出され何処の誰に渡すのか。

 

 勇者の武器を渡す相手を知ってタクボは驚愕した。これがこの世の真実とでも言うのかと。

 

 何故田舎の冒険者であるタクボを生贄に選んだのか。マルタナの手紙には、この国に怨恨がある人間が選別されたと書かれていた。

 

 タクボの故郷は領土問題の紛争に巻き込まれ廃墟と化した。攻め込んだのは今タクボが住み着いている街を領有しているこの国だ。

 

 マルタナはタクボが在席していた戦災孤児施設の記録を調べ、タクボが故郷の生き残りならその村を蹂躙したこの国を恨んでいると断定したのだろう。

 

 勇者達の武器は取引相手に渡り消えて無くなる。そしてその咎を負わせる役目に白羽の矢が立ったのがタクボだった。

 

 森の中は馬車一台がようやく通れる道幅だった。ニ台の馬車は二列になって狭い道を走って行く。

 

 荷台の向かいに座って居たマルタナが、目で合図を送って来る。どうやら自分はここで殺されるらしい。タクボはそう確信した。


 異変は一瞬にして起こった。


 左右の木々の隙間から矢が射掛けられて来た。先頭を走る馬車の荷台に居た兵士達は声を上げる暇も無く矢を受け倒れて行く。

 

 ニ射目、三射目で先頭馬車に搭乗していた兵士達は全滅した。ニ台目に同乗していたウェンデルは馬車の停車を命じた。棺桶と化した一台目の馬車はそのまま道を掛けて消えていった。

 

 ウェンデルを始め、以下五名の兵士達が抜刀し馬車から降りる。紅茶色の髪の青年はよく通る声を張り上げる。


「何者か! 姿を見せろ!」

 

 タクボとマルタナは荷台を盾にするように身をかがめる。

 

「始まったわね」 

 

 マルタナからいつもの余裕の表情が消えていた。


「マルタナ。一つ質問がある」


「恋文の返事なら今は結構よ」

 

 周囲を警戒し、顔をタクボに向けず彼女は答えた。 


「なぜ真実を私に教えた?」


「あら。理由は恋文に書いたと思うけど」

 

 マルタナの手紙にはこう書かれていた。自分は国に所属している諜報員だと。今回の計画で無実の罪で殺されるタクボがあまりに不憫なので真実を伝えると記されていた。


「私にそれを教えて君に何の益がある? 下手をすれば君も同罪になるぞ」

 

「消されるのはタクボ。アナタだけじゃないわ」

 

 マルタナは今度はタクボに顔を向けた。


「アナタと私。そして目の前に居る何も知らない少佐さんも全員消されるわ」


「この国がそこまでする理由は?」


「手紙に書いたでしょう? この取引はそれ程危険だからよ」

 

 マルタナがタクボに真実を伝えたのは、共闘してこの窮地を逃れる為だった。

 

「なぜ人材を使い捨てにするようなこの国に仕える?」

 

 マルタナは一瞬だけ悲しげな表情を見せたが、直ぐにいつもの表情に戻った。

 

「私には病気の婚約者が居るの。だから報酬が高い今の仕事が必要だったの」

 

 彼女は片目を閉じ微笑んで見せた。どうやら真相を語る気が無い様子だった。

 

 襲撃者達が姿を見せたのは、タクボとマルタナの会話が途切れた時だった。

 

「伝説の勇者達の武器を輸送する。そんな重要な任務の最中に邪魔をしたね」

 

 漆黒の髪。そして首からつま先まで黒い衣服を身に纏った男が現れた。甲冑も武器も帯びている様子がない。大柄なウェンデルに比べ、その背丈は低く細見だ。

 

 黒衣の男の周囲から次々と兵士達が現れる。数は三十から四十と思われた。その兵士達の鎧の紋章は隣国の物だった。

 

 タクボが所属しているこの国とは、国境付近の領土を巡って度々武力衝突を繰り返していた。


「隣国の手の物か! この輸送計画をどこで知った!」

 

 ウェンデルが黒衣の男に問い正す。五倍の兵力相手に怯む様子が全く無かった。


「国同士の争いは諜報活動の優劣でほぼ決まる。僕の国の密偵はどうやら優秀みたいでね」

  

 その言葉を残して黒衣の男は姿を消した。否。文字通り姿が消えたのだ。

 

 タクボは隣に居たマルタナを突き飛ばした。次の瞬間、さっきまでマルタナの頭部があった場所に短剣が突き刺さる。

 

 馬車の荷台に深く刺さった短剣を握っているのは先程姿を消した黒衣の男だった。

 

「あれ? なんで彼女を狙ったのが分かったの?」 

 

 タクボのすぐ隣で黒衣の男が不思議そうに首をかしげている。


「山を張っただけだ。暗殺者なら戦闘力の無い物から順に狙うとな」 


「僕の生業も分かったの? 君何者? すごいね」

 

 黒衣の男は深く刺さった短剣がなかなか抜けず不快な表情を見せた。


「それもただのカンだ。それよりさっきはどうやって姿を消して近づいた?」 


「うーん。説明すると難しいんだよね。地形。気温。湿気具合。太陽の光やら色々とね」

  

 ナイフを投じた男の接近時、タクボは気配すら感じなかった。一見まだ若そうに見えるこの黒衣の男は恐ろしい程の手練だった。タクボは戦慄した。

 

 タクボは杖をかざし衝撃波の呪文を唱えた。

  

 黒衣の男が衝撃波で吹き飛ぶ。草木も一緒に舞い黒衣の男は十メートル程の高さから地面に落下して行く。その筈だった。

 

 黒衣の男は身体を半回転させ無事両足で着地した。


「君。魔法使いか。ローブを着てないから分からなかったよ」

 

 黒衣の男が前髪をかきあげた。その顔はまだ十代と思われる程若かった。


「その若さで暗殺家業か。こんな少年をそうさせるこの世の中はどうかしている」

 

 黒衣の少年との距離を測りつつ、タクボはついボヤいてしまった。


「確かに。魔王や魔族が好き勝手やっているのに、人間同士で争っている場合じゃないよね」


「少年。君もそう思うか。冒険者も軍隊の兵士も、もっと自分の命を大切にするべきだ」

 

 タクボは自分の中にある妙なスイッチが入りつつあると感じていた。


「本当にそうだよね。僕もこんな仕事してるけどさ。根は平和主義者なんだよ」


「少年。君とは気が合いそうだな。こんな形で出会わなければ語り合いたかったぞ」


「何について?」


「最初の議題は冒険者の引退後の処遇だ。国が恩給を出してその生活を保証する制度の提案だ」


「それは興味深いな。一晩じゃ語り尽くせそうにないね」

 

 言うと同時に少年の手から複数のナイフがタクボめがけて放たれた。

 

 タクボが身体をのけぞらせナイフを避ける。さっきまでタクボの心臓があった場所にナイフが刺さる。馬車の荷台には合計四本のナイフが突き刺さった。 

 

 少年が間合いを詰めようとした刹那、ウェンデルの長剣が少年の喉を突き刺す。筈だったが、少年は後方に宙返りしそれを避ける。その身のこなしは、まるで重力の制約とは無縁と思われた。


「タクボ! この少年の相手は私がする。君は敵兵士達を頼む」

 

 ウェンデルはこの襲撃者達の頭目を少年と断定し、自分が足止めする役目を買って出た。兵士の数では勝ち目は無い。タクボの呪文に活路を見い出すしか手が無かった。

 

「タクボ! 何とかなりそう!?」


 さっきタクボに突き飛ばされたマルタナが駆け寄って来る。

 

 隣国の兵士達は声を上げてタクボ達に向かって殺到して来た。タクボに加減を考えている余裕は無かった。そう決断したタクボは愛用の杖を敵に向ける。

 

 その時、敵兵士達の後方から叫び声が聞こえた。周囲の敵兵士達は異変を察し、声が聞こえた方角へ向かって行く。

 

 人影が見えた。その人影へ敵兵士達が向かう度、人の首が血しぶきと共に飛んだ。

 

 その数は増えていき、五分と経たない内に両手の指の数を超えた。


「あれが武器を渡す相手か。マルタナ」

 

 人の形をした死神としか思えない相手を凝視しながら、タクボはマルタナに質問した。


「そうよ。タクボ。あれが武器を渡す相手。魔王の側近。序列一位」

 

 マルタナは緊張のあまりか滑舌が悪くなる。

 

「サウザンド。それが奴の名よ」

 

 平穏な人生を望むタクボを鼻で笑うように、死神は一歩ずつタクボ達に近づいて来た。

 

 

 

 

 

 





  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る