18.何かが心に引っかかっている

 誘拐事件の後、私たちは別荘でもう一泊してから寮に戻った。

 ユウの疲労が激しく、起き上がるのも難しかったからだ。


 私を守って……守るたびに、ユウはこんな風になってしまうのか。

 そう思って泣きそうになっていると、ユウは

「しばらくは来れないはずだから心配しないで。そのために、徹底的に潰したんだから」

と言って、私の頭を撫でてくれた。

 違う、私の心配はそういうことじゃない……そう思ったけど、どう言えばいいかわからず私は頷くだけだった。


 ユウの予言通り、その後キエラが襲ってくることはなく――2学期が始まった。


   * * *


 体育祭があと五日後に迫っていた。

 この頃になると、部活動がいったん休止になり、放課後は体育祭の準備や練習に追われることになる。

 私とユウと夜斗は紅組。理央は白組だった。


「体育祭、楽しみだね」


 ジャージに着替えながら言うと、ロッカーを隔てた向こうからユウが

「そんなに面白いものなの?」

と不思議そうに聞いてきた。


「うーん、そうだね。私にとっては。ユウはどの競技に出るの?」

「五十メートル走と綱引き」

「……全員参加の競技だけだ」

「病弱っていう設定だからね。それに、別々の場所にいたら、いざというとき守れないから」

「……ありがとう」


 ユウは、いつも私の都合を優先してくれる。

 ……ガードだから。

 あの事件以来、このことがいつも引っかかっていた。

 何に引っかかっているのか、自分でもよくわからないんだけど。


「朝日、着替え終わった?」

「うん」


 ユウがロッカーの陰から出てきた。ユウは制服のままだ。


「今から何をするの?」


 女子更衣室を出て、二人で連れだって歩き出す。

 体育館や校庭……校舎の脇の道場など、さまざまな場所で練習している声が聞こえる。

 こういう活気ある感じは、とても好きだ。


「競技練習だよ。私、5つ……違った、6つの競技に出るから練習も忙しいの」

「ふうん」


 そのとき、「騎馬戦の人は集まってー」という上級生の声が聞こえてきたので、私は

「あ、行かなきゃ。じゃ、頑張ってくるね!」

と言ってユウに手を振り、集合場所に駆け出した。



 フォーメーションを確認したり、作戦を練ったり。

 走り込みをしたり、模擬戦をやったり。

 あちらこちらの競技練習に参加し、そのすべてが終わる頃には、もう西の空が真っ赤に染まっていた。


「はぁ、疲れた!」

「……女の子って、意外に逞しいんだなって今日、気づいたよ……」


 私の練習する様子をずっと眺めていたユウが、呆れたような声を出した。

 体育祭の競技というと走る系ばかりじゃない。騎馬戦を始めとする、バトル系もある。

 その練習はというと「いかに相手を威嚇するか」「いかに効率よく奪取するか」という、殺伐したモノがある。

 それを目の当たりにしたユウが若干引くのも無理はないかも……。


「あ、朝日! 見てたわよ」


 着替えるために更衣室に向かっていたら、通りかかった理央に声をかけられた。理央もユウと同じく制服のままだ。


「すごく元気ね。疲れない?」

「さすがに今日はちょっと疲れた。理央は練習ないの?」


 理央はちょっと笑うと「私、スポーツ苦手なの」と恥ずかしそうにしていた。

 もう少し話をしようかな、と思ったけどユウが「早く行こうよ」という感じで私の腕を引っ張るから、

「じゃあ、私たち寮に戻るから」

と言ってすぐにその場を離れた。


 理央には聞こえないぐらいまで離れたところで

「ユウってさ、理央とあんまり喋らないよね」

と聞いてみると、

「うん……まあね。何というか、迫力に押されるのかな」

という答えが返ってきた。


 それは……凄い美人だからって意味なのかな。

 ユウはこんな姿しているけど男の子だし、やっぱり、美人には弱いのかな。


 ちょっと複雑な気持ちになってその答えの意味を考えていると、今度は夜斗と出くわした。


「おっ、今帰り?」

「うん」

「何だ、ユウはやらないのか?」


 汗でびっしょりの顔をタオルで拭きながら聞く。

 夜斗も、私と同じくらい競技に出るので、今日はたくさん練習に参加したんじゃないかな。


「……まぁね。あまり体が丈夫じゃないから」


 ユウは淡々と答える。夜斗は「ふうん」とだけ相槌を打ったあと、


「あ、朝日。髪に葉っぱついてるぞ」


と、私の髪の毛の間からひょいとつまんで取ってくれた。


「あ、ありがと……」

「まぁ目線がかなり上なんで、よく見えるから」

「一言多い!」


 蹴る真似をすると、夜斗はゲラゲラ笑いながら「じゃあな」と言って去っていった。


「……っとにもう!」

「朝日、着替えたら早く帰ってお風呂に入った方がいいよ。風邪ひくよ」


 ユウが早口でそう言った。

 心なしか、機嫌が悪い気がする。……いや、警戒していると言った方がいいかもしれない。


「あ……うん」


 私とユウは並んで女子更衣室に向かって再び歩き始めた。


「ユウは、夜斗とはわりと喋るんだね」

「まぁ、いろいろあったしね。……監視しておいた方がよさそうだと思って」

「……ふうん」


 やっぱりユウは、夜斗を疑ってるんだ。まぁ、絶対大丈夫っていう保証もないしね。

 面と向かって突っかかってる訳じゃないし、いいかな。


「ま、朝日は気にしなくていいよ。そのまま普通にしていれば」

「うん……」


 やっぱり警戒というよりは機嫌が悪い気がすると思ったけど、何も言わない方がいい気がして、それ以上夜斗の話をするのはやめておいた。


   * * *


 それから日は流れ、今日は体育祭。

 グラウンドは大いに盛り上がっていた。


「フレー、フレー、あ、か、ぐ、み!」

「白組―、ファイト!」


 さまざまな声援が飛び交っている。

 もう競技も大詰め。わずかに白組がリードしていて、私達紅組は負けている。

 だけど最後の選抜リレーによっては、逆転もあり得る訳だし、頑張らないとね。


「さてと。リレーに行ってくるかな」


 私が立ち上がると、ユウは「途中まで一緒に行くよ」と言ってついてきた。

 だけど校舎にさしかかると、

「僕、ちょっと呼ばれてるからここで」

と言ってユウは校舎裏に行ってしまった。

 まだ時間もあるし、何だか気になって、私はユウの後をつけた。


「……紙山さん」


 どこからともなく男の子の声が聞こえた。

 ひょいと覗くと、クラスの男子とユウが向かい合っていた。


「あの、その……好きです。俺と、付き合って……ください」


 うわっ、告白だ。……私には男同士にしか見えないけど。いや、正確には男子と女装男子か。

 ユウは……何て答えるんだろう?


「僕は無理なんだ。他を当たってくれ」

「……」


 そんな答え方があるかー!

 私はイラッとして思わず二人の前に飛び出そうとした。

 すると、誰かにグイッと腕を引っ張られた。


「だ……ふごっ」


 口を押さえられる。振り返ると、夜斗だった。


「……やめとけって。ユウはともかく、あっちの男が可哀そうだ」

「……」


 だって。だって、だって。

 いくら世間に疎いからって、あんな返事の仕方はないよ。

 あの男の子だって、あんなに頑張って告白したのに。


「ほら、リレーの選手、呼ばれてるぞ」


 私は夜斗に手を引かれて無理やりその場から離れさせられた。

 それでも私の脳裏には、さっきのユウの台詞がこびりついていた。

 どうしてもムカムカが収まらない。なぜだろう。自分の事でもないのに。

 私は怒っていた。――何に対してなのか、よく分からずに。




 選抜リレーでは私は第一走者だったんだけど、何だかくすぶっていたものが爆発して怒涛の走りをすることができた。

 おかげでリレーは紅の勝ちで、結果として総合も紅組の勝ちになった。

 最後はそれぞれの組で輪を作ってフォークダンスをすることになっている。

 私とユウは輪を作るために並んでいたんだけど、何だかお互い表情がぎこちない。


「……朝日さぁ、さっき夜斗と手をつないで何してたの?」


 我慢できなくなったのか、ユウの方が先に切り出した。

 どうやらユウは、あの告白のあと彼を置き去りにしてさっさと帰って来たのだろう。私が夜斗に引っ張られている所を見ていたようだ。

 何だかちょっとムッとしているようだった。


「……リレーの時間だぞって引っ張られてただけ。ユウこそ……」


 ユウの『僕は無理』という台詞を思い出し、私もちょっとムッとする。


「告白されてたの見たよ」

「僕に告白なんて、あり得ないでしょ」

「……そうは言っても!」


 ユウは見た目は美少女なんだから、これからだってああいうことはあるよ!

 中にはすごく真剣な人だっているかもしれない。


「あんな答え方してたら、駄目だよ!」


 そう言い返したところで、曲が鳴ってフォークダンスが始まった。

 ユウの方を見ると、ユウは相変わらず淡々とやってるんだけど男子の方はニヤついてる人やはしゃいでる人、真っ赤になっている人など様々だ。


「……上条さん?」


 ふと今一緒に踊っている人に声をかけられた。三年生の先輩だ。


「今日大活躍だったね」

「あ、ありがとうございます」

「今度遊びに行こうね」

「は……はは……」


 これはナンパなのかな?

 乾いた笑いをしつつ、適当にお茶を濁してその人と離れた。

 だいたい、私は今まで男の子と付き合ったことがない。告白されたこともないし。夜斗みたいな、友達として喋ったりすることはあったけど。

 だからこういうときはどういう返しが正解なのか、イマイチわからない。


 そのあと何曲か踊って――体育祭は終わった。

 同級生たちが興奮冷めやらぬ様子でわいわい言いながら、後片付けをし始めた。

 妙に不機嫌そうにしているユウと、何だかモヤモヤする私をよそに……。

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