16.朝日には、見せられない -ユウside-
「……朝日……」
気を失ってしまった朝日の泥だらけの頬を撫でた。
目尻から溢れていた涙を拭う。
たまらなくなって、力いっぱい抱きしめた。
よく見ると、腕は草で切ったのか傷だらけだ。足も擦りむいたのか、血が出ている。
何とも言えない怒りがこみ上げるのを感じた。
「……!」
崖の上から誰かが突撃してくるのがわかったが、見る必要もなかった。
右手を突き上げ、思いっきり力をぶち当てる。
声にならない悲鳴が聞こえた。……多分、四肢が散り散りになって燃え尽きているはずだ。
俺は再び朝日を眺めた。
ぐったりとしているが、顔色は悪くない。大きな怪我はしていないみたいだ。
ゲートから出た瞬間に目にしたのは、崖から落ちてくる朝日の姿だった。
あのまま落ちていたら、ただでは済まない。
そんなこと……想像しただけで、恐ろしいくらい背筋が寒くなる。
腹の底から、何かがふつふつと沸きあがってくるのを感じた。
――つねに穏やかに。周りをよく見ろ。冷静になるのだ、ユウディエン。
ヤジュ様には、再三注意されていた。
怒りに任せて力を使うと、制御ができない。それは時には自分に害をなすこともある……と。
だが……今日はもう、制御できそうもない。
朝日をこんな目に遭わされて、冷静でいられるわけがない。
ずっと見守っていた――俺が守るべき
今までは、フィラの人間かもしれない……つまり、同胞かもしれないという思いがあった。
だが、奴らの精神は完全に歪められてしまっている。
それに、ここで徹底的に潰しておかなければ、すぐに次がやってくるだろう。
もう二度と俺と闘う気がなくなるぐらい、やってやる。
いつもは朝日の目の前だったから殺す訳にもいかなかったが、今日は遠慮はいらない。
俺は覚悟を決めると、朝日を抱きかかえて立ち上がり、崖の上まで飛び上がった。
そういえば……森の奥にまだ何かがあるようなことを、朝日が言っていたな。
敵の本拠地があるのだろうか。だとしたら、叩いておかなければ……。
ふと足元を見回すと、黒焦げになった残骸が散らばっていた。……さっき突撃してきた奴か。
「……っ」
さっきの出来事を思い出し、無性にイラついた。
手をかざし、完全に灰にする。黒い灰が海風に乗って飛び散った。
森へ続く道がある。草が不自然に折れ、踏みにじられて散らかっていた。
……朝日は、ここから走ってきたのかな。
中を進むと、木々の隙間に朝日の鞄と中身が散らばっていた。そして少し向こうに、少女が倒れているのが見えた。
とりあえず、朝日の荷物を一つ一つ拾い集めた。
辺りを注意深く見回すと、地面や草に闘った形跡が残されていた。
朝日一人で立ち向かったんだろうか。本当に、よく無事でいてくれた……。
……もう、こいつら絶対に、許さない。
『う……』
倒れていた少女がゆっくりと上半身を起こすのが見えた。
俺は朝日を左腕で抱えたまま少女に突進し、右手で彼女を吹き飛ばした。
『きゃぁっ!』
少女が後ろの樹にぶつかって崩れ落ちる。彼女の首を掴んで樹に押さえつけた。
『く……苦し……』
『俺の質問に答えろ』
少女の目を見据えた。少女は俺と気絶した朝日を見比べると、ぶるぶる震えだした。
『ば……化け物……』
『大した言い草だな。お前ら……何が目的だ? 仲間はどれくらいいる?』
少女の右目が異様な輝きを放った。……幻惑だ。
瞬間的に、俺は彼女の右目を潰した。
『ぎゃあぁぁー!』
『悪いが手加減する気はない』
彼女の首を絞める右手に力を込める。
『さっさと白状した方がいい。お前は戦闘系じゃないだろう。素直に答えれば、命だけは助けてやる』
『は……こんな……こんな化け物二人だなんて……聞いてな……』
少女が唇をわなわなと震わせた瞬間。
強烈なフェルティガの気配が周囲を取り巻くのを感じた。
朝日を抱えたまま、咄嗟に後ろに飛び退く。同時に、猛烈な火炎流が巻き起こった。
あっという間に少女を呑み込み、背にしていた樹も巻き込んで一気に燃え上がる。
……少女の断末魔の叫び声がうるさい。
『……ちっ……』
すぐ近くで、少年の声が聞こえた。瞬間移動か!
捉えるまでもない――俺は自分の周囲360度、一気に衝撃波を放った。
『ぎゃあぁぁ!』
『……!』
敵は二人だった。一人は逃げ遅れてまともに食らったらしく、燃え盛る炎の中に消えていった。あっという間に燃え尽きる。
もう一人は間一髪でジャンプし、少し離れた場所に降り立った。
『その女を抱えてその威力か。本当に化け物だな』
逃げ延びた少年が嫌な笑い方をした。よく見ると、初めて闘った時の少年だった。
『それともその女を盾にしてるつもりか?』
何を言っているのかわからない。
あの火炎流を起こしたのは、恐らくこの少年だろう。
味方もろとも焼き滅ぼそうとし、かつ仲間も助けようともしないとは……。
『……あの女はお前たちの仲間だろう』
『スウェンのことか? せいぜい利用させてもらっただけだ。お前には、まともに攻撃しても当たらないみたいだからな』
『……』
気分が悪い。ディゲっていうのは皆こんな感じなのか。
『……ここはどこだ』
こいつらの話をまともに聞いても仕方がない。俺は質問を変えた。
『ミュービュリの人間はいないのか』
俺は朝日を樹の陰に座らせながら聞いた。朝日にバリアは効かない……。樹全体にバリアを張り巡らせる。
これで、朝日がこいつの攻撃に晒されることはないだろう。
今ここには、俺とヤツしかいない。不意をつかれることはないはずだ。
『ここはニホンとやらからは遠く離れた、小さな無人島だ。俺たちが暴れまわっているところをミュービュリの人間に見られる訳にはいかないからな』
少年が俺を睨みつけた。
『ディゲで俺はナンバーワンだったんだ。初めて負けたのがお前だ。お前は絶対俺が倒す!』
『……甘いな』
俺は一瞬で少年の懐に入ると、フェルティガで強化した腕で腹を思いきり殴り飛ばした。少年がボロ雑巾のように吹き飛ぶ。
吹き飛んだ先にさらに詰め寄り、頭を掴んで地面に叩きつけた。
『ぐはぁっ!』
『……そんなことにこだわっているようじゃ無理だ』
腕に力を込める。少年は必死にもがいていた。
『お前らの目的は何だ。答えろ』
『……お前ら二人をカンゼル様の前に連れてくる、ただそれだけだ!』
少年は頭を掴んでいた俺の腕を両手で掴み、何かを仕掛けようとした。俺は容赦なく少年の腕を破壊した。
『ぎゃあぁぁーっ!』
少年がのた打ち回る。
どうやら、これ以上の情報は引き出せなさそうだ。こいつらの仲間がまだいるのかどうかは分からないが――この山自体を壊せば済むことだ。
俺は少年を捨て置くと、寝かせておいた朝日のもとに戻った。まだ意識は戻っていない。
……今のうちに、ケリをつけてしまおう。
俺は朝日を背負うと、地面に手を当てた。
『おま……何……』
両腕が千切れた少年が何かを言いかけたが、俺の耳には入らなかった。
俺の中のフェルティガを手に集中させる。
『――砕けろ!』
俺はありったけの力を地面にぶつけた。
地面に亀裂が入り、辺りの木々を巻き込み始める。地面に転がっていた少年も声を上げる間もないまま地割れに吸い込まれていった。
朝日を背負って飛び上がり、上空から様子を見る。
まだ十数人の兵士がいたようだが、急激に起こった山崩れに慌てふためいていた。
そのうちの何人かがどうにか飛び出そうとしていたが……後から後から落ちてくる土砂や岩に為す術もなく……土砂の中に飲み込まれていった。
特に、攻撃してくる連中もいなさそうだ。多分、これで一掃できたはず……。
俺はホッと一息つくと、朝日を背負ったまま崩れていく山と共にゆっくりと下降した。
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