隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている!
狼煙
第1話 元魔王様、勇者たちにお笑いを見せる。
1-① お前達にはもっと別の方で役立ってもらうつもりなのじゃ
剣が折れた。
相手の攻撃を盾代わりとして受け、受けた部分から展性の限界を超えたため剣が破壊された。
ここまで幾多の戦闘を、勇者ロボッソ・ウギューの訓練も戦いも支えてきてくれた、伝説の剣が。
「くっ!」
一旦距離を取ろうと後ろに飛ぶロボッソ。それを追うようにして彼の長い赤髪が揺れた。
ほぼ同時に彼の胸に飛んでくる蹴りと衝撃。勇者の訓練で行われた、鉄槌で叩かれたとき以上の一撃。
まるで木の葉を吹き飛ばす暴風の様にして、ロボッソの体に勢いを付加、近くの大木に叩きつけた。
「ぐはっ!」
僅かながら後方に下がったため威力は軽減、それでも着ていた鎧が砕け、下に着ていた服も衝撃で破けた。
いくらか内出血も被ったようだが命に別状はない。意識もはっきりしている。
だがそれがために、相対している敵が余裕な現状も分かってしまった。
あれだけ魔法を浴びせたのに、幾度も切りつけたのに。全く効果が無かった。
(化け物が……!)
その化け物を改めてロボッソは見つめる。
長い金髪をツインテールにしている幼き女。
着ている服装はフード付きの緑色のマントで全身を覆っている。体型こそ分からないが、身長はあまり高くない。必然、体重も。ここまでは普通のどこにでもいる幼女なのだ。
唯一変わっているところ、それは額から2本の硬質化した角が生えていることだ。
「すまぬの、そこな人族。じゃがそなたも悪いのだぞ。余の話を聞かずに襲ってくるのじゃから」
その彼女が剣を折り、今ロボッソを蹴り飛ばした。
やられた側にしてみると悪魔的とさえいえる威力だが、やった側にしてみると大したことをしていないと思っているのだろう。
「余が何度も何度も話を聞けと言うのに、それにも関わらず襲ってくるのはどうかと思うぞ」
何故なら彼女にしてみると、人間を殺すなど簡単な力を持っている、魔王だったのだから。
「ともあれ、もうやめよ人族の男。これ以上の抵抗は無駄じゃ。お前の攻撃では余を傷つけることはできぬ」
腕力と魔力ですべての生命の頂点に君臨しながらも引退した、元魔王、シコロモートなのだから。
シコロモートはゆっくりと、ロボッソに近づいてきた。その行きがてら、シコロモートは折れたロボッソの剣を拾った。
「剣も折れたしのう。それに……」
折れた刃を掌に突き立てる。
刀身こそ短くなったが、残った刃で切り裂き、突くことは十分に可能である。
「この程度の剣、仮に刺さっても」
力を込めて、刃を押し込むシコロモート。肉や血管を切り裂き出血、骨に到達。とならず
パキィン!
澄んだ音と共に剣が砕けた。
両手からの圧力、皮膚の硬さ。諸々の要因によって剣の耐久力を超えたため、破壊された。
「こうなるのじゃ。そしてもうお主の体も言うことは聞かぬ。ここまでにしておくのじゃな」
穏やかな声で言いながら、シコロモートは柄だけになったそれをロボッソへ投げた。
「それにお主が率いていた部隊の面々ももう戦えぬ。余が全員昏倒させて、余の連れが武器を破壊しておいたからのう」
シコロモートの台詞に追従するように1人の男が空間転移をしてきた。
銀色の髪、長さは目に若干かかるほどの長さ。そんな髪の毛の持ち主。シコロモートと同様同色のマントをしっかり着込みながら眼鏡をかけた男。ある一点さえ除けば人族と言って通じる男性。
しかしシコロモート同様、額から生えている2本の角。これが決して人族ではないことの証明していた。
魔王ギムコ。
シコロモートと比較すると実力では圧倒的に劣るが、それでも並みの人族では相手にならない。特にその魔力と知力はシコロモートに匹敵しているのではないか、と言われている。
そのギムコが魔法によって運んできたもの。気絶したロボッソの部下数人を地面に転がした。
「だからこれ以上の抵抗はせぬ方が良いぞ。降伏したものに余はそれ以上の攻撃を加えようとはせぬ」
「私達をどうする気だ……殺すのか……」
「殺す? 何故そんなことをする必要がある? そんなことをして余に何の得もないじゃろう?」
近寄りロボッソに向かって腕を伸ばすシコロモート。
細い、筋肉など全くついている様に見えない腕。子供の腕そのもの。
「お前達にはもっと別の方で役立ってもらうつもりなのじゃ。じゃから殺さぬ」
その声は落ち着いており、本来なら聞くものに安心を抱かせるものであった。
しかしロボッソには、先ほど圧倒的な暴力で叩き伏せられた彼にしてみると効果は低かった。むしろ疑念の炎が灯った。
(殺すつもりはない、か……ふん、魔族の言うことなど信用できるか!)
笑いながら殺された。
凌辱の果てに首を刎ねられた。
捕虜同士で殺し合いをさせられ、生き残った方も殺された。
捕まった人族は魔族にこの様な仕打ちを受ける。全て伝聞ではあったが、ロボッソはこれと似たような行いはされてきたと考えていた。
(もし奴らの言葉を信じて殺しはしないとしてもどう扱うのか……人質としての利用、虜囚としての見せしめ、または新魔法等の生体実験体……くっ、どれであっても最悪だ!)
様々な候補が浮かんではくるが、どれもろくなものではない。それでいて解決策は何もない。
「魔王様、全員の治療と目覚ましを完了しました。全員いけます」
ギムコの報告を聞き、シコロモートは狂暴そうな笑顔を浮かべた。
「うむ、ギムコ。ご苦労であった。さあて、それでは早速役立ってもらおうかの。お前達全員に……」
着ていたマントを脱ぎ捨てるシコロモート。
「聞いてもらおうかの! 余の漫才を!」
「……」
「……」
「……」
風が、吹いた。本来ならあまり聞こえないはずの風音。それがしっかりと聞き取れるほどの静寂。
いや、正確に言えば音はあった。ただ一人軽くため息をつく、ギムコの吐息の音が。
「……まんざい?」
「そう、漫才じゃ!」
かなり長く続いていた沈黙を破ったのはロボッソ。そしてそれに被せ気味に応じてきたシコロモートであった。
「……マンザイとは新しい魔法かなにかのことか?」
「そんな魔法があるか。漫才じゃ漫才! ま! ん! ざ! い! 掛け合い! お笑いじゃ!」
力説するように握り拳をシコロモートは作った。
「余によって余が行う観客のための、魔王と魔王の漫才じゃ! 正確に言えば元魔王じゃが……ともあれそんな細かいことはどうでもよかろう! じゃから余の漫才、『まままマンザイ』を見せてやろう!」
そう言いながらシコロモートは両手に魔力を宿す。膨大にして圧縮された緑色の魔力を一瞬で手に集め、
「ふん!」
それらを自らの胴体に挿入した。
最初は抵抗するかのように凹みを付けていた魔力塊。だがやがてシトロモーコの体内に溶けていく様にして取り込まれる。そして
シコロモートは2人になった。
細胞分裂の様に、複製を作るかの如く。全く同じ姿をしたシコロモートがシコロモートから生えてきて、地面に足をつけた。
「それでは聞かせてやろう。まままマンザイ!」
『演目は『魔王と部下』じゃ!』
そうして漫才は開幕した。
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