3-3 わたくしとお兄様の真実ですわ~後編~

 マリエはティーカップに注がれた紅茶を一気に飲み干して、空になったカップをソーサーに戻した。何度か首をぐるぐると回し、大きく息を吐きだす。


 そのまま少し間を置くと、さぁ、仕切り直しだと言わんばかりに、アリツェたちをさっと見まわして、静かに口を開いた。 


「さっきも話したとおり、本来カレルとユリナの子供には、悠太君のみが転生する予定だった。実際、受精卵には最初から――つまり、双子化する前から、悠太君の記憶と人格のみが組み込まれていたんだから」


「ちょっと待ってくれ。ということは、私とアリツェの二人に、それぞれ横見悠太の記憶と人格が、そのまままるごと受け継がれたってことか?」


 ラディムは片方の手のひらを突き出して、マリエを制止する。


 アリツェもすぐさま、今のマリエとラディムの言葉について、考えを巡らせた。


 横見悠太の記憶と人格を持った一つの受精卵が、まったく同じ情報を維持したまま、二つに分割した。であるならば、ラディムの言うとおり、分割先のアリツェとラディム双方に、悠太の記憶と人格がそっくり継承される結果になるのは、自明だろう。


「そうだね。この後に、さらなるイレギュラーが重ならなければ、殿下の言うとおりになっていた可能性が高い。悠太君の人格を持った二つのキャラクターが、この世界に並存するという、なんとも笑えない事態にね」


 マリエは肩をすくめ、頭を振った。


「ただねぇ、システムが君たち双子を、XXとXYに変異させる処理をしている最中に、運悪く片倉優里菜ちゃんの転生処理も、重なってしまった」


 マリエはテーブルに置かれた紙に、優里菜の名前を記した。名前を丸で囲むと、そこから矢印をXX、XYと描かれた記号のところまで伸ばす。


「その話しぶりからすると、優里菜様の人格と記憶が、本来予定されていた器ではなく、わたくしたち双子の片方に受け継がれる形になったと、そう言いたいのでしょうか」


 アリツェは推論を口にすると、マリエの描いた図を注視する。


「正解、だね。片倉優里菜ちゃんも、運悪く……と言っていいのかはわからないけれど、父にカレル、母にユリナを選んでいた。ただ、ゲームシステム上は、同じカレルとユリナの名を持つまったく別の夫婦の子供として、転生処理を行おうとしていた」


 マリエは優里菜の名前の脇に『M』と描き示し、その上に父カレルB、母ユリナBと追記をして、間を線で結んだ。


『B』はおそらく、アリツェたちの両親であるカレルとユリナとは別人物だと示すための記号だと、アリツェは判断する。


 転生前のキャラクターメイク時、悠太と優里菜は偶然にもVRMMO《精霊たちの憂鬱》から、まったく同じキャラクターを転生素体の両親として選択していた。だが、同じ両親の元に複数の転生体が誕生すると、ゲーム内バランスが崩れるとでも判断されたのだろう。同名の別の両親を用意するといった形で、ゲームシステム側が調整を施したようだ。


「ただ、そこで不幸が起こった。おバカなゲームシステムが、何をトチ狂ったのか殿下たちの受精卵の一つを、本来の優里菜ちゃんの転生素体と勘違いしたっぽいんだ。父母の名前は同一だしね。元々ゲームシステム上排除されるべき受精卵が、偶然の積み重ねで残ってしまった弊害だとしか言えないよ」


 マリエは少し呆れたような表情を浮かべている。


「あぁ……。それで、片倉優里菜の記憶と人格が、私の中に受け継がれる結果となったのか」


 ラディムは腕を組み、納得したとばかりにうなずいている。


「この『M』というのは?」


図上の『B』は予測がついたものの、『M』の記号の意味が、アリツェにはよく分からなかった。なので、念のためマリエに確認する。


「本来の優里菜ちゃんの転生体を表しているよ。『M』……つまりは、マリエ」


「え?」


 ここで意外な名前が飛び出し、アリツェは目を剥いた。


「本来優里菜ちゃんの人格と記憶が入るはずだったマリエの素体は、システム側の不備でからっぽのまま宙に浮くことになった。今度はそこに、管理者ヴァーツラフが目を付けたんだ」


 マリエは『M』の横から矢印を伸ばし、『ヴァーツラフ』と追記する。


「ヴァーツラフはどうしても、自らゲーム世界内に行かなければならなくなった。これはいいね?」


 アリツェたちは首肯した。


 先ほど、大司教のアジトでの話の中で、散々聞かされている。


「そこに、優里菜ちゃんのデータを入れるべき容量分が、丸々空いてしまっているマリエの素体があった。ヴァーツラフはこれ幸いと、自らの記憶と人格を、その空いた領域に突っ込んだんだ」


 マリエはさらに、『M』と『ヴァーツラフ』とを結んでいる矢印上に、『転生』と書き記した。


「まぁ、かつてのマリエとヴァーツラフの関係は、こんなところだよ。ただ、こっちはそれほど重要な話じゃない。話を本筋に戻そう」


 マリエはそう口にすると、改めてアリツェたちの顔をぐるりと見まわす。


「ラディム殿下については、システムの強制力のせいで、後から受け継いだ優里菜ちゃんの人格と記憶が優先される結果となったみたいだね。アリツェちゃんと同様に受け継がれていたはずの悠太君の人格は、優里菜ちゃんの人格によって上書きされてしまった。ただ、記憶の一部だけは残ったようだけれども」


 マリエは図上の『優里菜』から伸びる矢印を、『XY』――つまり、ラディムのところにつなぎ直す。と同時に、そのわきに『悠太』と書いて、上にバツ印を付け加えた。


「だから、私の中に優里菜の記憶とは別に、人格のない悠太の記憶も残っていたのか」


 ラディムは改めて図を眺めながら、「うーん」と唸り声を上げている。


「ちなみに、転生元と転生先の性別の不一致は、ただの偶然としか言いようがないね。場合によっては、性別一致で転生処理がなされていた可能性も、あると思う」


 マリエはそう言い捨てると、ケラケラと笑った。


 と同時に、アリツェは頭を抱える。


 これまで最大の謎だと思っていた、転生元と転生先との性別の不一致。しかし、ふたを開けてみれば、実はただの偶然の産物だった。


 その事実を知ったうえで、改めて過去を振り返ってみる。今まで、なんと的外れな議論をしていたのだろうと、ため息をつかずにはいられない。


「君たち双子の誕生の秘密は、こんなところかな」


 話の一区切りがついたと言わんばかりに、マリエはティーカップに紅茶を注ぎ始めた。


「いろんな事情が積み重なった結果、今の私たちになったんだな」


 ラディムは感慨深げに、天井をじいっと見つめている。


「でも、わたくしとしては、お兄様と双子になれてうれしいですわ!」


 経緯はどうあれ、今ではこうして頼れる兄と、良い信頼関係を築けている。不満など、ありはしない。


 たとえ自分が本来、存在していてはいけないはずの異分子だったとしても、今ならアリツェは胸を張って言える。『わたくしは、わたくし自身の人生に、誇りを持っていますわ!』と。


「私もアリツェと同じだ。この運命には、感謝しているよ」


 アリツェはラディムとうなずきあい、微笑みあった。


 そうこうしているうちに、マリエが喉を潤し終えたようだ。マリエのティーカップは空になっている。


 ラディムはマリエの様子を横目で確認すると、話を進めるために口火を切った。


「さて、私たちの事情は理解した。だが、ヴァーツラフが転生してきたこととの関係性が、まだわからない」


「君たちが一卵性の双子化したのが、最大の理由さ」


 ラディムの問いかけに、マリエはわずかに顔をしかめる。


「どういうことですの?」


 アリツェは首を傾げた。


 一人っ子から双子に変化したアリツェたちに、ヴァーツラフは自ら転生をしてまで、いったい何をしたかったのか。


「怒らないで、聞いてくれるかな?」


 マリエは少し言いよどみ、上目遣いでアリツェたちを見つめた。


 別に怒るような要素などないだろうと、アリツェはうなずく。


「ラディム殿下とアリツェちゃん。二人は決して、精霊使いを極められない」


「え!?」


 声の調子を落としたマリエの言葉を聞き、アリツェは思わず素っ頓狂な声を上げた――。

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