6 協力者を見つけましたわ

「事情は分かりましたわ」


 警戒しているアリツェを誘い出すにはなかなかうまい作戦だと、アリツェ自身も思った。


「いずれにしても、わたくしを助けるために危険を冒してやってきてくださったのです。感謝こそすれ、非難は致しませんわ」


 やり方が乱暴だなどと怒り出すほど、アリツェも愚かではない。むしろ、ドミニクの機転に関心すらした。


「逃走手段に妙案がなく、困っていましたの。結局、精霊術で変装をして商人として脱出しようと決めたのですが、ちょうどそこで、あなた様がいらっしゃったのですわ」


「あー、間に合ってよかたです。商人も、今は危険ですよ。門通過の際、商隊ひとりひとりにギルド証を提示させています。変装しても、ギルド証の偽造まではできないでしょう? おそらくバレます」


 ドミニクの言葉に、アリツェははっと身震いした。


「……本当ですの? よかったですわ、バカな真似をしなくて」


 あのまま、のこのこと商隊に潜り込んで南門に向かっていたら、再び領館軟禁コースに逆戻りするところだった。ドミニクの言うとおり、さすがに個人のギルド証の偽造まではできない。真似をしようと思えばできるかもしれないが、そもそも、アリツェ自身がギルド証を見たことがなかったので、偽造しようがなかった。


「逃走ルートは任せてください。僕の侵入した地下水路を、脱出にも使いましょう。闇夜に紛れれば、まず気付かれません」


 暗闇の中で大丈夫かとアリツェは思ったが、「ルートは頭に叩き込んであるから任せてください!」と、ドミニクは胸を張った。


 実際に、一度侵入に使い、こうして成功している。確かな実績のあるルートだ。ほかに手段もなし、ドミニクを信用するしかないだろう。


「あぁ、一つ言い忘れていました。あなたの救助に僕が選ばれた理由なんですが……。地下水路を知っていた件もあるのですが、一番の大きな理由は、僕が、あなたの指導伝道師になる予定だったから、なんですよ」


「まあっ! ドミニク様が……」


 アリツェは驚きの声を上げた。


 指導伝道師が誰になるかは、まだ知らされていなかった。だが、まさか年の近い若い男になるとは、思いもよらなかった。てっきりベテランの中年の女性――エマみたいな――あたりがつくものだと、勝手に想像をしていた。


「なので、司祭からは脱出後もアリツェさんと行動を共にするよう命令されています。今後とも、よろしくお願いしますね」


 どうやらこのまま、見習い伝道師としての研修期間に入るようだ。


 教会は一体全体、何の意図があって少女のアリツェに若い男を付けたのだろうか。アリツェ自身は、今までドミニクに会ったことは一度もない。名前すらも聞いたことはない。それとも、ドミニク自身に何かアリツェと組ませるべき特殊な事情でもあるのだろうか。この場でいくら考えたところで、詮無いことではあったが。


 若い男との二人旅、アリツェの想像とはだいぶ違った見習い生活になりそうだった。若い男性との交流経験が乏しかったので、不安がないと言えばうそになるが、教会の計らいだ、そう悪いことになりはしないだろうと、アリツェは思うことにした。


「はい、こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いいたしますわ」


 なにはともあれ、これから少なくとも三年間行動を共にすることになる。時には命を預ける場面も、あるかもしれない。


 失礼のないようにと、アリツェは丁寧に一礼をした。


「さて、まずはアリツェさんの装備を整えてしまいましょう。あなたは手配書で顔が割れています。僕が買い物に行ってきますね」


 ありがたい提案だった。


 ペスでは武器の買い出しができないので、ドミニクが代わりに買ってきてくれるのであれば、これほど助かることはなかった。


(あっ!)


 そこで、いまさらながら、アリツェは一つ気づいた。商人に偽装したように何かに変装すれば、自分で買い物に行けたのではないか、と。


 己の愚かさに、アリツェは頭を抱えた。


「どうしました?」


 突然固まったアリツェを不審に思ったのか、ドミニクは首をかしげた。


 アリツェはいたたまれず、赤面した。間抜けな自分に嫌気がさしていました、とはとても言えない。


 ただ、変装するとはいえ、やはりアリツェ自身が大勢の前に出るのは、どうしても危険が付きまとう。ここは素直に、ドミニクに任せることにした。


 ただ、一つ懸念もあった。


「ドミニク様も精霊教徒でいらっしゃますよね。街をうろついても大丈夫でしょうか?」


 昨日の精霊教徒大脱走で、おそらくは精霊教徒に好意的だった街の人も、巻き込まれることを恐れて、精霊教徒とは関係を持ちたがらないと思えた。


 精霊教徒と知れては物を売ってもらえないのではないか。アリツェは不安を感じた。


「ボクは伝道師。このグリューンの街に滞在することはほとんどなかったんです。街の人に、顔は知られていないはずです」


 ドミニクはにこやかに、「大丈夫ですよ」と微笑みかけた。


「では、お願いいたしますわ。旅装自体は整っているのですが、護身用のショートソードだけ、奪われてしまい今持っていないのです。何らかの護身用の武器を調達していただけます?」


「ショートソードでいいですか? 何か希望があれば、別の武器でも構わないですよ」


 別の武器……。


 そこで、先ほど領館に捕まっていた時、悠太と武器の話をしたことをアリツェは思い出した。


 あの時は確か、武器を持つのであればシステム上の母ユリナも扱っていた槍を練習しようか、という話になっていた。悠太は武器なしの格闘術も勧めていたが、適切な師もいない今は、とりあえず、槍だ。


「……実は、槍の修練を積もうと考えているのです。最終的には、母の使っていたという薙刀を持ちたいのですが、初心者ですし、何か短いものが欲しいですわ。今まではショートソードを持っていましたが、実は練習もろくにしておらず、初心者同然ですの。ですから、どうせ初心者なら、今後鍛えたい武器を持とうかと思いますわ」


 槍を練習するにしても、最初は短めのものでなければ武器に振り回される事態になりかねない。とくに、アリツェは器用さに難を抱えている。


 程よいサイズの槍が売っているとよいのだが。


「プリンツ子爵夫人は薙刀をお使いだったのですか? わかりました、短めの槍を探してみます。見つからなかったら、ショートソードでいいですか?」


「ええ、それで結構ですわ。お手数をおかけいたしますが、よろしくお願いいたしますわ。……母の件につきましては、少し込み入った事情がありますの。詳しくはおいおい、お話いたしますわ」


 ドミニクにはまだ、アリツェが子爵の実子でない件を話していない。今は時間がないので無理だが、これから長く一緒に行動するのだ。早いうちに真実を伝えるべきだ、とアリツェは思った。


 グリューン脱出後にプリンツ辺境伯領へ行きたい件も含めて、説明の必要があるだろう。


 ドミニクが買い物に出た後、アリツェは、いつ、どのようにドミニクへ事情を話そうかと、あれこれ考えた。

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