第70話 テーブルマナーの話


 ぼくは昭和の生まれなので、子供のころに洋食マナーとして、右手にナイフ、左手にフォークを持てと教えられました。

 スープは、スプーンを手前から奥へ掬い、スプーンの先から啜れ、と。


 で、ライスは、フォークの背に乗せろと教えられた世代です。

 ところがこれ、近年は間違いであるということになってきて、ライスはフォークの腹でいいということです。


 あのー、すみません。マナーに間違いなんて、あるんでしょうか?


 ということで、ちょっと調べました。


 ネットで調べると、ライスは洋食では野菜なので、フォークの腹に乗せるべきだそうです。


 では、フォークの背に乗せるという動きはどこから出て来たのでしょうか。これは、イギリス式のマナーでは、食事中フォークを持ち変えるのがいかん!というこで、ライスを背中に乗せたのだろうというお話。

 つまり、まあ、どっちでもいいような感じですね。


 母から聞いた話だと、西洋のテーブルマナーでは、スープ以外は手づかみオッケーらしいですから、ライスがフォークの背だろうが腹だろうが、どちらもマナー違反とはならないような気がします。


 一方、外国に住んでいる方のお話なんかを聞くと、西洋で食事中にタブーとされるのが、音。洒落たお店に行くと、ナイフがお皿に当たる音すら聞こえてこないとか。


 あともうひとつ。口の中に物がるあときに、口を開けたり、さらに物を入れたりも、嫌な顔をされる、つまりマナー違反のようです。

 マナーとは、一緒に食事をする人を不快にさせないこと。つまり、ライスがフォークの背に乗ろうが腹に乗ろうが、そんなことは無関係で、それより、音を立てたり、口の中に物があるのに口を開ける方がずっと問題ありなのではないでしょうか。これ、推測ですけど。



 でもまあ、フォークの腹にライスを乗せるというのが現在のスタンダードなら、それに倣おうと思ったぼくです。

 が、ふと気づきました。最近のフレンチやイタリアンのレストランって、ライスなんか出しませんよね。パンばかりです。

 そういえば、昔は洋食レストランでライスがありましたが、いま洋食にライスなんて、ファミリーレストランでしかない組み合わせではないでしょうか。

 ぼくは近所のファミレスで、大好きなイタリアン・ハンバーグのセットを頼んで、よし今日からは今風にと、ライスをフォークの腹ですくって食べ始めたんです。昭和の人卒業!みたいなノリで。


 ハンバーグ

 ライス

 ハンバーグ

 ライス

 ハンバーグ

 ライス


 改行のたびに、フォークを持ち替えてます。

 ……めんどくさいです。


 ハンバーグ

 ライス

 ハンバーグ

 ライス

 ハンバーグ

 ライス


「やってられるかっ!」


 やめました。毎回毎回、さらに毎回毎回、もひとつおまけに毎回毎回、フォークを持ち替えないといけないんです。あーもう、ライスはフォークの背でいいや!

 ぼくの結論です。別にマナー違反ではないし、たとえマナー違反だったとしても、めんどくさくて、やってられません。考えてみると、このフォークの背にライスをのせるというのは、ある程度合理的なやり方だったようです。



 で、ふと考えたのです。

 洋食のマナーの話。


 見落としがちな禁忌は、ふたつ。音を立ててはいけない。口の中に物があるのに、口の中に物を入れてはいけない。


 そういえば、昔、テレビでこんな実験をやっていたのを思い出しました。

 それは、アメリカ人の集団に、かつ丼を食べさせるというものでした。老若男女のアメリカ人全員にかつ丼が配られ、それをアメリカ人がみんなで食べるんです。


 みなさん同じような食べ方してました。それが日本人にとってはちょっと衝撃的だったんです。


 アメリカ人はみんな、かつだけ食べてから、ごはんだけ食べました。


 インタビュアーが、どうしてこういう食べ方するんですか?と訊ねると、アメリカ人の太ったおばちゃんは、当然という顔をしてこう語ります。


「だって、かつがメインで、ライスはつけあわせでしょ」


 なーるほどー、と思いました。西洋の人にとって、お米は野菜。野菜だからフォークの腹ですくって食べろと主張する日本人はいますが、その人たちも本当の意味で「米は野菜」という感覚は認識できていなかったのではないでしょうか。



 じつは、日本人、欧米人とはちがった食べ方をするのです。それは、「口内調味」です。


 ごはんを口の中に入れ、そこにおかずを追加して、口の中で混ぜて食べます。ごはんの味、おかずの味、場合によってはそこに味噌汁も追加したりします。


 この口内調味について語ると、エッセイ一本分になるので、それは次回に回します。関羽休題で、話を洋食マナーにもどしましょう。


 食事中、口の中に物があるのに、口を開けてさらに物を食べる。これをやると、西洋の人はすごく嫌な顔をするらしいです。「汚らしい」と。が、日本人はこれを自然にやります。ハンバーグとごはんなんか、口の中で混ぜ合わせて、独特の旨みと味の冴えを出します。

 が、これ、洋食マナーとしては、重大な違反です。


 つまり、ごはんをフォークの背に乗せるか腹ですくうか?なんて、極めて些細なことで、そんなことより、洋食のマナーとしては、「口内調味禁止!」の方が大事なんです、たぶん。



 食事のマナーとはなんでしょうか? それは相手に対する気遣いであり、その国に伝わる文化です。

 ごはんをフォークの背に乗せろと、ぼくは母から教わりました。それでいいんじゃないでしょうか? 母親に教わったから、そうする。食事のマナーってそういうもんでしょう。


 また、西洋では口内調味をしません。それは外国の人たちにはない文化であり、相手を不快にする行為です。だったら、外国のレストランではやめればいい。相手に対する気遣いと、他国の文化に対する理解。それも食事のマナーでしょう。



 というような話を『ときめき☆ハルマゲドン』の飯テロ場面で語ろうかと思ったんですが、ちょっと無理そうなので、ここでまとめて書きました。


 あ、でも、書くかもしれないですよ、もしかしたら。




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