7-7 玉砕、そして始まり
「じゃ、あとやっておくからさ、フィル達はデートの続きに戻れよ」
地面に転がる悪党達をざっと見回した後、フィルに向いて俺は言った。
俺のハイパー手加減カウンター、矢鏡の首裏打撃、フィルの綺麗すぎる投げ技のどれかをくらって倒れた悪党の内、四分の一くらいはなかなか頑丈な奴で、立ち上がることは無いが気絶せずに痛みで呻いていたりする。
そいつらを見てびくびくしていた佐藤先生(体育教師で運動は出来ても、こういう事には不慣れらしいな)が、一瞬で頬を赤く染め両手をぶんぶん振り、
「えっ!? いやそんなデートだなんて……
――というか、なんで華月がそれを知ってるんだ?」
「あぁ、それはね、貴方が誘ってきた時に階段脇で聞いていたからだよ。矢鏡君と一緒にね」
俺の代わりに、爽やかに微笑むフィルが答えた。
先生は面白いくらいわたわた慌てて俺と矢鏡を見比べ、
「えぇっ!? き、聞いてたのか!?」
「そう。ついでに教えると、彼らは今朝からずっと僕達の後をついて来てたんだよ。盗聴器で僕達の会話を聞きながら」
フィルの言葉に、更に顔を赤くして『え? え?』と口にしながらおろおろ狼狽える。
うわー……マジで矢鏡の言った通りだ。全部ばれてやんの。
矢鏡の思い違いって可能性もあんじゃね? とか思ってたけど……そんなことはなかったな。なんか悔しいなぁ……
フィルはくすっと笑って、左手首に付けた時計を外して矢鏡に向かって放り投げた。それを簡単に片手でキャッチする矢鏡。
「そういう物はちゃんとばれないようにしないと意味が無いよ♪」
にこやかにフィルが言って、矢鏡は短い溜め息を吐いた。
次にフィルは先生を見て、
「では行きましょうか、佐藤先生。華月、後はよろしくね」
俺にも声をかけてから、人を踏まないように避けながら西に向かって歩み行く。
先生は慌てて追いかけつつ、心配そうに俺達を見やり、
「え? し、しかし……」
「俺達のことならほっといていいよ。後は通報して、事情聴取受けるだけだから。ちょーっと面倒だけどな」
俺は遠い目をしてフォローを入れ、帽子とサングラスを取った。邪魔だし意味無いし。
先生は納得はしてなさそうだったが、それでも素直に従い、じゃあまた学校で、と言い残してフィルと共にこの場を去った。
二人の背中が見えなくなるまで見送ってから、矢鏡が携帯電話で警察を呼ぶ。
その間になんとなく周りを眺めていた俺は、ふと、すぐ近くに金髪モヒカン男がうつ伏せで転がっていることに気付いた。迷わずそいつの頭の上にしゃがみ込み、呻いている――つまり意識がある事を確認し、頭をがしっと掴んで引き上げ、顔を歪ませ俺を見上げるそいつに、
「コスプレじゃねぇよ。天然色を隠すためだボケ」
とにっこり笑って言って、頭から手を離した。力無く地面に落ちた頭からごっと鈍い音がして、それきりモヒカン男は呻かなくなる。どうやらそれだけで気絶したらしい。弱いなー。
**
「本当に良かったんでしょうか……華月達だけ残して……
大人である私達も残った方が良かったのでは……」
フィルの横を歩きながら、心配そうに佐藤は言った。
フィルはいつもの爽やかな笑みを浮かべ、
「彼らは子供じゃないし、ああいう事にも慣れているみたいだから大丈夫だよ。気を使ってくれているのに、それを無下にするのも悪いしね」
「そう……ですね。すみません。驚く事が多くて、どうしたら良いのかわからなくて……」
弱ったように応えつつ、佐藤は軽く頬を掻いた。
フィルは横目でそれを見て、すぐに視線を前に向けた。
陽は大分傾いて、正面に見える西の空にはうっすらオレンジが混ざっていた。
それからやや間を開け、
「そういえば、フィル先生お強いんですね。それに矢鏡君も……体が弱いのに武術か何か習ってたんですかね?」
佐藤の問いかけに、フィルは少し考えて、
「……まぁ、護身術くらいは身に付けておいた方がいいからね。矢鏡君は狙われることが多々あったから、それだけは習っていたらしいよ」
不自然にならない嘘をついた。佐藤は素直に納得し、なるほどそうでしたか、と言って何回か頷いた。その後、狙われる矢鏡の心配をし始めた佐藤の話を、フィルは相槌を打ちつつ適当に聞き流した。
何度か角を曲がると、やがて民家と民家の間や上から、目的地である美術館の豪華で大きな建物が見えてくる。数分立たずに門の前に辿りつき、二人はそこで足を止めた。
佐藤は建物と、閉まっている鉄門を見上げ、
「……すみません。今日はやってないみたいです……年中無休のはずなんですが……」
申し訳なさそうに、そして残念そうにフィルに言った。
フィルはふっと笑い、
「知ってるよ。今日は内部の配置換えをするって、執事君が話していたから」
「え? そ、そうなんですか? えと……フィル先生も人が悪いですね。それならそうと、教えてくれてもいいのに……」
あはは、と困ったように佐藤は笑った。
「教えたらつまらないじゃないか」
フィルは言って、にこっと笑った。
佐藤は一瞬ぽかんとして、すぐに頬を赤く染めて視線を逸らした。それからきょろきょろ周りを見回し、他に誰もいない事を確認してから、
「あ、あの……フィル先生」
「なんだい?」
「えっと……そ、その……」
「す……好きな人……がいるんですよね?
その……それが誰か、とか……聞いてもいいですか?」
「…………」
途切れ途切れに言う佐藤を、フィルは済まし顔で見返した。緊張と不安で戸惑う様を眺めつつしばし考え、
「……そんなに気になるなら教えてあげるよ」
にっこり微笑みそう答えた。そして一度、通ってきた東の道を一瞥する。小さくくすっと笑い、視線を佐藤に戻してから言った。
「僕が好きなのは華月だよ。ずっと前から……ね」
再びぽかんとする佐藤に、フィルはふわりと微笑んで、
「秘密にしているわけじゃないから、公言してもいいけど……彼を困らせるようなことはしないでね」
言って、佐藤に背を向け歩き出す。
「じゃ、僕は帰るよ」
フィルの言葉に、佐藤ははっとして、
「あ、あの! 今日はありがとうございました!」
慌てて声をかけると、フィルは足を止めて振り向いた。
佐藤は嬉しそうに笑い、すごく楽しかったです、と付け足すと、フィルはにやりと笑って、
「僕も楽しかったよ。華月が予想通りのことをしてくれたからね」
そう言い残して去っていった。
残された佐藤は呆然としていて、しばらく経ってから深い溜め息を吐いた。次いで、がっくりと肩を落とし、
「好きな人、本当にいたのか……それじゃあチャンスないよな……」
独り言を呟きつつ、フィルとは反対方向に歩き出した。
「でも、相手が華月だってのは意外だったなぁ。年下が好きなのかな……?」
首を傾げる佐藤を、後ろから二人の人間が見ていた。
**
「おいおい聞いたか!? ビッグニュースだぜ!」
美術館の鉄門前の曲がり角から、佐藤の後ろ姿を覗き見ていた宮間が、興奮した様子で言った。振り向いて、後ろに立つ佐野を見やる。
「うん、まぁ……仲が良いことを知ってる俺でも、意外だなーって思ったけどさ……。でも、こーゆーのはダメだって。たまたまさっき見かけたからって盗み聞きなんて……」
困ったように言う佐野に、宮間は朗らかに笑ってみせ、
「何言ってんだ。偶然聞いちまっただけだからいいんだよ。
――それより、これはやっぱ広めるべきだよな! 皆驚くぞ!」
「まぁ……フィル先生が『公言してもいい』って言ってたから、それはいいかもしれないけど……」
「にししし! 明後日が楽しみだなぁー!」
「……大丈夫かな、華月君……」
一人で舞いあがる宮間をジト目で眺めつつ、佐野は華月の心配をした。
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