第12話泣き虫オライオン

 ゴルちゃんは、キャリーケースから出してもらいました。

 空には、うろこぐもが広がっています。

「波乗りは楽しかったよ~」

 ゴルちゃんは、うっとりしたように空を見上げました。

「僕、サングラスをつけて波乗りをしていたら、イルカさんやクジラさんに(波乗り上手だね。サーフィンかなにかやってたの?)って声かけられたんだ」

「なんて答えたの?」

 よし子さんが聞きました。

「波乗りは初めてって答えたよ。海に入ったのも初めてなんだって言ったんだ」 

 そう言うと、ゴルちゃんは照れ臭そうにくしゅくしゅっと顔の前で手を合わせました。

「そうしたらね。イルカさんはジャンプして、クジラさんは潮吹いて驚いていたよ」

 みんなはほうと声をあげました。

「ゴルちゃんは、波が怖いのかと思っていたわ」

 ポニーちゃんは、動物園のみんなで海に行った時の事を思い出していました。

「あの時は、あんなに海から離れているところまで波が来るって知らなかったんだよー」

 ゴルちゃんは、あわてて手を大きく振り上げました。

「僕、本当は海に入って遊んでみたいんだ。海ってひろいし、大きくて気持ちよさそうでしょ」

 ゴルちゃんは、うっとりと目を閉じました。

「だけどさ、僕は水が苦手だから。海はあこがれるけど、本当に入ったらおぼれ死んじゃう」

 ゴルちゃんは、海でおぼれているようなふりをしました。

「ゴルちゃんは、入ったらだめね。でも、みんなあるわよね。夢とか憧れって」

 ポニーちゃんは、オライオンを見ました。

「そうだな。おれ様も」

 オライオンは、おおーんと一声吠えます。

「とても無理だろうが、アフリカに行ってサバンナを走り回りてえ。写真で見た夕日を見てみたい」

 オライオンは遠くを見つめました。

「私の夢は何かしら」

 ポニーちゃんの肩に赤とんぼが止まりました。

 

「ところで、みんなは何を楽しそうに笑っていたの?」

 よし子さんが赤とんぼの前で指をくるくる回しながら尋ねました。

「りょうさんから、スマホの使い方を教えてもらっていたんだなブ」

 ぶた太がりょうさんからスマホを渡してもらいます。

 赤とんぼがふわっと行ってしまいました。

「よし子さん知ってるかブ? ほらここにボタンみたいなものがあるブ。そこを押しながら聞くんだブ。ほら」

 ぶた太が得意げにボタンを押します。

「このあたりにおいしいカレー屋さんはあるかブ?」

 ぶた太が、大きな声でスマホに話しかけました。


『このあたりにカレー屋さんはないようです』


「ほら。よし子さんみたいな声が聞こえてくるんだブ」

 ぶた太は嬉しそうにどすどすと足を踏み鳴らしました。

「うふふ。私こんなにいい声してないわよ」

 よし子さんもニコニコしながらぶた太の頭をなでました。

「ほら、よし子さんも何か聞いてみるブ」

「はいはい」

 よし子さんとぶた太が遊んでいると、オライオンがゆっくりと立ち上がりました。

「俺たちも人間みたいにスマホを使えるってわかったら、楽しくなってきたんだよ。なあみんな」

 オライオンも弾んだ声で言いました。

「僕とポニーちゃんは鼻や口で音声ボタンを押して使うんだ~」

 アルダブラ君が控えめに言いました。

 ポニーちゃんもアルダブラ君もよし子さんの方をじっと見つめています。

「二匹とも蹄と爪があるのだから、使えそうだけどね」

 よし子さんは言いましたが、二匹は静かに首を振りました。

「りょうさんには鼻や口でやってみたらって言われたんだけど」

 ポニーちゃんが舌を出しました。

「私は、ボタンに口をピンポイントで当てるのが難しかったり」

「僕は、鼻でボタンを押しながら話すのは難しかったり~」

 二匹は照れ笑いをしました。

「練習すればできないことはないと思うんだけど」

 りょうさんも頭をかいています。

「そうなのね」

 よし子さんはそっとうなずきました。


「おもしろそう。僕もスマホやりたい」

 ゴルちゃんが、りょうさんのズボンに手をかけました。

「ゴルちゃんにも教えてあげようね」

 りょうさんは、ゴルちゃんをスマホの上に置きました。

「ほら、ここがボタンだから。ここを長く押して何か言ってごらん」

 ゴルちゃんが、ぽちっとボタンを押しました。

「ここらへんにヒマワリの種を売っているお店はありますか?」

 ゴルちゃんはスマホの上で、ひまわりっりーっと歌いながらぴょんと飛び跳ねました。

「ヒマワリに一致する情報が見つかりました」

 スマホの画面にはヒマワリのことが書かれているホームページが表示されていました。

「ヒマワリの種については知らないみたいだ」

 ゴルちゃんは、残念そうでした。

「りょうさん、もっといい調べ方がないの?」

 ゴルちゃんが聞きます。

 りょうさんは、うーんと考え込みます。

 ゴルちゃんは、スマホの上で毛づくろいを始めました。

「ゴルちゃんは手が小さいから教えたら文字も打てるかもしれないね。教えてあげようか?」

 りょうさんが聞きましたが、ゴルちゃんは一生懸命毛づくろいをしています。

 りょうさんは、スマホをポケットにしまいました。

 ゴルちゃんは結構長い間隅々まで毛づくろいをしました。

「そういえばね、りょうさんに渡すものがあるんだよ。ねえよし子さん、あれを見せてあげたら」

 毛づくろいがすむと、ゴルちゃんはよし子さんに言いました。

「そうそう。これ。海の家のおじさんから手紙を預かってきたのよ」

 よし子さんが、ポケットから手紙を出します。

 手紙は丁寧に折りたたんでありました。

 手紙には、《動物園のみなさんへ》と書かれてありました。

「なんだろう」

 文字はマジックで書かれているようでした。

「よし子さんは読んだの?」

 りょうさんがよし子さんに聞きました。

「おじさんが、他のスタッフに渡してねっていうからまだ読んでいないの」

 よし子さんは不満そうでした。

「そうなんだ」

 りょうさんは、神妙な顔つきで手紙を開きます。


 りょうさんは、読みながら時々驚きの声をあげました。

 みんなは気になりました。

「何が書いてあるの?」

 ポニーちゃんが、りょうさんの後ろからにゅっと顔を出しました。

 りょうさんが驚いて後ろに一歩下がります。

「痛いよ~」

 後ろを見るとアルダブラ君がしかめっ面をしていました。

「足をふまないで~」

「ごめんね。アルダブラ君」

 足をさすってあげながら、ポニーちゃんに聞き返しました。

「さっきポニーちゃんは海の家のおじさんと話したよね?」

「ええ、話したわよ」

 ポニーちゃんは、耳を後ろに倒しました。

「ポニーちゃんは、たこ焼きをくれたおじさんの事どう思った?」

 りょうさんは、ポニーちゃんの目をまっすぐ見ました。

「どうって、最初は普通のおじさんだと思ったわ。にこにこして、やさしそうだと思った」

 ポニーちゃんはすうっと息を吸いました。

「だけど、オライオンが携帯を使い始めたあたりから、どうしてこんなに動物の事に頭を突っ込むのかしらって思ったわ」

 ポニーちゃんの目が険しくなってきました。

「動物が動物の悩みを聞くなんておかしいとか、よし子さんの事を飼育員失格だとか内部の事にいろいろ口を出してくるし! 本当に聞きながらイライラしたわ。そのうちオライオンの様子もおかしくなってくるし」

 ポニーちゃんは、ふうっふうっと怒り出しました。

「ポニーちゃん、落ち着いて」

 りょうさんが、ポニーの背中をさすります。

「たこ焼きのおじさんはね。昔、動物園の飼育員だったみたいだよ」

 ポニーちゃんの動きがぴたっと止まりました。

「えー!」

 オライオンとよし子さんとゴルちゃんは顔を見合わせました。

「海の家の人が動物園で働いていたことがあるって……なんだかおもしろい。別に昔どこで働いていようと自由なんだけど」

 よし子さんはくすっと笑いました。

「おじさんの目はやさしかったよ」

 ゴルちゃんが言いました。

「そうね。思い出してみると、動物園で働いていたのもわかる気がするわ」

 よし子さんがりょうさんに言いました。

「だって、動物たちが話しているのを平然と見ていたもの。平然どころかニコニコしていたわ。普通なら動物が人間みたいに話したら、ぎょっとするわよね」

「だけど、おれ様が携帯を出したら驚いていたぞ」

 オライオンが茶々を入れます。

「鳩が豆鉄砲を食ったような顔していたわ」

 ポニーちゃんも言いました。

「それは仕方ないわよ。おじさんがいたときには今みたいな携帯はなかったかもしれないし、文字の読み方や携帯のやり方を教えるりょうさんは、かなり特殊だと思うし」

 オライオンとポニーちゃんは、納得がいかないようでした。

「動物たちとりょうさんのふれあいそのものが、かなりファンタスティックだしね」

 ゴルちゃんの方を向いて分析を続けます。

「それに猫のミーシャさんもあのおじさんには一目置いていたわよね。ゴルちゃん覚えている?」

 よし子さんは、さっき別ればかりの猫をもう懐かしく思い出していました。

「そうそう、ポニーちゃんが言っていたよね。ミーシャさんが『あの人は時々ぴしゃっと動物の気持ちを言い当てるのよ』なんてはなしていたって」

 ゴルちゃんも、よし子さんを見てうなずきました。

「そういえばそうだったわね。ミーシャってゴルちゃんのサングラスをしていたっていう猫よね」

 ポニーちゃんも思い出したようです。

 みんなの様子を見ていたりょうさんが、一呼吸おいて言いました。

「あの手紙にね。おじさんが、秋から動物園に戻ると書いてあったよ。何か事情があって海の家を今年でやめることにしたんだって」

「あっはっはー」

 オライオンが大きな声で笑いました。

「動物の事をあんなにわからないたこ焼き屋のおじさんがおれ達の動物園に来るって? おかしくってへそが茶を沸かすわ!」

 オライオンが、がはははと笑っています。

「たこ焼き屋が動物園でたこ焼き焼くのかね?」

 今度は寝転がって笑いだしました。

「オライオン、怖いブ」

 ぶた太がつぶやきました。

「おおーん、おおーん。あんなにライオンの心を見抜く人が来たら、動物園は大変なことになるぜ!」

 ころがりながら、目からは涙をにじませています。

「どうして大変なことになるブ?」

 ぶた太が、オライオンに質問しました。

「だって、今までおれ様がやってきた【お悩み相談室】だってやめさせられてしまうかもしれない」

 オライオンはダンゴムシのように丸まりました。

「園長さんやスタッフ達がみんなのほほんとしていたから、いい感じにやってこられたんだ」

 丸まりながらつづけます。

「おれが告白するまで園長さんもみんなも【相談室】の存在すら知らなかっただろう」

 オライオンは、頭だけ伸ばしました。

「【お悩み相談室】がなくなったらみんなが困るだろう」

 オライオンは頭を抱えました。

「おれ様、元気になったらまた【相談室】を再開できたらいいと思っていたんだよ」

 ほかの動物たちは心配そうにオライオンの事を見ています。

 よし子さんはりょうさんにそっと目配せをしました。

「だけど、考えてみて。オライオン」

 よし子さんが、オライオンの立派なたてがみをそっとなでました。

「オライオンは、みんなの悩みをたくさん聞いて、受け止めて、みんなのあふれるおもいを受け止めきれなくて逃げだしてきたのよね?」

「……」

 風が木の葉を揺らします。

「そのうち、自分の内なる気持ちにも気づいてしまった」

 よし子さんは、オライオンのたてがみのほつれをほぐしてあげました。

「その通りだ」

 オライオンもよし子さんになされるがままに頭を垂れています。

「ひげのおじさんはその所を一瞬にして見抜いたのだと思うわ」

「そうかな」

 オライオンがぼそりといいました。

「たこ焼きのおじさんが動物園に来ると聞いて驚いたけど」

 よし子さんはつづけます。

「案外いいかもしれないわよ。私たち飼育員みんな、ちょっと仕事に慣れすぎてしまっているところがあるから。新しい人が入ってくるのは良いことよ」

 みんなはよし子さんの周りを囲みます。

「園長さんはあの通り、放任主義でしょう。まあ、あの園長さんだから、みんなこれまでのびのび生きてこられたんだけど。あの園長さんだから、アルダブラ君の脱走も成功した」

 よし子さんは、にたりと笑いました。

「カタツムリ君たちにまた会いたいよ~~~」

 アルダブラ君が大きく口をあけました。

「まあ、あれがきっかけでいろいろなことが起こっちまったがな」

 オライオンが、むくりと身体を起こしました。

「それってりょうさんが扉を閉め忘れなければ、アルダブラ君も脱走しなかったし、みんなの不満や悩みも出なくて、オライオンも円形脱毛症にならなかったともいえるなブ」

 珍しくぶた太が的を射た発言をしたので、みんな感心したようにぶた太を見つめました。

「ぶた太、だから僕が扉を開けたんじゃないんだって。まあ、それはともかく。アルダブラ君が脱走しなくても、遅かれ早かれこういう問題は出てきたかもしれないよ」

 りょうさんが、ぶた太にペットボトルのお茶を飲ませてあげました。

 みんなを見回します。

「僕、のどが渇いた」

 ゴルちゃんが言ったので、りょうさんはゴルちゃんにも飲ませてあげました。

「そういうことで、10月になったら動物園に行くのでみんなによろしく伝えてほしい、と書いてあるよ」 

 りょうさんが、オライオンに手紙を渡しました。

 手紙の最後にはこう書いてありました。

「よし子さんの事も書いてあるよ」


『あの優しすぎるライオンによろしく。あのあと、どうなったか心配です。おっちょこちょいのお姉さんにも言い過ぎたかな、ごめんと伝えてください』


 おおーん。

 オライオンが、またおうおう泣き出しました。

 みんなはこれからオライオンの事を泣き虫オライオンと呼ぶことに決めました。

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