2次元の女の子に恋をしたら、妹でした。
錦織一也
第1話名もない女の子を、好きになりました。
「課長。私事でありますが、会社を辞めさせていただきます」
「どうして?」
高校を卒業し、俺は地元の工場で働いていた。だが、俺はこの仕事を辞める事を決意した。
「
「勤務です」
24時間、ずっと工場が動いているので、この工場は交代制の勤務になっている。早朝の5時に来ることがあれば、一般的な朝の8時に来ることがあれば、13時に出社するとき、夕方5時、もしくは夜の10時に出社する事がある。
「いきなり生活リズムを変える身にもなってくださいよ」
この課長は、交代勤務をやった事がないのだろう。夜勤で勤務し、翌日の朝の8時に仕事が終わる。そして休みかと思えば、昼間には何も出来ず、ずっと寝ているだけで一日が過ぎる。そしてまた翌日に出勤。そんな社畜な事を、俺はやってられない。
「次の当てはあるの?」
「無いです。ゆっくり探します」
とりあえず、さっさとこの社畜生活から抜け出して、次の就職先はゆっくり探そう。
『お前、強いな。どうだ、俺とお手合わせ願いたいんだが?』
あの日以降、俺はすぐに退職届を提出し、届け出を出した約1ヶ月に退職し、無職になった初めての日曜日を迎えた。
日曜の朝はいつも眠いので、起きるのは昼前だったが、交代制の地獄から解放された俺は、毎日が休日状態だ。そしてスッキリとした気分で、日曜の朝に放送しているアニメを鑑賞していた。
「兄さん。お仕事探ししなくていいの?」
「日曜は休みなんだよ」
高校生で、俺と3つ下の妹、
良子は、俺が無職なのが嫌なのか、俺と家で顔を合わせる度にそう言ってくる。そのせいか、職業安定所、無職と求人票と言う言葉は、うんざりしていた。
「そう言うお前は、部活は無いのか?」
「午後から」
良子が入っているテニス部。土日も練習なんて大変だ。前職の俺とあまり変わらないような気がする。
朝食を食べ終え、手を合わせて合掌した後、良子もテレビをじっと静かに見始めたので、俺もアニメをじっくり見ていると。
『や、やめて! この戦いには、貴方に何の得も無いのよ⁉』
『いいんだ。俺は、強い奴と戦っているのが、一番楽しいんだ』
このアニメは、宇宙からやって来る敵を、主人公が倒していく、バトル系のアニメだ。
「……今のヒロインの子、可愛いな」
主人公の無謀な戦いを止めようとしているヒロインの子。このシーンでは複数いて、面倒臭い感じのヒロインだらけ。だが今、言葉を発したヒロインの子だけ、見た目と声は可愛らしいと思えた。何も個性もないのに、そのヒロインだけ惹かれていた。
「……行ってくる。夜の8時には帰って来るから」
部活動が憂鬱なのか、立ち上がりながら大きな溜息をつくと、良子はリビングを出ようとしていた。俺に出来る事は、エールを送るぐらいだ。いってらっしゃいぐらいは言ってやろう。
「おう。頑張って来い」
「兄さんも、ネットでの求人検索、頑張ってね」
「うるさい」
兄の俺をからかって、その反応を見て、良子はおかしそうにしていた。そのような言葉が返って来るなら、無視してアニメを見続けてればよかった。
良子が行った後も、俺はこのアニメを見続けて、そしてエンディングで、気になったヒロインの子の声優の名前を確認してみると、俺も全く知らない『
良子が出て行った後も出番があり、白井こけさんの声は可愛らしく、声を聞くだけで、体がリラックスして、そして次第に心臓の鼓動が速くなる。彼女のファンを通り越して、白井こけさんに恋していた。
あの後、俺は白井こけさんについて、ネットで色々と調べたが、ほぼ無名の声優らしく、役としても名前も無い、モブキャラとして、2作品しか出ていない。しかも、俺がさっき可愛いと思った子も名前が無く、俺が見た回のみのキャラらしい。
そしてネットで調べた結果を元に、俺は白井こけさんが出ている作品のDVDを借りようと、レンタルショップに行くために、町に出た。
社畜生活を送っていたせいか、最近は町の中心部にある、繁華街に来た事がなかった。約1年ぶりにやって来た繁華街には、新しく出来た店、潰れて、別の店になっていた。
まだ昼食を食べていない為、俺はレンタルショップの前に、高校の時も立ち寄っていた。
高校時代、つるんでいた仲間と何を食べていたのか思い出しながら、ハンバーガーショップの店の中に入り、セットメニューを頼み、そして2階の窓側にあったカウンター席で食べる事にした。
周りは、日曜と言う事もあってか、子供連れで来ている家族や、カップルで来ているなど。一人で虚しくやって来て、無職の俺なんかいるのが場違いなのではと思った。
「私は貴方の事が好きです」
俺は、隣の席の女性客に、いきなり告られたと思い、ストローで吸っていた飲み物でむせてしまった。
それほど大きい声では無かったので、恐らく近くの俺ぐらいしか聞こえていないと思うが、こんな公衆の面前でそのような言葉を言うなんて、常識が無さすぎる。どんな奴かと思い、俺はチラ見程度で女性客の顔を確認してみると。
「こうじゃない……」
俺に告白もどきをしてきたのは、黒縁のメガネをかけて、探偵がよくかぶっている帽子、ハンチング帽をかぶり、食事そっちのけで、本とにらめっこしている、俺の妹、良子だった。
良子は午後からテニス部の練習じゃなかったのか? 今から練習って言う奴が、どうして白昼の町中のハンバーガーショップで、家族やカップルに囲まれ、今朝見かけた制服の姿ではなく、少し着飾った衣装で、本を朗読しているのだろうか。
「何やってんだよ」
ツッコミを含めて、俺は飲み物の容器についていたプラスティックの蓋を手裏剣のように、良子の側頭部に命中させると、俺に気付き、びっくりしたように俺の方を見た。
「に、兄さん……! も、もももももしかして、ナ、ナックにバイトの面接を受けに来た?」
やはり、俺と顔を合わすたびに、嫌な事を思い出させる。俺はまだ働くつもりはない。やっと手に入れた自由の時間。もう少し、自由に過ごすんだ。
「ちゃうわ。それより良子、部活はどうした? その格好は、どう見たって今からテニスをする格好じゃないよな?」
「あ、悪天候で中止になったの……」
外、少し暑いぐらいの快晴だぞ。近くでゲリラ豪雨なんて情報も無いから、良子の嘘だろう。
「ありきたりな嘘をつくな。部活、嫌になったのか?」
「べ、別に!」
まだ良子の前には、ポテトなどが残っているのにもかかわらず、急いで荷物を手提げかばんの中に入れて、俺から逃げようと、この店から出ようとしたが。
「ほぎゃっ!」
ここで良子のおっちょこちょいが発動し、慌てて出ようとしたので、自分の靴紐を踏みつけて、公衆の面前で派手に転んで、思いっきり顔面を床にぶつけていた。鞄の中身を床にまき散らしていた。
「何やってるんだよ……」
少し生意気な妹だが、他の客に迷惑をかけ、こんな惨めな状況を兄が放っておけるわけにもいかないので、良子が撒き散らした、鞄の中身を拾う事にした。
良子が床にまき散らした物は、ほとんどが本。漫画の本か、恋愛小説と思いきや、入っていた中身は、意外な物だった。
「……プロの声優になる方法」
活字だらけの分厚い本。良子が何になりたいのか、本を読まなくても分かる。
「良子。お前、声優になりたいのか?」
「……悪い?」
鼻血が出たのか、鼻にティッシュを詰め込んでいる良子。どうやら、俺には内緒で、密かに俺の妹は、声優を目指していたようだ。
「悪いとは言わない。良子がこのような本を買うって事は、本気で目指しているって事なんだろ? 今の俺は偉そうなことは言えないが、しっかりとした夢を持っている事は、どんな事でも凄い事だと思う。他の人に胸張って言える、素晴らしい夢だと思うぞ」
良子にそう言いながら、散らばった本をまとめて、良子に手渡すと、良子は照れ臭そうにしながら、本を受け取った。
「……ありがとう」
面と向かって礼を言うのは恥ずかしいのか、顔を赤くして言うと、良子の鞄から携帯の着信音が鳴ったので、この場所で電話に出た。
こう言う場所ぐらい、ちゃんとマナーモードにしておけよな……。
「もしもし。……はい。……し、白井こけです」
俺の聞き間違えではなければ、良子の奴、今、白井こけと名乗ったんだが。
「……はい。……分かりました」
数分会話をして、そして電話を切った良子は、再び照れ臭そうに顔を赤らめると。
「……兄さん。……実は、今朝に兄さんに可愛いと言ってもらった、村娘Dの声優。……養成所に通っている、声優の卵の白井こけです」
今朝、たまたま観たアニメの中で、一番可愛いと思った、名もないヒロインに恋に落ちた声優が、まさか隠れて声優をやっていた、俺の妹だと思わなかった。
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