【34】GAME8―信用の理由―
喜一と勇真の遺体を発見してから数分後、宗介と俊一は彼らのもとを離れていた。二人の両手は空っぽのままだ。
俊一は、武器を手にしないことを選択した。その意思を宗介に押しつけることはしなかったが、宗介も彼に従った。
「大丈夫?」
宗介が横目でちらりと俊一を見た。俊一の顔はまだ青ざめていて、気を抜けば吐き気に負けてしまいそうだった。
殺人鬼だったピエロ――達彦がメイドの格好をした美優を殺した時はその場に居合わせたのに、あの時よりも「死」というものをずっと身近に感じた。増える犠牲者のせいか、はたまた死体をこんなにも近くで見たためか。
「桐生さんは、平気なんですか?」
「……うん」
宗介は続けた。
「知り合いが亡くなっていてね、その光景を見てしまったんだ」
真っ直ぐに前を向く宗介の表情は、感情を押し殺しているのか、色がなかった。そんな彼の顔を見て、宗介も前方を見やった。
「そうだったんですね」
気まずい沈黙の中、もうしばらく歩くと、鏡に映った夏子の姿を俊一が見つけた。それと同時に彼女も気づいたようだった。
宗介は俊一の背後から顔を出すと、夏子に悟られないよう、彼女の両手首を確認した。そしてこっそりと、彼女が武器を持っていないことを俊一に耳打ちした。
三人で行動するという宗介の提案を夏子は受け入れた。宗介たちが来た道を戻っても喜一と勇真の遺体と再会するだけなので、三人は夏子が来た道を戻ることにした。
勇真と一緒に行動していた翔と鷹雄は、彼とはぐれ、二人で鏡の中を進んでいた。
彼らはゲーム開始からほぼ無言だった。主に喋るのは翔で、グループをまとめていたのだが、他の二人がほとんど口を開かないことが分かると、彼の口数も自然と減っていった。分かれ道までは翔を先頭に歩いていたが、どちらに進むかと鷹雄に問うと、彼は無言で道を選んで歩いていってしまうので、翔は鷹雄の後ろをただついて行くだけになっていた。
そんな中で、ふつふつと再び湧き上がってきた疑問。――何故、自分を指名したのか? どうしても聞いてみたくなって、翔はついに尋ねてみた。
「拓海だ」
鷹雄の理由は簡潔だった。
「あいつが前に、お前と遭遇した時のことを話したことがあった。あいつは人を見る目がある。そのあいつが、お前は信用できそうだと言った。それだけだ」
鷹雄の話は終わった。
翔は、拓海と迷路の中で会った時のことを思い出した。あの時、自分の考えを初めて人にぶつけたのだ。本当は彼の意見も聞きたかったが、ゲーム終了時刻になったため、それは叶わなかった。
「そうだったのか」
その拓海はもうすでにこの世にはいないことに、今更ながら翔は表情を歪めた。彼がいれば、鷹雄は翔と行動してはいなかったはずだ。鷹雄も辛い思いをしただろうが、それでももう一度、心当たりを確認しておくべきだと翔は思った。
「だから、知らねえっつってんだろ」
「この前話してくれた中でも、特に解決してないいざこざとか」
鷹雄は翔を一瞥し、舌打ちした。
「未解決のものなんて、相手の名前知らねえようなやつばかりだ。客の金抜き取るのに、いちいち名前聞くか?」
「……いや……」
翔の口から出たのは、かろうじてその一言だった。しかしふと、思い当たった。
「いや、その中の……『若い』と表現できる人だ。二十代――もしくは三十代前半くらいまで。それくらいの年齢だと予想できる人で――」
「だから、名前分かんねえって」
翔はいつの間にか、足を止めていた。
「それでもかまわない。顔を見た時に見覚えがあるかどうか、その判断をしてくれれば、それで――」
「あ、青葉さん!」
立ち止まって翔を見ていた鷹雄の背後から現れたのは、美月だった。
「……友原さん」
翔は美月と会ったことよりも、彼女が一人だった、ということで頭がいっぱいになった。ほんの短時間でなければ武器を手に入れたはずだと思い、美月に確認した。
「……すみません」
美月はぎこちなく笑った。彼女が謝った理由が、翔にはすぐに分かった。彼女は武器を手にしていなかったのだ。しかもそれは、自分の意思によるものだ。
「どうして?」
美月は視線を下に逸らした。
「嫌だったんです。武器を自分から取ることが。もちろん、守るためっていう理屈は分かってます。でもなんだか、
どうせ斧なんて、美月の腕力では使いこなせないかもしれない。例えそこにあったのが拳銃やナイフだったとしても、手にする気はなかったのだが。
「そっか。友原さんらしいね」
翔は優しく微笑んだ。
そんな翔と美月のやりとりを、鷹雄は一歩離れて見ていた。
美月が目を覚ますと、すでに窓の外が明るくなっていた。時計を見るとまだ五時台だ。一つ大きな欠伸をして、ぼんやりと天井を見つめた。
翔と合流してすぐ、八回目のゲームは終わりを迎えた。最後の最後だったが、翔と会えたことで、美月にずっとつきまとっていた緊張が和らいだのが分かった。大げさに肩の力が抜けるくらい、安心したのだ。
少しずつ記憶を辿ると、翔と一緒にいたのは鷹雄のみだった。勇真がいない。きっと鏡の仕掛けによってはぐれてしまったのだろう、というのはすぐに予想できた。
ここのところ、仕掛けの発動率が異様に高い。心構えはしていたつもりだが、いざ一人になってしまうと、あんなにも心細いものだったのかと美月は実感した。そして最後に会ったのが翔でよかった、と改めて胸をなでおろした。
朝食を終えると、バイト先のラインのグループに、ヘルプの募集がかかっていた。本来シフトが入っている人が体調不良だそうで、美月は応援に駆けつけることにした。
特にミスもなく仕事をこなし、夕方には上がることができた。
「ああ、ちょうどよかった美月。夕飯できてるよ~」
母親に声をかけられた美月は、汗ばんだ服を部屋で着替えると、すぐにリビングに下りていった。今日はカレーだ。辛いのが苦手な美月のために、友原家は甘口ルーを使用している。
甘口のカレーをほおばりながら、美月はテレビをつけた。以前は考えられないくらい、ニュースを確認するのが日課になってしまっている気がする。
「最近、よくニュース見るようになったねえ」
「あ、うん……も、もっと、世の中のことに目を向けようかな、なんて」
母親からの指摘に、美月は苦笑いで乗りきった。
ふと、斧を見つけた時のことが美月の頭をよぎった。
一人になってから現れた箱の中身が、なんらかの武器であることは美月も分かっていた。それでも開けたのは、相手を傷つけず、それでいてターゲットを守れるような、そんなものが入っていれば――そうわずかな希望を抱いたからだ。それが何かと問われれば答えられず、さらに入っていたのは期待するものとは違ったけれど。
ニュースキャスターは、次々と報道内容を変えていく。話題の女優が第一子を出産した話のあとに、速報というかたちでそれは発表された。
発見されたという変死体の名前は、片岡勇真だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます