第50話 冬馬陣営選挙対策本部

「現段階の票読みだと、冴子先輩が5、神楽先輩が3、オレが2ってところだ」


 午前中の授業は全て終え、お昼休みになった。

 冬馬はクラスのみんなに選挙への協力を呼びかけてきた。

 私は最初さっさと逃げようとしたのだけれど、仁乃さんに捕まった。

 どうしてこの子は私を放っておいてくれないのか。


「さすがは冴子様ですわね。お姉さまがいなければ、学園一の才媛と呼ばれるだけのことはありますわ」


 だから、私は家柄だけのなんちゃってお嬢様だってば。

 いい加減訂正するのも疲れてきたので黙っているけれど。


「で、どうするの? このままじゃ、あの馬鹿兄にも勝てないわよ?」


 佳代さんが辛辣に言う。

 というか、佳代さんは神楽様陣営じゃなくていいのだろうか。

 疑問を口にすると――。


「あんなのが生徒会長だなんて冗談じゃないわ」


 とのこと。

 でも今朝の話からすると、内心は複雑なんだろうね。


「単純な知名度だけなら冬馬様も負けてないよね」

「問題はやっぱり経験の差かな」


 実梨さんと幸さんが分析する。


 そう。

 冴子様は現副会長、神楽様は現会計。

 どちらも生徒会経験者なのだ。

 知名度では並べても、どうしたって経験を問われてしまう。


「大将だけの強みを何か探す必要があるな」


 嬉一の言う通りである。


「国政選挙なんかやと、こういう時王道なんは『若さ』やけど――」

「ああ。たった一年の違いなんぞアピールにも何にもならん」

「せやろな」


 ナキの案はあっさりと却下される。


「『能力』はどうですの?」

「そいつは負けない自信があるが、分かりやすいアピールじゃない。テストの成績は学年が違えば比較の対象にならないしな」

「むむむ」


 仁乃さんの案も難しいようだ。


「冬馬様は嫌いそうですが『家柄』は?」

「オレが絶対嫌だし、むしろ嫌味になるだろ」

「ですか……」


 実梨さんの案もボツ。


「『性格』とかは? ほら、誠実とかなんとかあるんじゃないの?」

「うーん。そういうのはどちらかというと、冴子先輩に軍配があがりそうだ」

「べ、別に? ちょっと言ってみただけよ!」


 これもだめか。


「『公約』はどうかな?」

「もちろんそれは考えるが、今はもっとキャッチーな分かりやすい強みが欲しい」

「そっかー」


 幸さんの案も今ひとつ、と。


「いっそ『金』は?」

「却下」

「分かってた……分かってたけどさ……」


 さめざめと泣く真似をする嬉一。


「和泉は何かないか?」

「これだけみんなで考えても何も出ないのに、私に期待されても」

「いいから。こういうのは数撃ちゃ当たるでいいんだよ」


 そういうものか。


「なら――『在籍期間』はどうでしょう?」

「『在籍期間』?」


 一言では伝わらなかったようだ。


「二年生のお二方は今回当選しても一年間しか生徒会活動できないわけですよね?」

「ああ。三年生の二学期までだな」

「冬馬くんが今回当選すれば、その倍――二年間を生徒会活動に当てられるじゃないですか」

「……なるほど」


 ニヤリ、と冬馬が肉食獣のような笑みを浮かべた。


「時間的に先輩たちの倍のことが出来る。そう打ち出すわけか」

「そういうことです」


 あんまり大したアピールにはならないかもしれないけれど、私にはこんなことしか今のところ思いつかない。


「そいつは行けるかもしれない」

「うん。ええな」

「お姉さま、さすがですわ!」


 あれ?

 意外と好評?


「冬馬様の参謀が和泉様……」

「これってほぼ百合ケ丘最強コンビよね」

「王道カプもよし」


 仲良し三人組は何を言っているんだ。

 特に幸さん。


「これでいつねと委員長がいれば、本当に無敵の布陣だったよな……」


 嬉一がぽつりと呟いたその一言に、クラスがしん、と静まり返る。


「あっ……。悪ぃ……。言っても仕方ねーことだよな。ははは……」


 誤魔化すように笑う嬉一だったけれど、一度沈んだ空気はそう簡単に戻るものではない。


 遥さん転校の件は、既にクラスの全員が知っているが、その理由についてはご両親の仕事の都合ということにされている。

 転校後もしばらく例の脅迫状を出回らせることで、事件と転校の因果関係を曖昧にする工作もした。

 それでも、聡い人ならなんとなく察するものである。


 いつねさんの入院に関しても、重病だということは伏せられているけれど、彼女のように影響力の強い人間は、数日いないだけでクラスに影を落とすものだ。


「嬉一の言いたいことは分かるぜ。人間関係に強いいつねと事務処理に強い遥がいれば、マジで向かう所敵なしだった。今の状況は、将棋で言えば飛車角落ちに等しい」


 敢えて積極的に話題にする冬馬。

 この空気をどうするつもりだろう。


「だがな……。だからこそ、絶対に負けられねーんだよ」


 ニヤリとまた肉食獣の笑み。


「あの二人抜きで勝って、二人にいい報告出来るようにしようじゃねーか。安心していいぜってな! そんで、いつでも帰ってこいよって言ってやろうぜ!」

「「「おー!」」」


 クラスが湧いた。


(あ。これ、体育祭や文化祭の時のノリだわ)


 毎回ながら冬馬の人心誘導は見事である。

 対個人の応対ならいつねさんに一日の長があるが、対集団に関しては、冬馬の右に出るものはいない。

 生まれながらのリーダー気質である。


 もちろん、遥さんには戻ってこれない事情があるし、いつねさんだっていつ戻ってこれるかは分からない。

 でも、そう言った現実は抜きにして、クラスの士気は間違いなく上がった。


「よし、じゃあ続けるぞ。キャッチコピーは和泉の案を元にしよう。具体的にはどんなのがいいだろうな……」

「そういうのは佳代さんが得意です」

「ええっ!? わ、私!?」


 ポエマーならこういうのは得意なのでは、と振ってみたのだけれど、見当違いだっただろうか。


「ほう? 佳代、何かあるか?」

「えっと……そうね……うーん……」


 冬馬に頼りにされたのが嬉しかったようで、とりあえず考えてくれるようだ。


「『出来ること、二倍』――とか?」


 数秒考えた後にぽつりと言ったのはそんなキャッチコピーだった。


「決まりだな。それでいこう」


 冬馬もお気に召したようでなにより。


「佳代さん、お見事ですわ」

「佳代ちゃん凄い!」

「さすがポエ――もが」

「幸は黙ろうか」

「いや、でも確かにすげーって」


 分かりやすくてインパクトがある。

 コピーとしては上出来だろう。


「悪いがお前の兄貴におもいっきりかましてやるぜ」

「存分に。一度、痛い目見ればいいのよ、兄さんは」


 不敵に笑い合う冬馬と佳代さん。


「選挙公約の詰めはオレ、和泉、ナキ中心でやる。いいな?」

「ええで」

「嫌です」

「異論なし、と。次はポスターとか掲示物系だな」


 おい。

 人の話を聞け。


「さっきのキレを思う存分に見せてくれ。佳代、頼む」

「ポスターの配色とかデザインは幸も得意よ」

「サポートにみのりんも欲しいかな」

「え? ああ、うん」

「よし。三人を中心に頼む」


 次々に役割が割り振られていく。


「次は渉外だが――嬉一、やれるか?」

「俺かよ! 無理だって! 俺、コネなんてねーもん」

「大丈夫だ。どうせ今の二年、三年とのコネなんて誰もそんなに持っちゃいない。まずは一年の票を固めておきたい。それならそんなに無茶ぶりじゃないだろ?」

「タメならまー……でもなぁ……」


 と、渋る嬉一に冬馬はすっと近寄ると――。


(友達が多い女子を沢山つけてやるから)

「やってやるぜ!」


 何事か耳打ちして、嬉一が突然奮起した。


「よし。大体の方向性はこれで決まった訳だが、まだまだやることはたくさんある。みんな、協力頼むぞ」

「「「おー!」」」


 すっかり冬馬のノリに染まっている我がクラスを見て、私は今日四回目の――しかし、安堵のため息をつくのだった。


「えっと……。私忘れられていませんこと?」

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