第30話 学生の本分。
「え。いずみん、もうそんなとこやってるのー?」
「お姉さま、今は一年生の一学期が終わった所ですのよ?」
いつねさんには驚かれ、仁乃さんには呆れられた。
何の話かというと、勉強の進度のことだ。
この旅行中もきちんと勉強を進めることを祖父と約束した。
冬馬に相談して勉強会を日程に組み込んでもらったのだが、どうも各自の勉強の進み具合がだいぶ違うらしい。
いや、正直に言おう。
私が突出して先に行き過ぎている。
誘拐騒ぎで少し速度は鈍ったはずだけれど、みんなと比べるとだいぶ開きがある。
「和泉、何をそんなに焦っているんだ?」
「別に焦っている訳ではありません」
「せやけど、この時期にもう二年生の範囲さらってる言うんはちょい行き過ぎやで」
冬馬とナキは呆れるを通り越して心配そうな顔を向けてきた。
「これだけ予習してて、学期末テストまであの点数だったんですか……」
「私たち必死だったのに……」
「みのりん、佳代ちゃん、比べてはダメ。この人は例外」
「ほんと、冬馬様くらいですよね。肩を並べられるの」
「大将も例外だよなー」
「冬馬や和泉は環境が許してくれないのだろうな」
だって先へ先へ進めないと不安なんだもの。
それに学期末テストではみんなに負けた訳だし。
「あたし、今年は宿題をこんなに早く終わらせたぞーって、達成感に浸ってたのにー」
「わいもや」
この旅行の参加条件として、夏休みの宿題を終わらせておくこと、というのが設定されている。
「でも、夏休みの間に二学期と三学期の予習しておくことって言われたよね?」
「みのりん、建前と本音って知ってる?」
「これは佳代ちゃんが正しい」
え。
あれって建前だったの?
「夏休みに宿題以上のことやるなんて、夏休みへの冒涜だぜ!」
「嬉一は言いすぎだがな」
まぁ、私も前世では八月三十一日まで宿題を残すタイプだったのだが。
「とにかく、これじゃあ勉強会にならん。オレと和泉は自分の分は自分でやりつつ教師役だな」
「範囲は一年生二学期と三学期の分やな」
「おっけー」
「お姉さまに教えて頂けるなら百人力ですわ」
教える側か……柄じゃないなぁ……。
「冬馬様、和泉様、よろしくお願いします」
「しょうがない。やるかな」
「諦めが肝心」
三人組は気持ちを切り替えたようだ。
「えー。まじで勉強すんの?」
「そういう約束だっただろう」
遊びたいと顔に書いてある嬉一を誠がたしなめる。
嬉一は最後までごねていたけど、こうして勉強会が始まった。
◆◇◆◇◆
「一息いれるか」
冬馬が時計を見て言った。
気がつけば結構な時間になっている。
「昼飯はどないする?」
「予定ではサンドイッチだったねー」
初日のカレーを始め、この旅行中はすべて自炊である。
「動きたくねぇ……」
「嬉一、そんなことでは一人暮らしも出来ないぞ」
「俺にはコンビニがついている」
「コンビニはすぐ飽きるらしいぞ。目下一人暮らし中の父が嘆いていた」
誠によると、たまに利用するならともかく、毎日だと季節ごとの品揃えが変わる前に、全品を制覇してしまうのだそうだ。
前世では小学校は給食、中学は母親のお弁当だったので、そういうことには馴染みがない。
高校?
ひきこもりだってば。
「サンドイッチなら私ひとりでも作れますから、みなさんは一息入れてて下さい」
「みのりん。お前だけを行かせはしない」
「といつつ、ストレス発散したいだけと見た」
三人組が昼食作りを買って出た。
「なら頼むか。その代わり夕飯はまた別の奴が作ることにしようぜ」
「異議なしや」
「さんせー」
結局、三人にそのままお願いすることにして、私たちは休憩させてもらうことにした。
「にしても、お姉さまの暗記法は素晴らしいですわ」
「だねー。よくよく考えてみれば力技なんだけど、効果的だねー」
2人が感心してくれているのは、私が中学校の時、理科の家庭教師に教えてもらった暗記法だ。
語呂合わせなどが使えない、いわゆる丸暗記が必要な類の知識に強い。
一番相性が良いのは英単語帳だろうか。
例を挙げて説明しよう。
まず一日に暗記する英単語の量を設定する。
理由は後述するけど、これは出来るだけ少ない方がいい。
標準的な英単語帳なら一ページくらいが適当だろうか。
とにかく、一日にかなり余裕を持って消化できるだけの量を設定する。
例えば八月一日から始めるとすれば、その一ページだけを暗記する。
簡単である。
八月二日は次のページと前日に暗記した一ページ目を暗記する。
一ページ目は前日に暗記したばかりなので、すぐに終わる。
実質二ページ目だけだ。
八月三日は二ページ目と三ページ目。
つまり一つのページを翌日にも暗記する訳だ。
一ページ目の暗記はもうだいぶ定着しているはずなので、この日はお休み。
八月四日も事情は同じで、三ページ目と四ページ目を暗記する。
一ページ目を三回目に暗記するのは八月五日。
この日は暗記するページが一ページ増えて、一ページ目、四ページ目、五ページ目を暗記する。
四回目に暗記するのはその一週間後。
最初から数えれば十一日後、八月十二日か。
つまり一つのページを翌日、五日後、十二日後と段々間隔を長くして何度も繰り返すのである。
最終的には一ヶ月後とか三ヶ月後とか半年後とかいう間隔にしていく。
最初に設定する量を少なくするのはこのためだ。
初めのうちはいいが、十二日目にして既に四ページであり、1か月後ともなると沢山のページを一日にさらうことになるからである。
いつどこのページを暗記するのか忘れがちになるので、あらかじめ方眼紙などを利用して表を作っておくとよい。
要するにこの暗記法は、ある知識を覚えている状態を維持し続ける方法なのだ。
英単語だけでなく、日本史の年表なんかにも応用がきく。
ぜひお試しあれ。
◆◇◆◇◆
三人組謹製のサンドイッチは大変美味しかった。
味付けはマヨネーズだけだが、ハム、チーズ、ツナ、トマト、レタス、キュウリ、アボカドなどなど色んな具があって飽きは来ない。
三人に感謝である。
お昼を終えると後半戦。
みんなでカリカリ勉強する。
百合ケ丘に受かっただけあって、みんな基本的に頭はよい。
実力、学期末両方で一位の冬馬は言わずもがな、一芸推薦のナキだって、学期末は二位を取るほどの頭脳の持ち主である。
彼の場合、めったに本気にならないというのが難点ではあるが。
仁乃さんも頭はいいのだ。
黙っていれば、非の打ち所のない才媛である。
口を開くと色々と残念なだけで。
いわゆる頭がいい人というのは、三種類に分かれる。
天才型、秀才型、奇才型である。
天才型というのは、ある分野に対して労力をかけることが苦にならず、結果が優れていて、かつそれが世間に認められているというタイプである。
冬馬、ナキ、いつねさん、仁乃さんがこのタイプである。
秀才型は、ある分野に対して労力をかけるのは苦だが、結果は優れていて、かつそれが世間に認められているタイプ。
誠、実梨さん、佳代さん、遥さん、私がこのタイプである。
奇才型は少し特殊だ。
ある分野に対して労力をかけることが苦にならず、結果が優れているが、それが世間に認められていないタイプである。
嬉一と幸さんがこのタイプである。
「俺、保健体育だけは異様にいいんだよ」
「私もラノベの読書量とかアニメの視聴量ならあんまり負けないな」
奇才型は時代が追いついて来ると天才型に化けることもある。
二人もいつか天才と言われる日が来る……と、いいね。
この日はこうして勉強に費やした。
私も自分の勉強を進めることが出来たのでまあよしとする。
「お姉さま、夜は私と大人の勉強を――」
「聞こえません」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます