第11話 光の先

 「うわぁああああああ!」

 「きゃあああああああ!」


 縦横無尽に、何処までも続いている光の回廊を転がり落ちながら、昴と舞依は絶叫していた。

 当然、周りがどうなっているかなど確認できるはずもなく、二人はこみ上げてくる吐き気と眩暈に耐えながらきつく瞼を閉じたままお互いの手を握りあっていた。

 どれぐらいそうしていただろうか。いつの間にか二人は、殺風景な荒野の中にポツンと佇んでいた。


 「え。……ナニコレ?」


 ガンガンと痛む頭を摩りながら周りを見渡すと、目の前に広がっているのは荒涼とした大地と鈍色の雲、そして遠くに見える険しい山脈。普段見慣れている景色とは真逆ともいえる光景に、最初に我に返った舞依が短く呟く。昴はと言えば、こみ上げる吐き気に耐えきれず、ひとしきり胃の物を吐き出していた。


 「きゃあ! ちょっと、いきなり吐かないでよ!」

 「いや、そんな事言われましても……。第一、舞依はなんで平気なんだよ?」

 「三半規管の丈夫さにかけては、自信があるので」


 グッと拳を握りしめ、笑顔でそんな事を宣う妹に昴は弱弱しく突っ込む。


 「三半規管に丈夫さなんてねぇよ……おぇぇ」


 そうしてその場に蹲る事十数分。最悪だった気分も次第に回復し、吐き気も収まって来た。普段の鼓動よりもずっと早い心臓を鎮めるように深く深呼吸すると、昴は注意深く周囲を見渡した。

 三六〇度見渡す限りの荒野だ。ごつごつとした大きな岩が転がっている所もあれば、草が短く頭を出している所もある。ここは確かに、東京などではなかった。

 夢かと思って頬を強く抓ってみたが、痛みはちゃんと感じられたことから夢ではない。いっそ悪夢ならよかったと、昴は考えていた。自分だけならともかく、何故か隣には最愛の妹までいるのだから。


 未だ纏まらない思考の中、裸足でそこら中を歩きながら昴は考えを巡らせる。空気の匂いはとくに無い。いや、土の匂いと草の匂いがした。土を踏みしめる感触はとてもリアルで、嫌でも現実に起こっている事なのだと認識させられる。炎を燃やしてみたいところだが、ポケットの中にはあの"見返りの石"以外は何も入っていなかった。

 そして、その肝心の石は、真二つに割れてしまっていた。


 「マジかよ……」

 「なに? どうしたの、お兄ちゃん」

 「ほら、石が割れている」

 

 昴は掌に乗せた石を舞依に見せる。美しい輝きを放っていた”見返りの石”は、宝石の価値すら見いだせないほどくすんでしまっている。


 「うわあ。これ、お爺ちゃんから預かってるんでしょ? どう言い訳するの?

 「素直に謝るしかないな。ま、帰れたら、の話だけどな」


 昴は舞依に石の半分を預けると、掌に残った石をポケットに突っ込んだ。

 舞依がいつの間にか取って来た木の棒を杖代わりにして、二人は連れ立って歩き始める。



 「舞依、聞いてくれないか?」

 「ふぇ? なに、お兄ちゃん?」

 「俺、光に包まれたと思ったら異世界に居た。何を言っていry」

 「はいはい、何言ってるかわかんないよー。で、真面目な話。これからどうしよう?」


 昴の下らない一言をばっさりと斬り捨て、舞依が杖の先でガリガリと地面を削る。

いったん立ち止まり、眉間に皺を寄せて考え込むと、今度は山脈が見える方角から反対側に歩き出した。

 太陽が見えない以上、方角を特定するのは難しい。ならば、山と反対側に歩けば何かしらの町は在るだろう、と判断したのだ。

 途中で座るのに手頃な石を見つけたので、二人はそこに腰かける。

 その頃には混乱も収まり、自分の置かれている状況と今後、自分たちが取るべき行動について冷静に考える事が出来るようになっていた。


 「舞依。爺さんとは状況がまるで違うが、俺たちは恐らく、地球とは別の星又は世界に居る。これは間違いない。いいな?」

 「う、うん」

 「こっちに来たって事は、帰る手段もきっと在る。だから、俺たちはまず人のいる町に行かないといけない。もし会うんだったら、爺さんの言ってた魔術師だな」

 「でもお兄ちゃん。お爺ちゃんが経験したの、六十年も前だよ? いくら違う世界の人だって、そこまで長生き出来るかな? あと、ちゃんとコミュニケーション取れるかも分からないし」


 舞依がそこまで言ったところで、山脈の方角から冷たい風がびゅうと吹きこんで来た。身震いしながら、昴は辺りに風を凌げる場所がないかを探る。

 着の身着のままで飛ばされた二人の格好と言えば、昴はパジャマ代わりに使っている半袖半ズボンのジャージ。こっちに来る前は夜だったので、長袖のジャージも羽織っていた。舞依は長袖パジャマに母が生前使っていたと言う薄手のカーディガン。どちらも長袖を羽織っているが、相対的に見て昴の方が寒そうではあった。

 肝心の太陽は分厚い雲に遮られ、今にも雨が降り出しそうな空模様だ。

 さらに言えば、辺りは相も変わらず静かで、小鳥のさえずり一つ聞こえない。草木の少ない、寂寥感漂う風景が広がっているのみ。

 昴は頭の中で必死に考えを巡らせるも、これまで培ってきた経験が何一つ役に立たないこの状況に嫌気がさして遂に考えることを止めた。


 後ろを歩く舞依を見ると、祖父から預けられたという本をペラペラとめくっていた。

なにか参考になる文章でもないかと思って探しているのだが、数百年前に書かれた文章だ、現代の若者に通ずるはずもない。舞依も匙を投げて、うんうんと唸る兄の背中を見つめた。

 行く当てもなく、ただ道なき道を行く二人だったが、やがて歩くのを止めた。十九歳の誕生日に、妹と二人揃って異世界に行く。字面だけ並べてみれば、どんなに心躍らせる響きだろう。だが、実際に体験してみれば、空しさや焦燥感ばかりが募り、楽しさなど一欠けらも感じられなかった。

 風で暴れる黒髪を押さえつけ、悲しそうに遠くを見つめている舞依を見るうちに、昴の心に沸々と怒りが湧き上がって来た。

妹の前だからと押さえつけていた怒りは理不尽やら嘆きやらと一緒に膨れ上がり、臨界点を突破した負の感情は言葉となって昴の口から飛び出た。


 「ああもうっ、ちくしょー!!」

 「っ!?」


 曇天に向かって突然大声を出した昴に、びっくりした舞依がビクッと肩を震わせる。その瞳は、驚きで真ん丸に見開いていた。それにも構わず、昴はなおも曇天に向かって大声を張り上げる。


 「くそっ、俺の布団返せーっ! 妹だけでも地球にも帰せやコラーっ!」

 「見ィつけたァーーっ!!」

 「!?!?」


 突如、昴の声に被せるように何者かの野太い声が荒野に響き渡った。

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