アクセルとブレーキ

当初、僕はそのことに気づいていなかった。

事実、試しに書き出しをやった記録が残っている。


        ◆ ◆ ◆


●RE:


 ザザッ


 ザザザザッ


 ……お爺ちゃん、どう?

『お爺ちゃんではなく博士と呼ばんかっ』

 ……はぁい博士。それよりちゃんと映ってる?

『ちゃんと映っとる。さすがワシじゃ』

 ……はいはい。

 ……で、これからどうしたらいいの?

『湖の周りを一回りして映像を送ってくれ。稼働時間と色合いを確認したい』

 ……りょーかいですお爺ちゃ、じゃなくて博士。

『うむ』

 ……あれ? なんだろ?

『どうした?』

 ……やだっ! 人が倒れてる!

『こら、ひとりで驚いとらんと早く映さんかっ』

 ……あ、そか。

 ……よいしょっと。どう? 見える?

『おお、見えるぞ。もうちょい寄ってくれ』

 ……えっと、これでいい?

『ふーむ、確かに人のようじゃな』

 ……変わった服着てるこの人。まさか……死んでないよね?

『わからん』

 ……なんか怖いよ。

『もうちょい寄ってくれ』

 ……やだ。

 ……あ、え? 動いた?

 ……え? 何? ……きゃあああああああっ!


        ◆ ◆ ◆


 小説の冒頭部分である。

 まだキャラクターも固まっておらず、書き直す前提だったように記憶している。

 「●RE:」から始まる冒頭のニュアンスが、少しトリッキーで自分好みだったのだろうと思う。


 でもここで手が止まる。

 先ほどの「……これ、面白いか?」がブレーキをかけたのだ。


 そもそもが、読者に迎合して組み立てたプロットであり、僕が書いていて面白いと思える内容ではなかったし、そのくせラストのプロットは自分が納得したいがためだけに組んであり読者すっとばしになっていて、結果的に何がしたいのか、どっちに行きたいのかよく分からない物になってしまっていた。


 ――これは書いても面白くならない。


 ここにきて、ようやく僕は気がついた。

 気付くことが出来た。

 えらく暇がかかったが、気がついただけましだった。


 そして結論を出すまでにまたしばらく時間を要することになる。

 言い訳をさせてもらえるなら、アイデアを出し、プロットを練り上げるのには時間がかかる。そうやって出来上がった物が面白くないとなると、掛けてきた時間のすべてが無駄になる。そのことを受け止めるのにはやはり時間がかかるのだ。


 そうやって時間を掛けて、僕は結論を出すことになる。


 僕の出した結論は、時間をかけて作ってきたこのプロットを「全部捨てる」ことだった。


 続きは次項で。

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