第2話 部活

 西暦二〇二×年、春。わたしは高校生になった。

 郊外にある閑静な住宅街の中に位置する私立高校に、徒歩とバス合わせて四十分くらいかけて通学する。

 もちろん、春休みの間に安全そうなルートは探索しておいた。それから、できるだけ二人で一緒に通学するよう、同じ高校に進学することになった友達と約束した。

 その友達、玉野紗月たまのさつきは小学校からの同級生で、仲良くなったきっかけは、背の順で並んだ時ずっと一番と二番だったからだ。わたしが一番の時もあったし、紗月が一番の時もあった。最終的には紗月の方が二センチ高い状態で成長が止まってしまったが、そんなわずかな誤差で小さいもの同士の絆が揺らぐことはなく、進学先の高校も二人で話し合って決めたくらいだ。

 それから、一緒に武道系の部活に入ることも。

「おはよー、紗月」

「おはよう、小鞘こさや

 家を出てから徒歩五分で紗月と合流する。中学の頃は位置的な問題で別々に通学していたが、高校からは晴れて一緒に行ける。

 制服がブレザーに変わったことで紗月はまた大人っぽくなった。緩いウェーブのかかったセミロングの髪に、可愛いというよりは美人といった感じのキリリとした顔。声にも深みがあり、口調も落ち着いている。背が低いことを除けば、よく小学生に間違えられるわたしよりも断然大人っぽいのだ。

 バス停に向かうまでの道のりを、二人で一緒に歩く。

「今日はいよいよ体験入部の日ね。どこから行く?」

 紗月が横から尋ねてきた。

「ええと、最初は空手部かな」

 わたしたちが通う高校には、剣道、柔道、空手、弓道と四つの武道部がある。

 このうち弓道はどう考えても護身にならないので、他の三つを体験してみることにした。

 あれからインターネットや図書館で武道のことをいろいろと調べてみたところ、太刀河さんの戦い方に一番近いのは空手だった。だからまずは空手を体験してみる。

「空手ね……。なんだか、本当にわたしたちなんかが入部していいのかなって感じがするね」

 気が重たそうにつぶやく紗月。

「そうだね」

 気が重たいのはわたしも同じだった。動画で見た勇ましい空手選手の姿と自分たちの姿が、どうやっても一致しない。勝手なイメージではあるが、ライオンの群れに猫二匹が混じるような雰囲気になってしまわないか不安で仕方なかった。

 でも、雰囲気というなら太刀河さんだってあまり武道家らしい雰囲気ではなかった。武道家イコール強面こわもてだなんて偏見だと思いたい。

 しばらくの沈黙の後、わたしは言う。

「でもやっぱり、体験してみないと何もわかんないよ。女子部員もいるって聞いたし、とにかく一度行ってみよ?」

「そうだね。やるって決めたんだもんね」

 紗月は少し苦味の混じった笑みを浮かべながらも、ちゃんと同意してくれた。



 放課後。

 体操着に着替えたわたしと紗月は、空手部が練習を行う武道場へと向かった。

「よく来てくれたね」

「初心者?」

「大丈夫だよ。ちゃんと一から指導するから」

 古めかしい畳敷きの道場で、白い道着姿の先輩たちが歓迎してくれる。思っていたほど厳格そうな雰囲気ではなかったので安心した。

 部員は男子が十人、女子が五人で、練習は一緒に行うのだという。

 体験入部希望者は男子が四人、女子はわたしたち二人。やはり女子は少ない。

「それでは練習を始めるから、全員整列」

 黒帯を締めた部長らしき男子生徒が声を上げる。

 わたしたち一年生も先輩に促され整列、正座した。どうやら、指導するのは先生ではなく先輩方のようだ。

 まずは礼をしたのち準備体操。それから、いよいよ技の練習が始まる。

「これより基本練習を始める。一年生は後ろに並んで、上級生と同じ動きをするように。細かいことは気にせず、とにかく見よう見まね動いてくれればいい」

 全員が等間隔に並んだ状態で、部長が前に出て号令をかける。

 はじめは正拳突き、受け、蹴りなどの技をその場で二十回ずつ行う。次に、前後に移動しながらの突き、受け、蹴りを十回ずつ。どんな意味があるのかわからない技もあったが、言われたとおり先輩方を真似て動き続けた。

「基本練習の次は型の練習を行う。初心者がいきなり型はできないから、一年生は下がって見ているように」

 型とは、前後左右に動きながら様々な技を繰り出す演舞のようなものだ。インターネットの動画を見て予習してきたので、だいたいそういうものだということは知っている。

 先輩方が整列し、順にいくつかの型を行う。

 とても複雑な動きだ。何をやっているのかさっぱりわからない。きっと何かしら意味はあるのだろう。

 型の練習が終わると、今度は先輩方が長方形のキックミットを持ってきた。

 キックミットとはボクサーが使うパンチングミットのキック版だ。ただし、キックだけでなくパンチの練習もできる。これもインターネットで知った。

 部長が、わたしたち一年生に対して言う。

「さて、今度は実際に突き蹴りを当てる練習だ。まずは手本をお見せしよう」

 男子部員の一人が、ミットをお腹の位置で構える。

 部長は半身になって握り拳を脇へ引くと、ミットの中心部を目掛け真っ直ぐに正拳突きを繰り出した。

「せい!」

 気合いとともに、風船を割ったような音が甲高く鳴り響く。

 さすがに部長だけあって強そうだ。あれをくらったら、わたしや紗月なんて一撃で悶絶するに違いない。

「それじゃあこんな感じで、みんなもやってみて」

 一年生六人の前に、それぞれミットを持った先輩方がやってくる。わたしと紗月には女子部員の先輩が指導に当たってくれた。

「まずは手の握り方からね。こう、親指を外にして」

 先輩が自分の手を握って見せてくれる。

「それから脇に手を引いて、真っ直ぐ打ち出す。最初はゆっくりでいいからやってみて」

 わたしは言われたとおり、ゆっくりと握り拳を前に出し、ミットを突く。

「そうそう。じゃあ、次はそれを速く」

「はい」

 今度は思い切り――

「い……っ!」

 拳がミットに当たった瞬間、グキッといった。

「小鞘、大丈夫?」

 すぐ隣で指導を受けていた紗月が声をかけてくる。

「う、うん、平気……」

 指と手首が痺れるくらいに痛い。でも、なんとか動く。骨折や捻挫は免れたようだ。

「ごめんね。最初は強く打たない方が良かったね」

 先輩が申し訳なさそうに言った。

「いえ、大丈夫です」

 それに、おかげで一つ重要なことがわかった。

 まさか攻撃する側がこんなに痛いだなんて……。人間の手って、こんなに脆いの?

これがミットではなく固い頭蓋骨だったら、打った方の手が砕けてしまうかもしれない。

人を殴る行為がいかに危険であるかわかった気がした。

 ミット打ちが終わった後は約束組手を行った。約束組手とは、あらかじめ打つ技を決めておいてから行う対人練習とのことだ。先輩が技の打ち方と避け方をわかりやすく教えてくれた。

「最後に自由組手を行う。全員、一度下がって」

 部長が指示すると、部員たちは壁際まで行き、何やら準備を始めた。

 その間に、部長がわたしたちに説明してくれる。

「これから行うのは実戦形式の、お互いが自由に攻防をする組手だ。簡単にルールを説明しておくと、まず狙っていい箇所は胴体と頭部。下半身や背後からの攻撃は禁止だ。それから相手をつかむのも禁止。倒れた相手に攻撃するのも禁止。もちろん、実際に当てたら大怪我をしてしまうから、技はすべて寸止めにする。当てるのは反則だ。ただし、誤って当たってしまうことが多々あるので、組手をする時は必ず防具を着用することになっている」

 見ると、壁際で準備をしていた先輩方は、指の出る小さなボクシンググローブみたいなものと、透明のお面が付いたヘッドギアを装備していた。胴体には何も付けていない。

 それにしても禁止事項が多い。言われはしなかったが、不意打ちや騙し打ちもダメに決まっている。これのどこが実戦形式なのか甚だ疑問だった。

 もちろん口にはしないけど。

 そうして、一時間少々で練習が終わる。

 最後に礼をした後、部長がわたしたち一年生に声をかけてきた。

「今日はどうだった? もし質問があれば何でも言ってくれ」

「あの、ひとついいですか」

 わたしは一番気になっていたことを聞いてみた。

「空手は護身術として使えますか?」

「もちろん使えるさ」

 部長は得意気に答えた。

「では、空手の技は体格差があっても通じるんでしょうか? わたしや紗月でも、練習すれば男の人に勝てますか?」

「う~ん、そうだな。さすがに君たちくらいの体格となると、まともに戦って勝つのは難しいな。裏技を使わないと」

「その裏技の練習はするんですか?」

「いやいや、試合で使わない技は練習しないよ」

 部長は言いながら苦笑した。

 自分の言葉が矛盾していることに気付いていないようだ。

「そうですか。ありがとうございました」

 わたしはそれ以上質問しなかった。

 もうわかった。同じ武道家でも、この人たちは太刀河さんと違う。

 

 

「それで、どうだった?」

 練習後、更衣室を出たところで紗月が尋ねてきた。

「そうだなぁ。思ってたのとは違ったかな」

「そう言うと思った」

 その投げやり気味な口調からすると、紗月もわたしと同じ気持ちみたいだ。

「そもそも部長さんが護身には使えないって明言しちゃったしね」

 紗月が付け足す。

 明言はしていないが、言ったも同然だった。

「たぶん平均的な体格だったら空手は護身になるって言いたかったんじゃないかな? わたしたちみたいに極端に小さいのは想定してなかったんだよ」

 わたしが言うと、紗月は頬を膨らませた。

「そんなこと言ったって、現実にはわたしたちみたいなのもいるわけじゃない? むしろ、わたしたちみたいなのこそ狙われやすいんじゃないの?」

「そうだね。実際誘拐されそうになった人間がここにいるわけだし」

「しかも試合は寸止めっていうのが致命的でしょう。あんな練習続けてたら、いざという時まで寸止めしちゃうでしょう」

「うん、それはわたしも思った」

 突然襲われた時、普段の練習と違うことが都合良くできるとは思えない。ミット打ちは所詮ミット打ちだし、下手をするとかえって弱くなる気さえする。

 紗月が小さくため息をつく。

「じゃあ、空手部はなしってことでいい?」

「そうだね。雰囲気は悪くなかったけど、明らかに目的と違うしね」

 紗月はホッとひと安心した様子だった。

 でもまたすぐに、気が重たそうな表情をする。

「明日は柔道部だったね。今度は期待できそう?」

「う~ん、正直、あまり期待できないかなぁ」

 なぜなら、柔道の試合は体重ごとに階級を分けて行われるからだ。わざわざ体重別にするということは、体格差があれば技が通じないと言っているようなもの。

「でも行くんでしょ?」

 さすが紗月。気になることはとにかく調べておきたいというわたしの性格を、よく把握してくれている。

「せっかくの機会だからね。もしかしたら何かヒントが得られるかもしれないし、一度くらいはやってみないとね」

 というわけで翌日の放課後、わたしたちは女子柔道部の体験入部に参加した。

 結論から言うと、やはり柔道も空手と同じだった。小柄な女性が大男を投げ飛ばすだなんてフィクションでしかありえないという。寝技ならある程度の体格差はカバーできるらしいが、アスファルトやコンクリートの上でゴロゴロしたら皮膚がズタズタになる。さらには、相手が複数なら一人を締め上げている間にやられてしまう。

 よって護身には向いていない。それがわかったのが唯一の収穫だった。柔道部も断念。

「明日は剣道部か。今度こそ見込みはありそう?」

 また帰り道で紗月が尋ねてきた。

 特にがっかりした様子でもなく淡々とした口調だ。

「断言はできないけど、柔道や空手よりはわたしたちに合ってる気がする」

「へえ、根拠は?」

「そもそも、小柄なわたしたちが素手で戦おうとすること自体無理があったんだよ。でも武器さえ持ってれば丸腰の相手には勝てそうじゃない? 剣道の試合では勝てないでしょうけど、そっちはどうでもいいし」

 そう、人類が食物連鎖の頂点に君臨できたのは武器が使えるからだ。

 素手ではライオンや熊はおろか、犬にだって勝つのは難しい。

 力がない分は武器で補う。よくよく考えてみれば当然のことだ。

「そうかもね。でも、武器なんて常に持ってるわけにもいかないでしょう?」

「そんな時は身の回りにある物を武器にするんだよ」

「じゃあ今、身の回りに武器にできそうな物はある?」

 わたしは立ち止まって周囲を見回す。

 今、周囲にあるのは住宅、銀行、パン屋さん。武器になりそうな物は――

 パン屋さんの看板!

「こ、これなんてどうかな?」

 わたしは自分の腰の高さくらいの木製看板を指した。

「剣道関係ないじゃない」

 紗月は呆れ顔でため息。さすがに無理があったか。

「せめて棒状の物じゃないと剣道の技術は役に立たないでしょう。まあでも、身を守るのに武器が必要って発想には同意かな」

「だよね! そうなるとやっぱり剣道が最有力候補だよね」

「武器を持って人と対峙する経験だけでも役に立ちそうだし、やっておいて損はないかもね。あとは部の雰囲気かな」

「そこのところは空手部も柔道部も良かったのにね。厳し過ぎず、されど緩過ぎず」

「剣道部もそうだといいね」

 二度も期待外れな目に遭ってうんざりしているのではないかと心配していたが、紗月が前向きでいてくれて良かった。



 体験入部最終日。女子剣道部。

「来てくれてありがとー! 今年は入部希望者が少なくてね、困ってたんだよ。……え、初心者? 大丈夫だよ。みんな丁寧に教えてくれるから。順調にいけば一年の終わりには試合に出られるよ」

 なんだかよくわからないが大歓迎された。

 部員数は十一人で、三年生が四人、二年生が五人、それから、すでに入部を決めた一年生が二人。もちろん全員女子だ。

 背の高い三年生の部長さんが、わたしたちに説明してくれる。

「うちの練習は基本そんなに厳しくないから安心してね。でも、先生が直接指導する時はちょっと厳しいこともあるから要注意ね。それと、入部する時は竹刀と剣道着を購入してもらうことになるから。防具は高いから、卒業してからもずっと続けるつもりでなければ買わない方がいいよ。部の備品があるから、それを使って。ただし、古いからちょっと臭うけど、そこは我慢してね」

 練習が厳しいことも、夏は汗で臭うことも覚悟はできている。

 それよりも、部の雰囲気が和気あいあいとした感じで安心した。

「それじゃあ期待の新入部員も来たことだし、練習を始めましょう」

 ずいぶんと陽気な部長さんだな。もう新入部員にされてるし。 

 ともあれ、練習が始まる。

 準備体操の後、まずは竹刀の持ち方と構え方を教わる。

 それから素振りだ。小指側に力を入れるという慣れない持ち方のせいで、何度も竹刀がすっ飛んでいきそうになった。

 やりにくい。どうしてぎゅっと握ってはいけないのだろう?

 理由はわからないが、力ずくで振ってはいけないところが、いかにも武道らしくて気に入った。

 素振りの次は打ち込みの稽古を行う。防具を着けた先輩の面を打たせてもらう練習だ。

 その後、全員が防具を着けて試合形式の練習を行う。わたしと紗月は隅で見学。

 一区切り付いたところで、部長さんがわたしたちに声をかけてきた。

「それじゃあせっかくだから、あなたたちも防具を着けて打ち合いをやってみよっか」

「え、もう試合をするんですか?」

 わたしが聞き返すと、部長さんは「違う違う」と手を横に振った。

「試しに軽く打ち合ってみるだけだよ。ポイントは取らないし、作法も気にしなくていいから。やっぱり剣道の醍醐味を一度は体験してもらわないとね」

 特に断る理由もないので、わたしと紗月は防具を着けてもらい、竹刀で打ち合いをすることになった。

 まずはルール説明。

 狙っていい箇所は、面、胴、小手。突きはなし。倒れた時、場外に出た時、竹刀を落とした時は仕切り直し。本来、突きが禁止なのは中学生までで高校生からは使っていいはずだが、初心者には難しいらしいので今回はなしとのことだ。

「危ないと思った時はすぐに止めるから、細かいことは気にせず気楽にやってね」

 審判役は部長さんが務めてくれるようだ。

「まさか一日目にして小鞘と試合うことになるとはね」

 紗月は面越しにニヤリと笑った。

「ムキにならないでよ? 今日は体験なんだから」

「わかってるって」

 わたしと紗月は武道場の中心で向かい合った。みんなの視線が集まり緊張する。

 でも、ほんの少しだけワクワクもした。

「始め!」

 とは言われたものの、構えた状態からどうすればいいのかさっぱりわからない。

 少し迷った後、わたしは前に出て紗月の面を打ちにいった。

「メ、メーン!」

 しかし、面はあっさりと防がれた。

 今度は紗月が面を打ってくる。

「メーン!」 

 わたしは竹刀でそれを受け止めた。

 約一分間わたしたちは打ち合ったが、結局互いに一本も決まらず終わった。

「どうだった? 初めて竹刀で打ち合った感想は」

 部長さんが、わたしの防具の紐を解きながら聞いてくる。

「意外と当たらないものですね。初心者同士だから、お互いもっと当たると思ってました」

「まあ、はじめのうちはね。でも練習すれば、ちゃんと技を決められるようになるから。そしたらきっと剣道が楽しくなってくるはずだよ」

 わたしたちは楽しむために武道をやるわけではないが、楽しいならそれに越したことはない。

 だから、わたしは笑顔で返事をした。



「二人とも今日はお疲れ様」

 練習後、部長さんが駆け寄ってきた。

「それで、空手か柔道か剣道、どれにするか決まった?」

「え、知ってたんですか?」

 わたしは驚きの声を上げた。

「もちろん。だって一部話題になってるよ。なんか可愛い子たちが武道系の部活を回ってるって」

「そうだったんですか……」

 この場合の〝可愛い〟というのは、サイズが小さい意味での可愛いだろうからあまり嬉しくはない。それに自分たちが目立っていたとは思いもよらなかった。目を付けられやすいということでもあるし、なお嬉しくない。

「でもどうして武道を始めようと思ったの? なんかワケありみたいだし。わたしで良ければ相談に乗るから、話してみない?」

 わたしは一度紗月と目を合わせる。

 紗月は黙って頷いた。特に隠す理由はない。向こうから聞いてくれるのは、むしろありがたかった。

「実は――」

 わたしは包み隠さず話した。

 半年前誘拐されそうになったこと。この先、日本の治安が悪化する可能性が高いという太刀河さんの予言。そして、自衛手段を身に付けておきたいという意思を。

「なるほどね。それでいろんな部を回ってたのか……」

 部長さんは練習の時より真面目な表情でつぶやいた。

 ちょうど良い話の流れなので、わたしは思い切って聞いてみる。

「あの、剣道は護身術として有効なんでしょうか? 空手や柔道は、体格的にわたしや紗月には無理と判断しました。でも、武器さえ持っていれば、わたしたちでも戦えると思うんです」

「手頃な武器があればって条件付きではあるけど、うちにある武道系の部では剣道が一番でしょうね。一七○あるわたしだって素手で男に勝てる気がしないんだし。あ、これは、あなたたちを剣道部に入らせようとして言ってるわけじゃないからね。もちろん入ってはほしいんだけどね」

「わかってます」

 わたしは少しだけ口元を緩めた。

「でも」

 今度は紗月が言う。

「武器があれば剣道が一番なのはわかりますが、そう都合よく武器になりそうな物が転がっているとは思えません。かといって、ずっと竹刀を持ってるわけにもいきませんし」

「そうだね。でも、一番危ないのは登下校の間だから、毎日竹刀を持ち帰るようにすればいいんじゃない? 完璧ではないけど、今考えられる範囲では最善だと思うよ」

 部長さんの言うとおりだ。どの道、完璧に身を守る手段なんてあるはずもない。それなら現状で一番有効な方法でいくしかない。

 翌日、わたしと紗月は剣道部の正式な部員となった。

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