開演する

 映画を観る為の切符らしき物を買い終えた天狐さん達は、上映時間がまだ少しあると言う事で、ポップコーンと言う食べ物を買おうと言い出しました。それが何なのかと訊ねてみると、天狐さんは「トウモロコシの粒を乾燥させて、火で弾けさせたものじゃよ」とおっしゃってました。


 トウモロコシって確か、黄色い粒がびっしり詰まった棒状の野菜ですよね。それの粒を乾燥させて火にかけると、目の前にあるクリーム色をした、出来の悪い髑髏しゃれこうべみたいなのが出来るんですか。世の中には不思議な食べ物もあるものです。


 ポップコーンを二つと、何やらコーラと言う飲み物を買った二人は、映画を観る為の切符を係の人に見せて、上映場所へと足を進めていきました。後で聞いた話なんですが、どうやらこの切符みたいな物はチケットと言うらしいです。


「ここですね師匠」


 エスカレーターを上がり、表示板に「HANAKO」と書かれた場所へと辿り着いた二人は、急ぐようにして中へと入っていきました。まだ上映時間まで時間があると言うのに、お二人共せっかちな方ですね。

 思っていたよりも広々とした空間の上映場所には、誰一人として人の姿は見えませんでした。故に天狐さん達が勝ち取れた席は室内でもど真ん中、不戦勝とは言え「いい席を取った」と加胡川さんも自慢げに言うぐらいでした。

 勿論平日だからと言う理由もあるにはあるのでしょう、けれどやっぱりこの映画自体あまり人気が無いって事の方が、空いている説として有力なのかも知れません。


 そして上映時間一歩手前まで迫った時、天狐さんは加胡川さんに言いました。


「地狐よ、携帯の電源は切っておるか?」

「勿論、映画を観る時のマナーですからね」


 言われてみれば、上映前のコマーシャルみたいなものでも、携帯の電源はお切り下さいって書いてありましたっけ。でも周りの静けさからして、それこそ実際には見えてませんけど、人の気配なんて微塵も感じられません。誰も客の居ないこう言う時でも、マナーってものは働くものなんですかね。

 そんな事を考えていると、天狐さんはリュックサックのチャックを開けておもむろに、私の頭をひょっこりと出しました。急に現れた外の世界に、当然彼女に疑問を投げかけます。


「どうしたんですか、天狐さん」

「なあに、室内には誰もおらんからのう。お主も心置きなく映画を観せられると思うてな」


 彼女の気配りは尋常じゃないぐらいにありがたかったです。だって私、今日初めて映画と言う物を観るんですもの。しっかりとした体勢で観たいのは当たり前です。ーー例えそれがどんな映画だとしてもね。


「ありがとうございます」


 しかしながらこの大っきなスクリーン、何故か懐かしい感じもしていました。それもただの懐古感だけではなく、高揚感と共に訪れてきていています。もしかすると人間だった時の私は、映画館で映画を観るのが好きだったのかも知れません。

 妖怪になってからもこうして、初めて映画を観る日を記念日にしようとしている時点で、その可能性は十分にあるでしょう。なんだか自分の事なのに、他人みたいな言い方してるなぁ。

 これまでこんな感覚はやって来た事が無かったのにーー。やはり雛形区には、過去の記憶の断片みたいなものが散らばっているのやも知れないです。


 そうこう考えている内に室内の灯りはゆっくりと暗転しました。そして関連性があまり感じられない他の映画達の、紹介映像みたいなものが一通り終わった後、ようやくここへ来た目的である映画が始まりました。

 今の私は天狐さんに抱えられる形で映画の鑑賞体勢に入っています。なんだかんだありましたけど、これまでに無いものを体験するのはワクワクするものですね。


 物語は、主人公である男の子の足音から始まりました。コツッコツッーー。深夜の小学校に響くその足音の虚しさと言ったら、なんで誰もついて来てあげなかったんだとでも言いたくなるぐらいでしたよ。


『本当に……居るのかよ』


 手に持った灯りを頼りに、月の光さえも差し込まないトイレへと向かう男の子。ここで物語は回想シーンへと入りました。


 給食終わりの休み時間、学校で七不思議の噂をする同級生達の話を、男の子は盗み聞きするような形で聞いていました。


『校舎三階のトイレでドアを三回ノック、花子さんいらっしゃいますかって聞くのをワンセットでな、一番手前の個室から奥まで三回ずつやると三番目の個室から返事が返ってくるらしいぜ。しかもそこ扉を開けると、おかっぱ頭の女の子がいてトイレに引きずりこまれるって話だ』


 あまりに話が馬鹿らしく思えた男の子は、ついその噂話を「信じられない」と豪語します。しかし周囲の反応は、あたかも彼を異端扱いするかのようなものでした。そんな空気が苦しくなった男の子は教室を飛び出した、そして現在に至ると言うわけです。


 回想シーンを終えた途端、男の子は例のトイレの前に立っていました。


『端から順にあの動作はやった。最後はここのドアだけど、これで花子さんが出なきゃあの噂も嘘っぱちだって事だな』


 そう言いながらドアを三回ノックする男の子。一連の流れで「花子さん、いらっしゃいますか」と問い掛けますが、彼の思った通り何も起きません。


『やっぱり嘘じゃん』


 そして男の子は少し安堵した表情を見せて、家に帰ろうと後ろを振り返りました。ーーそこに赤いスカートを履いた、おかっぱ頭の女の子が居るとも知らずに。


『……はあい』

『うわあぁぁぁッ!』

「ぎゃあぁぁぁッ!」


 学校中に男の子の叫び声が響き渡りました。加えて私も、恥ずかしながらかなり大っきな声で叫んじゃいました。

 静かな室内で目立つ、明らかに場違いな幼さ漂わせる叫び声。例え人が居ないにしても、これはやらかしてしまったのかも知れません。だって映画館の係の人からすれば、今の叫び声は圧倒時な違和感ですからね。

 それを見た天狐さんは、すぐさま顔を上に上げて、あたかも今のは自分が叫んだとでも言うが如く表情を崩していました。ーーごめんなさい、天狐さん。


 正直ここまでの映画の流れは、私にも十分理解出来ていました。どうせこの辺で来るんだろうなってのは薄々わかってたんです、わかってたんですけども、やっぱり怖いものは怖いんです。


 でもそんなホラーチックな場面も、直後の女の子の行動で一瞬にして崩れ去りました。そう、あらすじからもわかるように、この映画はホラーと言えるジャンルではないのです。

 彼女は「何もそこまで驚く事ないじゃない」と言いながら、尻餅をついている男の子の腕を引っ張りました。おそらくこの子がこの映画のタイトルにもなっている、「花子」なんでしょう。ーーって、言わなくても普通わかりますか。


『お、お前が、と、トイレの、は、花子さん……?』

『そうよ。って言うかなんであなたはそこまで小刻みに震えてるの? 私はあなたに呼ばれたから返事をしただけなのに』


 彼女の言い分もごもっともです。自分は男の子に呼ばれたから返事をしただけ、なのに当の本人は恐怖のあまり羅列すらまともに回っていない。まるでこのシーンは、身勝手な人間の象徴とも言えるシーンのような気がしました。

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